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最終章 黒い羽と青のそら
理想の男 2
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ユージーンは、帰りの馬車の中、レティシアの隣に座っている。
行きは無自覚だったが、帰りは意識的に、隣に座った。
「レティシア。大公のことは、気にするな。大公は、ああいう者だ」
「……わかってるよ……」
人ならざる者。
レティシアは、わかっていて受け入れているのだろう。
わかっているからこそ、罪悪感をいだいている、とも言える。
(これは、どこまで、まともに受け止めようとするのであろうな)
それが、少しもどかしい。
大公は「そういう者なのだから、しかたがない」と突き放して考えてしまえば、受け入れることは、さほど難しくないのだ。
実際、ユージーンは、そうしている。
が、レティシアは違った。
自分と同じ視線で、大公を見て、受け止めて、かつ、寄り添おうとしている。
そのため、大公にばかり汚れ仕事をさせている、などという、罪悪感をいだいているに違いない。
ユージーンは、大公の恐ろしさを知っていた。
自然の脅威に等しく、時には天変地異にも匹敵する。
なのに、自然ではなく、意思を持って、己の力を使うのだ。
恐ろしくないわけがない。
「俺は、大公が恐ろしい。優しいと思ったこともない。だが……」
ユージーンは、レティシアの手を、自分の手に乗せる。
レティシアが、ユージーンを見上げてきた。
その大きくて黒い瞳を見つめて言う。
「恩恵にはあずかっているのだ。こうしてな」
ぽんぽんと、レティシアの手の甲を、軽く叩いた。
大公の治癒がなければ、ユージーンは、確実に死んでいたのだ。
もちろん大公が、ユージーンのために助けたのでないことは、わかっている。
レティシアのために過ぎない。
そうであっても、恩恵は恩恵だ。
ユージーンは、今、生きている。
「大公を恐ろしいと思いながら、恩恵にだけはあずかる。ムシのよい話だろ」
「利用してるって、言いたいの?」
「それに近いやもしれんな。利用できるものは、どのようなものでも、利用する。俺は、それを悪いことだとは思っておらん」
なにかを手にしたり、望みを叶えたりするために、利を優先することが、必要な場合もあった。
いちいち罪悪感など、いだいてはいられない。
どう言い訳や口実を作っても、人は自らのためにこそ動く。
突き詰めていけば、ということだけれども。
「相応の利がなければ、相手も動かぬものだ。それを承知しておればよい」
「……よく、わかんないよ……」
レティシアは、重ねられたユージーンの手を、じっと見ていた。
手を握られるのを、もう嫌がるそぶりはない。
より大きな傷に、小さな傷は埋もれてしまったのだろう。
「俺は、大公を利用している。が、利がなければ大公は動かん。その結果として、仮に俺が死んでいたとしても、だ。俺は、大公を恨んだりはせぬのだ」
「そうなの?」
またレティシアが、ユージーンを見上げてきた。
赤い目が、痛々しく感じられる。
「それはそうだ。己は利を求めておきながら、大公に情をせがむのは、筋が違うであろう? 大公が動かぬのは、利につり合いが取れなかったからに過ぎん」
レティシアは、納得したような、していないような顔をしている。
彼女の性格からして、利用という言葉が、しっくりこないに違いない。
「利と情は、必ずしも相反するとは限らんのだ」
「え……? でも……」
「大公は、街で、お前に言ったはずだぞ?」
王宮魔術師を追いはらいに行く前だ。
大公は言った。
『私は幸せ者だね。私の愛しい孫娘、十分過ぎるくらいだよ』
情ではあるが、利でもある。
ユージーンにしても、同じだった。
レティシアがいること。
笑っていること。
それが、ユージーンにとっての「利」なのだ。
とても気分が良くなる。
ユージーンが、レティシアに求める「利」は、正妃選びの儀の頃の「利」とは、違うものになっていた。
「お前がおらねば、笑った顔を見られんだろ?」
その笑顔見たさに、自分も大公も、必死になるのだ。
大公が「必死」かどうか、それはともかく。
「自分が動いて、誰かが幸せになる。誰かが動いて、自分が幸せになる。どちらも幸せになれるのなら、それで、かまわぬではないか」
「ユージーンってさ……時々、まともなこと言うよね」
「む。時々とは、なんだ。俺の周りには、口の悪い者しかおらん」
レティシアが、赤い目のまま、ぷっと笑った。
それだけで、心がやわらかくなる。
「ウチまで、もうすぐだね」
「ああ、そうだ…………まずい……」
「どうしたの?」
ユージーンは、レティシアの手を握り締めた。
屋敷に戻ると、本気で「やばい」ことになるからだ。
「実は……この服は、グレイに借りたのだ」
「え………」
「……サリーと出かける際のことを考え、半年、給金を溜めて買ったらしい」
「うわ……」
「汚したら殴る、と言われていた」
しーん。
馬車の中が静まり返る。
レティシアの顔が、引き攣っていた。
ユージーンも、表情を曇らせている。
なにしろ夜会服は血みどろだ。
ボロボロになってもいるし、洗えばどうにかなる状態ではない。
「ゆ、ユージーンの給金じゃ……」
「買えん」
「だ、だよね~……」
レティシアは、小遣いをもらっていない。
それに、レティシアに頼るのは、なんともみっともないではないか。
さりとて、このままでは、間違いなくグレイに殴られる。
殴られるのが嫌なのではない。
相手が「グレイ」なのが、嫌なのだ。
思う、ユージーンの頭に「良い考え」が浮かんでくる。
たいていユージーンの「良い考え」が良かった試しはないが、それはともかく。
「そうだ。大公にツケておくとしよう」
「は? なんで、お祖父さま?」
「大公が、もっと早く来ておれば、このような有り様にはなっておらん」
「いやいやいや、それは、お祖父さまに、かぶせ過ぎでしょーよ!」
そうは言っても、初給金をもらったばかりなのだ。
そんなユージーンに、弁済の目途は立たない。
「では、グレイに殴られろと言うか?」
「う、うーん……それは……」
借りる時も、グレイには、散々に渋られている。
が、体形も似ていて、夜会服を持っているのは、屋敷ではグレイだけだった。
借りる前に「汚さない」と約束させられてもいる。
「やはり、大公が悪い。大公に弁済させる」
「はあっ?! なんでだよっ?」
「大公は、招待状だけ渡し、俺に服を貸さなかったのだぞ。俺が、グレイに借りるはめになったのは、大公のせいであろう」
うむ、とユージーンは、うなずいた。
レティシアに呆れ顔で見られていることには、気づかずにいる。
「お祖父さまに怒られるより、グレイに殴られたほうがマシって気がするけど」
「逆だ。グレイに殴られるくらいなら、大公に丸焦げにされるほうがよい」
サリーとの式のこともあるし、グレイには弱みを作りたいないのだ。
それに、大公はともかく、どうにもグレイには負けたくない。
「わけわかんない人だね、ユージーンは」
言いながら、レティシアが、くすくすと笑う。
割り切れない想いはあるにしても、少し落ち着いてきたらしい。
笑えているレティシアに、安堵した。
わざと、しかつめらしい顔をして言う。
「俺の面目に関わる、という話だ」
彼女の笑顔を見るためなら、ユージーンは道化にだって、なれるのだ。
行きは無自覚だったが、帰りは意識的に、隣に座った。
「レティシア。大公のことは、気にするな。大公は、ああいう者だ」
「……わかってるよ……」
人ならざる者。
レティシアは、わかっていて受け入れているのだろう。
わかっているからこそ、罪悪感をいだいている、とも言える。
(これは、どこまで、まともに受け止めようとするのであろうな)
それが、少しもどかしい。
大公は「そういう者なのだから、しかたがない」と突き放して考えてしまえば、受け入れることは、さほど難しくないのだ。
実際、ユージーンは、そうしている。
が、レティシアは違った。
自分と同じ視線で、大公を見て、受け止めて、かつ、寄り添おうとしている。
そのため、大公にばかり汚れ仕事をさせている、などという、罪悪感をいだいているに違いない。
ユージーンは、大公の恐ろしさを知っていた。
自然の脅威に等しく、時には天変地異にも匹敵する。
なのに、自然ではなく、意思を持って、己の力を使うのだ。
恐ろしくないわけがない。
「俺は、大公が恐ろしい。優しいと思ったこともない。だが……」
ユージーンは、レティシアの手を、自分の手に乗せる。
レティシアが、ユージーンを見上げてきた。
その大きくて黒い瞳を見つめて言う。
「恩恵にはあずかっているのだ。こうしてな」
ぽんぽんと、レティシアの手の甲を、軽く叩いた。
大公の治癒がなければ、ユージーンは、確実に死んでいたのだ。
もちろん大公が、ユージーンのために助けたのでないことは、わかっている。
レティシアのために過ぎない。
そうであっても、恩恵は恩恵だ。
ユージーンは、今、生きている。
「大公を恐ろしいと思いながら、恩恵にだけはあずかる。ムシのよい話だろ」
「利用してるって、言いたいの?」
「それに近いやもしれんな。利用できるものは、どのようなものでも、利用する。俺は、それを悪いことだとは思っておらん」
なにかを手にしたり、望みを叶えたりするために、利を優先することが、必要な場合もあった。
いちいち罪悪感など、いだいてはいられない。
どう言い訳や口実を作っても、人は自らのためにこそ動く。
突き詰めていけば、ということだけれども。
「相応の利がなければ、相手も動かぬものだ。それを承知しておればよい」
「……よく、わかんないよ……」
レティシアは、重ねられたユージーンの手を、じっと見ていた。
手を握られるのを、もう嫌がるそぶりはない。
より大きな傷に、小さな傷は埋もれてしまったのだろう。
「俺は、大公を利用している。が、利がなければ大公は動かん。その結果として、仮に俺が死んでいたとしても、だ。俺は、大公を恨んだりはせぬのだ」
「そうなの?」
またレティシアが、ユージーンを見上げてきた。
赤い目が、痛々しく感じられる。
「それはそうだ。己は利を求めておきながら、大公に情をせがむのは、筋が違うであろう? 大公が動かぬのは、利につり合いが取れなかったからに過ぎん」
レティシアは、納得したような、していないような顔をしている。
彼女の性格からして、利用という言葉が、しっくりこないに違いない。
「利と情は、必ずしも相反するとは限らんのだ」
「え……? でも……」
「大公は、街で、お前に言ったはずだぞ?」
王宮魔術師を追いはらいに行く前だ。
大公は言った。
『私は幸せ者だね。私の愛しい孫娘、十分過ぎるくらいだよ』
情ではあるが、利でもある。
ユージーンにしても、同じだった。
レティシアがいること。
笑っていること。
それが、ユージーンにとっての「利」なのだ。
とても気分が良くなる。
ユージーンが、レティシアに求める「利」は、正妃選びの儀の頃の「利」とは、違うものになっていた。
「お前がおらねば、笑った顔を見られんだろ?」
その笑顔見たさに、自分も大公も、必死になるのだ。
大公が「必死」かどうか、それはともかく。
「自分が動いて、誰かが幸せになる。誰かが動いて、自分が幸せになる。どちらも幸せになれるのなら、それで、かまわぬではないか」
「ユージーンってさ……時々、まともなこと言うよね」
「む。時々とは、なんだ。俺の周りには、口の悪い者しかおらん」
レティシアが、赤い目のまま、ぷっと笑った。
それだけで、心がやわらかくなる。
「ウチまで、もうすぐだね」
「ああ、そうだ…………まずい……」
「どうしたの?」
ユージーンは、レティシアの手を握り締めた。
屋敷に戻ると、本気で「やばい」ことになるからだ。
「実は……この服は、グレイに借りたのだ」
「え………」
「……サリーと出かける際のことを考え、半年、給金を溜めて買ったらしい」
「うわ……」
「汚したら殴る、と言われていた」
しーん。
馬車の中が静まり返る。
レティシアの顔が、引き攣っていた。
ユージーンも、表情を曇らせている。
なにしろ夜会服は血みどろだ。
ボロボロになってもいるし、洗えばどうにかなる状態ではない。
「ゆ、ユージーンの給金じゃ……」
「買えん」
「だ、だよね~……」
レティシアは、小遣いをもらっていない。
それに、レティシアに頼るのは、なんともみっともないではないか。
さりとて、このままでは、間違いなくグレイに殴られる。
殴られるのが嫌なのではない。
相手が「グレイ」なのが、嫌なのだ。
思う、ユージーンの頭に「良い考え」が浮かんでくる。
たいていユージーンの「良い考え」が良かった試しはないが、それはともかく。
「そうだ。大公にツケておくとしよう」
「は? なんで、お祖父さま?」
「大公が、もっと早く来ておれば、このような有り様にはなっておらん」
「いやいやいや、それは、お祖父さまに、かぶせ過ぎでしょーよ!」
そうは言っても、初給金をもらったばかりなのだ。
そんなユージーンに、弁済の目途は立たない。
「では、グレイに殴られろと言うか?」
「う、うーん……それは……」
借りる時も、グレイには、散々に渋られている。
が、体形も似ていて、夜会服を持っているのは、屋敷ではグレイだけだった。
借りる前に「汚さない」と約束させられてもいる。
「やはり、大公が悪い。大公に弁済させる」
「はあっ?! なんでだよっ?」
「大公は、招待状だけ渡し、俺に服を貸さなかったのだぞ。俺が、グレイに借りるはめになったのは、大公のせいであろう」
うむ、とユージーンは、うなずいた。
レティシアに呆れ顔で見られていることには、気づかずにいる。
「お祖父さまに怒られるより、グレイに殴られたほうがマシって気がするけど」
「逆だ。グレイに殴られるくらいなら、大公に丸焦げにされるほうがよい」
サリーとの式のこともあるし、グレイには弱みを作りたいないのだ。
それに、大公はともかく、どうにもグレイには負けたくない。
「わけわかんない人だね、ユージーンは」
言いながら、レティシアが、くすくすと笑う。
割り切れない想いはあるにしても、少し落ち着いてきたらしい。
笑えているレティシアに、安堵した。
わざと、しかつめらしい顔をして言う。
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