理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

時間切れ 1

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 ユージーンは、片っ端から接客係に聞いて回っている。
 もちろん懐に入れた者が、正直に言うとは思えない。
 が、嘘をついていれば、見抜けるはずだ。
 そのため、少し高圧的に、問いただしている。
 
「本当に知らぬのだな? あとから分かれば、ただではすまんぞ?」
「ぞ、存知上げません……」
 
 ユージーンの態度に、接客係は、みんな、震えあがっていた。
 外見からしても、ユージーンが、誰だかを知っている。
 街に出た時とは違い、今夜は夜会服だ。
 略式を身につけているとはいえ、気づかないはずはない。
 散々、聞いて回ったが、誰も知らないと言う。
 
(こちらのホールではないのか?)
 
 ダンスのあと、レティシアのネックレスがなくなっているのに気づいた。
 そのため、ダンスホールで落としたものと思っていたのだ。
 もしかすると、大ホールから移動している間に、落ちたのかもしれない。
 ユージーンは、大ホールに戻る。
 そこでも、接客係を捕まえては、問い質した。
 
(早く見つけて戻らねば)
 
 レティシアのしょんぼりした顔が、思い浮かぶ。
 かなり大事にしていたのは、知っていた。
 まさか、中の写真が、大公だったとは思わなかったけれども。
 
(長く1人にもしておけん……誰かに声をかけられるやもしれぬしな)
 
 それも、気にかかっている。
 レティシアは、とても愛らしいのだ。
 その上、無防備でもある。
 人を疑うことを、ほとんどしない。
 その辺りの貴族令嬢ならば、取り澄まして断るような相手でも、きっと真面目に受け答えをしようとする。
 レティシアの周りに、男どもが群がっている光景を想像してしまった。
 
 黒い髪に黒い瞳。
 
 レティシアが、ローエルハイドの、しかも、大公の孫娘だということは、すぐにわかるのだ。
 レティシア自身も魅力的だが、ローエルハイドの名も魅力ではあった。
 婿養子に入れれば、と考える者もいるに違いない。
 
(1度、戻るか……だが……)
 
 手ぶらで戻れば、レティシアを、がっかりさせることになる。
 自分が探すと言ったからには、諦めるなんて、できなかった。
 なにより、レティシアの喜ぶ顔が見たい。
 
 ロケットというのは、不思議なものだ。
 普通のネックレスとは感覚が違う。
 ユージーンもつけているので、そこにある思い入れを、理解できた。
 
 ユージーンのロケットに、写真はない。
 それでも、見れば、サイラスの顔が浮かぶ。
 
(男どもは、あとで蹴散らせばよい。今は、ロケットを探すのが先だ)
 
 大ホールの主要な接客係には、すでに問い質していた。
 やはり、誰も知らないと言う。
 嘘をついている様子もなかった。
 
 あと探せる場所は、テラス席くらいだ。
 テラス席から室内に戻った際の、通り道を思い出しながら、探す。
 外に出て、テーブルの側や、イスの下まで調べた。
 にもかかわらず、どこにもない。
 
(ホールにいない接客係がいたのか……それとも、懐にして、すでに逃げたか)
 
 ユージーンは、先のことを考える。
 トラヴィスに聞けば、どういう者を雇い入れているかがわかるはずだ。
 今夜、接客係をしていた者を、すべて当たってもいい。
 逃げたのだとしても、それで追える。
 
 屋敷で拾った物を懐に入れる者の取る行動は、だいたい決まっていた。
 どこかの店に売り払うか、誰かに贈るか。
 いずれにせよ「誰が」ということを、はっきりさせれば、打ち手はある。
 
(トラヴィスから、雇い入れ人の書類を手に入れるとしよう)
 
 事情を話せば、嫌とは言わないだろう。
 トラヴィスの妻は、サリーの姪だし、サリーはローエルハイドの勤め人なのだ。
 トラヴィスは、サリーと妻を会わせたがってもいる。
 レティシアのネックレスを、ウィリュアートンの勤め人が盗んだかもしれない、などというのは、彼にとっても都合が悪い。
 協力を取り付けるのは、簡単だ。
 
(それにしても……そもそも、なぜネックレスが落ちたのだ?)
 
 レティシアは、1度もネックレスを外していなかった。
 ユージーンも、首に下がったままで、写真を見ている。
 髪に引っ掛かり、外しにくそうだったからだ。
 
(鎖が切れたのやもしれんが……俺が見た時は、手入れがされていて、切れそうな部分はなかった)
 
 テラス席から、トラヴィスのいる大ホールに戻りつつ、考える。
 なにか辻褄が合わない感じがして、気持ちが悪い。
 さりとて、他に手段もないので、ひとまずトラヴィスに声をかけることにした。
 ユージーンが、そちらに向かおうとした時だ。
 
(おい、今どこにいる?)
(大ホールだ)
(なんで、そんなとこにいるんだよ!)
 
 ジークの言い様に、驚く。
 なぜと言われても、レティシアのネックレスを探していただけだ。
 というより、ジークのほうがどこにいるのか、と聞きたくなる。
 
(早く、こっちに来い!)
(こっちとは、どこだ?)
(ダンスホールの奥の廊下だよ!)
 
 わけがわからない。
 さりとて、ジークが意味もなく、そう言うとも思わなかった。
 
 ジークは、レティシアのそばにいる。
 
 大公から、護衛を言いつかっているに違いない。
 室内でもテラス席でも、ジークの気配は感じていたのだ。
 それが、今はなかった。
 つまり、ジークは、ユージーンではなく、レティシアの近くにいるのだろう。
 
(どっちだ? 右か、左か?)
(右! なんだ……っ……ちくしょ……っ……)
 
 ジークの声が、微妙に揺らぐ。
 ものすごく嫌な感じがした。
 
 ユージーンは、廊下を右に向かって走る。
 廊下には、誰もいなかった。
 それも、嫌な感じだ。
 
 ホールのざわめきを思えば、誰かが、うろついていてもおかしくはない。
 夜会において、ホールの外の部屋は、出入りが自由になっている。
 しん…と、静まり返っているのが不自然に感じられた。
 
 得てして、そういう部屋は、男女の密会に使われるからだ。
 本人たちが、いくら声をひそめていようが、会話やら怪しげな声やらが聞こえてくる。
 だから、貴族の夜会を通じての噂話は絶えない。
 誰が誰に誘われただの、途中で別室に消えただのと。
 
「あれは……っ……」
 
 不審を感じつつ、走っていたユージーンの足が、速くなる。
 きらっと、光る物が目に入った。
 駆け寄ると、思った通り、レティシアのネックレスだ。
 
(このような場所に……もしや、誰かに部屋に引きずりこまれたか!)
 
 レティシアを1人にし過ぎたことを悔やむ。
 やはり、1度、戻るべきだった。
 たとえ、レティシアをがっかりさせることになったとしても、見つける手立てはあったのだ。
 
 ネックレスを拾い、上着のポケットに入れる。
 それから、廊下の先を見渡した。
 どこの誰ともわからない男に、レティシアは乱暴されているかもしれないのだ。
 考えるだけで、頭に血が昇った。
 
(あれに、手をかけるなど、絶対に許さんっ!)
 
 きっとレティシアは、抵抗している。
 エッテルハイムの城では、ユージーンのことを拒んでいた。
 簡単に、身をあずける女でないことは、わかっている。
 
 ユージーンは、声が聞こえてこないかと、聞き耳を立てながら、走った。
 ジークからの呼びかけがないことにも、気づかずにいる。
 レティシアを見つけようと、必死だったからだ。
 
「レティシア! どこにいるっ? レティシア!」
 
 自分の声に気づけば、助けを求めてくるに違いない。
 少なくとも、見ず知らずの男よりは、信頼されている。
 
 その時、薄く開いている扉に気づいた。
 ユージーンは、迷わず、そこに向かう。
 
「ユージーン! 来ないでッ!!」
 
 声が聞こえたが、ユージーンは止まらない。
 そこに、レティシアがいると、わかっていた。
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