理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

理想の男 1

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 ユージーンはボロボロで、なのに、笑っている。
 諦める、ということをしない人なのだ。
 その姿に、また涙がこぼれる。
 
 ユージーンが、なにかを言いかけた。
 が、口を開く前に、体がグラリと倒れる。
 咄嗟に、抱きかかえた。
 
(死なないって言ったじゃん……死なないって……)
 
 人は、時に、あっさりと死ぬ。
 呼んでも返事をせず、動きもせず、目も開かなくなるのだ。
 時間は止まり、次の思い出は作られない。
 
 そんなことがあると、レティシアは、知っている。
 
 前の世界で、「神様」と祈った。
 病院に向かうタクシーの中、いもしない神様に、必死で祈ったのだ。
 けれど、その祈りは無駄だった。
 とどかなかった。
 
 ユージーンの体が重い。
 レティシアの服も血にまみれ、温かく湿っていく。
 
「………ま……」
 
 ここは、前の世界とは違うのだ。
 ここに神様はいない。
 祈るべき相手もいない。
 
 それでも、呼べる名があった。
 
「……お祖父さま……っ……お祖父さまっ! お祖父さまっ!!」
 
 勝手に領域を出て、勝手にエッテルハイムの城に連れ去られた時も。
 勝手に王宮に行き、勝手に殺されかけた時も。

 いつだって足手まといなことしかしていない自分の元に、祖父は来てくれた。

 ユージーンの言う通りだ。
 祖父が、間に合わなかったことなど、ただの1度もない。
 
「助けてッ! お祖父さまッ! 助けてッ!!」
 
 今まで、危機に陥っている間には、口にしなかった言葉が、転がり落ちる。
 レティシアは、初めて祖父に「助け」を乞うたのだ。
 
 ガシャーン!!
 
 ユージーンを抱きかかえているレティシアの視線の先で、扉が吹き飛ぶ。
 同時に、クィンシーも吹き飛ばされ、床に倒れた。
 扉が舞っている。
 そのまま、天井に突き刺さった。
 
 四角く空いた空間に、人影が見える。
 気づいた時には、目の前に、レティシアの理想の男性がいた。
 
「おじ……お祖父さま……」
「私の愛しい孫娘。つらい思いをさせてしまって、ごめんよ」
 
 頬にあてられた手に、心から安堵する。
 涙が、よけいにあふれてきた。
 
「いけないね。私は、お前を泣かせてばかりだ」
 
 黙って、首を横に振った。
 神様は願いを聞きとどけてくれなかったが、祖父はいつも願いを叶えてくれる。
 安心とぬくもり、そして、愛情。
 それらが、レティシアをつつんでいた。
 
「いつまで、レティに抱きついているのかね?」
「え……?」
 
 ユージーンが、ゆっくりと体を起こす。
 すでに、祖父により治癒されていたらしい。
 
「また好色だと言われたいのかと思ったよ」
「大公は、本当に口が悪い」
 
 レティシアは、ユージーンの顔を覗き込んだ。
 さっきまで、本当に死にかけていたのだから、どうしても心配になる。
 
「ユージーン……だ、大丈夫なの?」
「むろんだ。何度も死なぬと言ったのに、お前ときたら、泣きやまぬのだからな。赤子より手のかかる女だ」
 
 いつものユージーンの調子に、安心した。
 横柄で尊大な態度に、ホッとするなんて、少しおかしくなる。
 目の縁に涙をめたまま、レティシアは、小さく笑った。
 
「ということは、レティの目が赤いのは、きみのせいでもあるわけだ」
「大公が、遅いのが悪いのだろ」
「それを言われると、さすがに立つ瀬がないね」
 
 祖父に手をかしてもらい、レティシアが立ち上がる。
 ユージーンは、自分で立っていた。
 本当に、もう大丈夫なようだ。
 
「それで? この城は、崩れたりはせぬのだろうな」
 
 言葉に、ハッとする。
 クィンシーは、この部屋のどこであれ、吹き飛ばせば、城のあちこちが崩れると言っていた。
 その不安を、すぐに祖父が消してくれる。
 軽く肩をすくめていたからだ。
 祖父の、この仕草は「当然」を意味している。
 
「無駄に大きいのも、考えものだ」
「時間がかかったのは、そのせいか」
 
 祖父は、ユージーンの、その問いには、答えなかった。
 言い訳をしたくなかったからに違いない。
 それでも、この城は、祖父に守られているのだ。
 
「レティ」
 
 祖父に、引き寄せられ、抱きしめられる。
 胸に頬を押し付け、レティシアも、ぎゅっと抱きしめ返した。
 頭を優しく撫でられている。
 
「彼と、先に、屋敷に帰っていてくれるかい?」
 
 祖父の胸に、顔をうずめるようにして、うなずいた。
 それが、どういうことか、レティシアにも、わかっている。
 今度こそ、自分のための選択だった。
 
 クィンシーを救うことはできない。
 
 助けることも、手を差し伸べることもできないのだ。
 似た悲しみや苦しみを持っていてすら、その存在を容認し難かった。
 クィンシーの危険性を見逃せば、また同じことが起きる。
 レティシアには、やはり「どちらか」しか選べない。
 
「お祖父さま……助けに来てくれて……ほかのみんなのことも、助けてくれて……ありがとう」
 
 額に、軽いキスが落ちてきた。
 もう1度、胸に頬を押しつけてから、体を離す。
 
「ユージーンと、先に帰って、待ってるね」
「遅くはならないよ。私の愛しい孫娘」
 
 祖父が、にっこりと微笑んだ。
 小さくうなずいて、ユージーンに視線を向ける。
 ユージーンが、祖父に向かって言った。
 
「ヒューを待たせているのでな。馬車で帰ることにする」
「それがいい」
 
 立ち上がりかけているクィンシーの横を通り抜けながら、わずかに祖父のほうを振り返る。
 祖父も、レティシアを見つめていた。
 
「気をつけてね」
「レティに心配をかけることはしないさ」
 
 祖父が大丈夫なのは、わかっている。
 けれど、こういう場面では、いつも祖父を1人で残してしまうのだ。
 それが、心苦しかった。
 
(私が選んだことでもあるのに……お祖父さまにばっかり……)
 
 甘えて、頼りきっている。
 本当は、選択をした以上、見とどける義務があるのだろうに。
 
「行くぞ、レティシア」
 
 ぐいっと、ユージーンに肩を抱かれ、部屋から連れ出された。
 それにも甘えている。
 ユージーンに引かれて、廊下を歩いた。
 
「私って……みんなに甘えてるね」
「そうだな。だが、お前は、それでよい」
「際限なく我儘になるって、言ってなかった?」
「かまわんだろ。大公にできぬことは、ほとんどないのだからな」
 
 ユージーンは、この城を前から知っていたようだ。
 大ホールのほうとは違う方向に歩いて行く。
 人のいない裏口のような場所から外に出た。
 きっと服が血塗れだからだろう。
 
「外套は……まぁ、諦めろ」
「うん。しかたないね」
 
 待っていたヒューは、2人の姿に驚いていたけれども。
 ユージーンが「俺が怪我をした」と言ったら、とたんに納得顔で、馬車の扉を、開いてくれた。
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