理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
235 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

目指せ皮むき職人 3

しおりを挟む
 彼は、久しぶりに森に戻っている。
 屋敷にはジークが残っているので、何かあれば、すぐに連絡が来るはずだ。
 
 状況によって、この山小屋を使うことになるかもしれない。
 少しばかりの手入れは必要だった。
 わずかに積もった埃。
 彼が、中に足を踏み入れたとたん、綺麗に消え去る。
 
(ザック)
 
 王宮にいる息子を、即言葉そくことばで呼び出した。
 そろそろ動きがある頃だと思っている。
 
(父上、もしかして、もうお耳に?)
 
 息子の言葉に、予測通りだと思った。
 が、実際の「耳」に、情報が入ってきたわけではない。
 
(聞こえてきてはいないが、予測はしていたのでね)
(彼の受け入れ先について、動議を起こそうとしているようです)
 
 レイモンド・ウィリュアートンは、諦めないだろう。
 そうは、思っていた。
 ただ、女性魔術師との連絡が途絶えたことに不安も感じている。
 だから、実力行使を中断したのだ。
 
 手続きをして、それが通れば、口実ができる。
 レイモンドのこだわりは、ユージーンが王太子に戻ること。
 そのためなら、ローエルハイドとやりあうことも辞さない構えではある。
 さりとて、大派閥であっても、いち貴族だけでは心もとない。
 口実を作り、王宮を後ろにつけてから、と考えるのは、分かりきっていた。
 
(きみは、どう思っているのだい?)
(私は、彼がどこに行こうとかまいやしませんよ、父上)
(だろうね)
(ですが、最初にもお話した通り、彼が納得しないでしょう?)
(その通りだよ、ザック)
 
 そして、今となっては、レティシアも少なからず、抵抗感を示すはずだ。
 嫌がるユージーンを無理に、しかもウィリュアートンへ差し出すとなれば、いい気分はしない。
 レティシアにとって、ユージーンも「ウチの人」の一員なのだから。
 
(……父上には、何かお考えが、おありですか?)
 
 息子の遠回しな聞きかたに、少し笑いそうになる。
 このタイミングで、わざわざ連絡を取ったことが、答えだった。
 もちろん彼は、レイモンドを放置しておく気などない。
 ユージーンが王太子に戻ることはないし、レイモンドが王太子復帰を諦めることもないのだ。
 放っておけば、面倒なことになる。
 
(ウィリュアートン公爵家には、優秀な次男がいるじゃあないか)
 
 レイモンドが消えたところで、ウィリュアートン公爵家自体は、困りはしない。
 トラヴィス・ウィリュアートンは、亡きハロルド・ウィリュアートンに似て、頭も切れ、人望もある。
 
(確か、昨年、婚姻も済ませ、子供も生まれたのではなかったかね)
 
 レイモンドは、独特の嗜好に、こだわりが強いせいで、未だ婚姻していない。
 仮に、ハロルドが生きていれば、次期当主には、間違いなくトラヴィスを選んでいただろう。
 
 貴族のならわしとして、後継ぎには、婚姻が条件とされることが多いからだ。
 家が続いていくための保証だとも言える。
 そのため、基本的には長男が後継ぎとされていても、婚姻していない長男より、婚姻している次男が選ばれることだってあった。
 レイモンドは、それも恐れて、ハロルドを、先んじて殺したのだろう。
 
(レイモンドがいなくても、問題はないですよ。実際的なことは、トラヴィスが仕切っていますし、周辺貴族も、それは知っています)
(そう言えば、審議に顔を出していたのも、トラヴィスだったかな)
(ええ。レイモンドの代理、ということで列席していました)
 
 ラペル公爵家の件で、彼が審議に呼び出された時のことだ。
 息子であるザックは列席を許されなかったが、主たる重臣は顔を揃えていた。
 が、その中にレイモンドの姿はなかった。
 
(ウィリュアートン公爵家がなくなると、きみも困るだろう?)
(困ります。今の勢力図が変わると、面倒でかないません)
 
 ザックのあっさりとしたように、彼は笑う。
 そこに「愛」が関わりさえしければ、ザックは思い切りがいいのだ。
 
(よろしい。それでは、そのように)
(私は、できるだけ動議までの期間を引き延ばします)
 
 ザックが手を回し、動議が起こされるまでの期間を引き延ばしたとしても、半月がいいところだろう。
 手を打つのであれば、早いほうがいい。
 ザックは、後片付けもしなければならないのだ。
 たとえば、ウィリュアートン公爵家の次期当主の選任や承認だとか。
 周囲が認めていようが、根回しは必要とされる。
 それが貴族社会の面倒なところなのだけれども。
 
(父上、本当に、彼を王太子には戻せないのでしょうか?)
(きみは、そうしたいのかね?)
(レイモンドに手間をかけることを考えれば、という話です)
 
 ザックには、ザカリーが王族の血統でないことを伝えていなかった。
 そのため、ザックは、ユージーンを王太子に戻すほうが、手っ取り早いと考えているのだろう。
 
(彼が納得しやしないと、きみも言ったばかりじゃないか)
(父上でも、ですか?)
 
 ザックは、なにかおかしいと感じているのかもしれない。
 レイモンドの件が浮上した時点で、彼が、ユージーンを屋敷から叩き出していても、おかしくないからだ。
 わずかにもレティシアに危険があるのなら、その元を断つ。
 ユージーンが納得しようがすまいが、どうでもいい。
 彼の思考を、ザックは、よく理解していた。
 
(彼が宰相になれば、きみは自由の身になれるのだよ?)
(ジョーのことが、いち段落すれば、国替えができます)
 
 どうしたことか、ザックは、いつになく食い下がってくる。
 レティシアを街に出したことが、少なからず影響しているのかもしれない。
 
(きみは、公平さに欠けているのではないかな?)
(……だとしても、私は、彼が気に入らないのですよ、父上)
(彼は、もう王太子ではないだろう?)
(父上は、彼がレティに相応しいと、お思いですか?)
(どうだろうね)
 
 ザックが、息を飲む「音」が聞こえた。
 レティシアにユージーンが相応しいかどうかは、彼には関係がなかった。
 なにより大事なのは、レティシアが、どう思うか、だ。
 ザックが気に入らない相手だとしても、レティシアが選ぶのであれば、認めるほかない。
 ユージーンが王太子で、レティシアをまつりごとの道具にしようとしていた頃ならともかく、今は違うのだから。
 
(レティは……彼を気に入っているのでしょうか……?)
(そうでもないよ、今はまだ)
(父上……彼に、レティを嫁がせるなど、私は……)
 
 耳元で、ぐずぐずと鼻をすする「音」が聞こえる。
 ザックは「愛」が絡むと、どうにもならない。
 理屈や道理が、頭から締め出されてしまうのだ。
 
(しっかりしたまえ。いずれにせよ、レティは、いつか嫁ぐのだからね)
(嫌です! 私は、こんな立場になり、レティとは、ほとんど一緒に過ごせていないのですよ! だいたい私がこのようなことになったのは、父上が、さっさと王宮を辞してしまったからではないですか!)
 
 予測していたことを確認するだけのつもりで、連絡をしたのだが、厄介なことになってしまった。
 まさか自分が責められることになろうとは。
 
(では、私に、どうしろというのかね? レティに、彼を近づけなければいいのかい? だがね、私にも体裁というものがなくはない。とくにレティの前で、みっともない真似をするのなら、理由というものを明確にさせてもらうよ?)
 
 ザックに頼まれたのでユージーンを遠ざけている。
 そうでも言わなければ、孫娘に恰好がつかない、と彼は言っているのだ。
 同時に、それはザックがレティシアに呆れられてもしかたがない、と言っているに等しい。
 
(父上が、おられるではないですか!)
(きみ、なにを……)
(父上ならレティを守れますし、私との縁が切れたりもしないでしょうっ?)
 
 思いもかけない息子からの言葉に、彼は、一瞬、返事を忘れる。
 レティシアを安心させるため「王宮での噂」に絡めて、ザックに「後添え」の話などしたのが、間違いだった。
 フラニーとは違い、ザックは本気にしている。
 
(レティだって、父上に、あんなに懐いて……)
(懐いていることと、愛とは違う。そんなこともわからないとは、呆れるね)
(ですが、彼より父上のほうが……)
(いいかげんにしておかないと、きみを屋敷から叩き出すことになる)
 
 ぴしゃりと言い、彼は即言葉を切った。
 娘可愛さからなのだろうが、度が過ぎていて、つきあいきれない。
 
 彼だって、レティシアのことは可愛いし、愛しく思っていた。
 手放したくない気持ちも、わかる。
 だが、だからといって、彼の元にレティシアを嫁がせることにはならない。
 形だけのものならば有り得ても、彼女の望む意味での婚姻など、できるはずがなかった。
 ザックは肝心なことを忘れているのだ。
 
「レティには、私の血が受け継がれているのだよ、ザック」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...