理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

嫌とか嫌ではないだとか 4

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 彼は、部屋に戻り、扉を閉める。
 イスに座ったとたん、ジークが姿を現した。
 ずっと近くにいたのは知っている。
 
「どうしちまったんだよ?」
「なにがだい?」
 
 ジークの目が、スッと細められた。
 少しだけ気に食わないことがある時の目だ。
 
「本気で、あいつにあずけんの?」
「彼に、1度くらい機会を与えてもいいかと思ってね」
 
 ジークの目が、いつもの調子に戻る。
 両腕を頭の後ろで組み、膝を交差させていた。
 
「あの偽金髪野郎の屋敷だろ? 危なくねーのかよ」
「夜会には、貴族が大勢、集まっているからね。むしろ最も安全だよ。さすがに、自分の屋敷で事を起こすほど愚かではないさ」
 
 彼は、少し体を傾け、頬杖をつく。
 そして、口元を、ゆるく横に引いた。
 
「そうだよ。気に食わねえ。あいつが、アンタの孫娘のエスコート役ってのがサ」
「ジークは、彼が嫌いかい?」
「オレは人が嫌いなんだ。あいつだけじゃねーよ」
「そうだね。それは知っている」
 
 レティシアは、彼の孫娘であり、宝だ。
 ジークにとっても「どうでもよくない」存在になっていると、わかっていた。
 そのため、彼以外の者が、レティシアの横にいるのが気に入らないのだ。
 
「私は、レティには、選択肢があるべきだと考えているのさ」
「選択肢って?」
「屋敷に閉じ込もっていれば安全だし、私は、できればそうしていてほしいくらいなのだよ、ジーク」
 
 けれど、レティシアは16歳だ。
 自分の意思で決められる歳になっている。
 
 屋敷にいれば危険は少ない。
 守ってもやれるだろう。
 だとしても、選択肢を渡さないのは、レティシアのためにならない。
 選ぶ権利だけあっても、選択肢がないのでは、選びようがないからだ。
 
「少しずつ、外の世界に、出て行かなければね」
 
 そして、エスコート役が、いつも彼であっては、意味がなかった。
 隣にいるのが彼でないことに、レティシアが慣れることができなくなる。
 いきなりではないにしろ、少しずつ手を離していく必要はあった。
 いずれレティシアは、彼ではない誰かと恋をすることになるのだから。
 
「まぁね。わかってんだけどね」
 
 彼やジークと、レティシアは違う。
 誰にも受け入れてもらえない存在ではないのだ。
 レティシアは、彼を受け入れてくれているが、いつまでも、そこにとどまるべきではない。
 彼女に相応しい相手は、明るい陽射しの中にこそいる。
 闇の色しか持たない自分たちとは違うのだ。
 
「あいつ、大丈夫かな」
「彼の剣の腕は、信用できる」
「魔術師相手には、からきしじゃねーか」
「その時は、私が出るよ。放ったらかしにする気はないさ」
 
 レティシアが、彼の手から離れたとしても、守り続けるつもりでいた。
 ただ、ちょっと距離が離れるだけのことで、彼の基準は変わらない。
 彼女の幸せを脅かす者を、許すつもりはないのだ。
 
「アンタの孫娘は、どーなんだよ?」
「それは、私にもわからない」
 
 レティシアが、ユージーンをどう思っているか。
 これから、どう思うようになるのか。
 彼としても、ユージーンと無理に結び付けようなどとは考えていない。
 レティシアがユージーンを選ぶのであれば認める。
 それだけのことだった。
 
「夜会で、別の誰かと、偶然、恋に落ちるかもしれないだろう?」
 
 口調は軽いが、けして軽口ではない。
 そうした偶然は、あり得ない話ではないのだ。
 
 明らかに、レティシアを傷つけるような相手でない限り、口を挟まずに見守る。
 それが、自らの役割だと、彼は思っていた。
 危険を排することだけが、守ることではない。
 やりかたを変えなければ、同じ過ちを繰り返してしまう。
 
(私がレティを守れば守るほど、あのを傷つけることにもなる)
 
 いくつものレティシアの顔を思い出した。
 彼を必死で受け入れようと、置いて行かれまいと、すがってくる姿。
 
 『……お祖父さま、どこにも行かないでね……』
 『私の、一生に一度のお願いを叶えてくれたんだって、わかってるよ』
 『帰さないでね、お祖父さま! 私、ずっと、ここにいたいから! お祖父さまと一緒にいるから!』
 『私は、お祖父さまが……なにをしたって、絶対に、嫌いになったりしない』
 
 いつも、いつだって。
 レティシアは、人ならざる者の彼に、寄り添おうとする。
 
(十分なのだよ、私の愛しい孫娘……それだけで、私は、とても幸せだ)
 
 いつまでも、孫様に甘えることはできない。
 受け入れてもらえるからといって、レティシアに愛情を注がせ続けるなど、我儘に過ぎる。
 
(お前の愛情に縋っているのは、私のほうだったね)
 
 ザックでもあるまいし。
 いつまでも孫離れできない祖父なんて、笑えない。
 
 自分がこんなふうだから、息子にも勘違いさせてしまったのだろう。
 十年も離れていたからかもしれない。
 突然の至福に浸り過ぎていた。
 
「血って、そんなに重要?」
「時にはね」
「あいつ、弟はいいけど、自分は駄目なんだってサ」
 
 ユージーンは、与える者としての役割を担っている。
 その責任の重さも感じているに違いない。
 力の持つ意味自体は違っても、血にこだわらずにいられないのは同じだ。
 
「途絶えさせらんねーとか言ってたな」
「国の繁栄に関わることともなれば、無視できないさ」
 
 王太子を降りようが、地位を捨てようが、ユージーンは「王」だった。
 どこまでも王としての判断をする。
 ユージーンの持つ血と、そして彼の個性が、そうさせるのだ。
 
「彼は、本当に王族だねえ」
「そーいうもんらしいぜ?」
 
 彼は、小さく笑う。
 ユージーンは、彼にないものを持っていて、それが少し羨ましかった。
 
 同じように血にこだわりながらも、ユージーンは「人」でいられる。
 かなり面倒で厄介ではあるが、人として大事なものは捨てていない。
 むしろ、それをかかえこみ続けているから、面倒で厄介な人物となっている。
 
「彼は人として成長している。伸びしろもあるようだ」
「嫌なコト言うなよ。面倒くさいだろ」
「言う通りだね。面倒この上もないよ」
 
 ジークが、急に真顔になった。
 腕をほどき、その両手を腰にあてる。
 それから、軽く肩をすくめた。
 
「アンタは、本当にろくでもねーな」
「言ってくれるね。ジークも、変わりやしないだろう?」
「そーだよ。オレだって禄でもねーよ」
 
 頬杖をやめ、彼も肩をすくめてみせる。
 やるべきことは決まっていた。
 
「つきあってくれるかい?」
「しょうがねーから、つきあってやるサ。今まで通り」
 
 聞くまでもないことだったが、あえて聞いている。
 ジークも「つきあい」で、答えたに過ぎない。
 今までになく感傷的になっている気がした。
 
「最後になりゃいいんだけどな」
 
 レティシアのためにも、そうであってほしい。
 自分が手を汚すのは、いっこうかまわないが、そのことでレティシアを傷つけるのは本意ではないのだ。
 さりとて、判断を誤りたくもなかった。
 明らかな危険に対しては、だけれども。
 
「正直なのがいい、ってわけじゃねーだろ?」
「不誠実ではあるがね」
 
 レティシアをユージーンにあずける理由が、もうひとつある。
 今回は、黙って事を運ぶ予定にしていた。
 
 レイモンド・ウィリュアートンには「遠く」に行ってもらうのだ。
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