理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

ロケットの中身 1

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 レティシアの反応は、ユージーンにとって、とても意外だった。
 騙されていたことに、ひどく腹を立てるに違いない。
 そう思っていたからだ。
 
 それでも、しかたがないと、覚悟もしていた。
 レティシアに隠し事をし続けるのは、どうにも居心地が悪い。
 思ったことを口に出し過ぎるのは良くないらしいが、隠し事をするというのは、それとは別の話なのだ。
 
「そんな薬があるなんて知らなかったなぁ。魔術以外で、似たことができるものがあるんだね」
「たいていは、嗜好品だがな。高価なものでもあるし、市場で売られているようなものでもない」
 
 レティシアは、興味津々といった様子で、目を輝かせている。
 魔術に興味がない割りに、薬には興味があるらしい。
 中には「怪しい薬」だってあるというのに。
 
「私も、動物になってみたいなぁ。薬なら簡単なんでしょ?」
「簡単ではあるが……」
 
 ある意味では、危険も伴う。
 屋敷内で、ウロウロするくらいならばいい。
 だが、外に出るのは、やめておいたほうがいいだろう。
 動物には、たいてい「天敵」というものがいる。
 食べられでもしたら、人生終了だ。
 
「いいのか?」
「なにが?」
 
 レティシアの希望を打ち砕くのは、気が進まない。
 できれば、叶えてやりたいと思う。
 さりとて、レティシアは活動的でもあるのだ。
 動物姿でも、なにをしでかすか、わからない。
 よって、ここは阻止することに決めた。
 
「お前が、ウサギになったら、今度は俺の番だということだ」
「ユージーンの番?」
「お前を抱き上げ、頬ずりをする。むろん、口づけもし放題だな。それから、男の子?女の子?と、下半身を……」
「やめーっ!! やっぱりいい! ど、動物には、ならないよ!」
「そうか。それは残念だ」
 
 不満そうに、レティシアが口をとがらせる。
 そういう、普通なら、不快に感じてもおかしくない表情すら、可愛らしい。
 レティシアは、ユージーンの予測の範疇にいないのが、いいのだろう。
 ウサギの件も、あっさりと許容している。
 話したのは正しかった、と思った。
 
「そうだ。あの時、お前は、俺に、ロケットを見せただろ?」
「そうだったね。ロケットを齧ろうとしてるのかと思ってたけど、違った?」
「中の写真を、もっとよく見ようとしていただけだ」
 
 レティシアの「理想の男」について、聞いてみる好機かもしれない。
 ジークは「お前に話すわけない」と言っていたが、この雰囲気なら答えが得られそうな気がする。
 
「もう1度、見ることはできんか?」
「ん? いいよ?」
 
 レティシアがネックレスを外そうとして、失敗している。
 結いあげた髪に、鎖が引っ掛かりそうになるからだ。
 無理に外せば、せっかく整えた髪が崩れてしまうだろう。
 
「外さずとも良い。そのままでも、見られる」
 
 ユージーンは腰を浮かせ、テーブルに両手をつく。
 レティシアが、ロケットをユージーンのほうへ向けた。
 パカッと開かれ、中が見える。
 
(やはり……見覚えがあるような……騎士であるのは間違いない……)
 
「歳は、20代くらいか」
「24だよ」
「騎士、であるように見える」
「そうだね」
 
 しかし、どこの誰かは、見当もつかない。
 はっきり聞いていいのか、少しだけ迷う。
 
(仮に昔の男だとすれば、レティシアは、この男に、ふられたのだ。古傷をつつくことになりはせぬだろうか)
 
 それが、心配だった。
 忘れられない男だったとしても、普段のレティシアに憂いはない。
 過去になりつつある、ということではなかろうか。
 深追いすれば、昔の恋心を呼び覚ますことになりかねないのだ。
 
(だが……いつまでも引きずっていては、レティシアのためにはならん)
 
 万が一「かつての男」を思い出して、悲嘆にくれることになった場合、自分が、レティシアを慰めればいい。
 時間をかければ、忘れさせることもできるだろう。
 ユージーンは、常に前向きに、物事を考える。
 今夜はともかく、いつもは、己に絶対の自信も持っていた。
 
「それで、だ。この男は、実在するのか?」
 
 写真に見えるが、なにしろ小さい。
 もしかすると「」という可能性もある。
 念のため、聞いてみた。
 
「実在するに決まってるじゃん」
 
 レティシアが、くすくすと笑った。
 少なくとも、悲嘆にくれる様子がないことに、安堵する。
 と、同時に、唐突に、はたとなった。
 
 ロケットに入れているのだから、相当な思い入れがあるに違いない。
 そう思い込んでいたが、勘違いだったのでは、と思う。
 
(レティシアには、少し幼いところがある。少女が童話の騎士に持つような、憧れに過ぎないものであったか)
 
 どこかで見かけた騎士が「たまたま」憧れの対象になった。
 それだけの話だったのかもしれない。
 
「ならば、この男は……どこの誰か?」
 
 ユージーンは、自分の推定を基に、核心をつく。
 心臓が、わずかに鼓動を速めていた。
 憧れに過ぎなくても、実在はするのだ。
 ユージーンからすれば「恋敵」にはなる。
 
「ユージーン、わかんないの?」
 
 レティシアが、首をかしげていた。
 言葉に、ユージーンのほうは、内心で慌てる。
 見覚えがあるような気はしていたからだ。
 
「ああ、いや……見覚えがある気はしているのだが……思い出せぬのだ」
「そりゃあ、見覚えあるだろうね」
 
 またレティシアが、くすくすと笑う。
 ユージーンは、背中に冷や汗が伝うのを感じた。
 
(俺は……知っているのか、この男を……いや、知っているはずなのだ……)
 
 レティシアの反応を見れば、そうとしか思えない。
 さりとて、ユージーンは、頭はいいのだ。
 仕入れた情報を、いつでもスラスラと取り出せる。
 なのに、どれだけ頭の中を探しても、その男は見つからない。
 見覚えがあるような、という印象しかなかった。
 
 しかし、思い出せないものは、思い出せない。
 レティシアに聞くしかないのだ。
 口を開こうとして、ユージーンは、自分に「待った」をかける。
 
 『きみは、とても横柄で傲慢な話しかたをする。常に、上から下を見るような口の利きかただ。頼み事をする時でさえもね。あげく頼んでいる自覚すらない』
 
 そうだ、と思った。
 これは「頼み事」なのだ。
 口の利きかたに気をつけなければ、せっかくのいい雰囲気を台無しにする。
 
 が、ユージーンは誰かに何かを頼んだ経験が乏しい。
 頼んだことはあれど、その自覚がないのだ。
 結果として「頼んだことになっている」だけだった。
 
「レティシア……」
 
 レティシアの大きくて黒い瞳を見つめる。
 ふと、サイラスのことが思い浮かんだ。
 サイラスは、いつもユージーンに「頼んで」いたから。
 
「お、お、お願いが、ある」
「お願いっ?! ユージーンがっ?!」
 
 目が転がり落ちそうなくらいに、レティシアが驚いていた。
 が、ユージーンは必死だ。
 レティシアの反応に、反応していられない。
 
「そ、その男が誰なのか、お、教えては、も、もらえない、だろうか?」
 
 言い切った。
 なんとか、言い切った。
 
 間違えていなければいいが、と、多少の不安をいだきつつ、レティシアに視線をそそぐ。
 レティシアが、ぱちぱちっとまばたきをした。
 それから、あっさりと、言う。
 
「お祖父さまだよ」
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