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最終章 黒い羽と青のそら
恋かどうかがわかりません 2
しおりを挟む「絶対に、嫌だ」
「そう言うであろうとは思ったが、お前しかおらぬのだから、しかたあるまい」
グレイが、ものすごく渋い顔をしている。
あの夜会服のことは、解決がついたはずだ。
大公に調達するよう、約束を取り付けている。
なのに、グレイは、いい顔をしない。
理由はわかるが、ユージーンだって「しかたなく」声をかけているのだ。
グレイ以外で、条件に合う者がいれば、そちらを選んでいる。
「なにも夜会服を貸せとは言っておらん。民服でよい」
「それなら、お前も、持っているだろう」
「持ってはいるが、チャーリーに繕ってもらったものばかりなのでな」
「それは、お前が、しょっちゅう、破いているせいじゃないか」
「破いているのではない。勝手に、破けているだけだ」
グレイが、目を細くして、ユージーンを睨んでいた。
説得できそうにない、と感じる。
前回の夜会服のことを、相当に根に持っているらしい。
思うと、少し腹立たしくなってきた。
「皆のまとめ役であり、先輩であるにもかかわらず、後輩の面倒をみぬとは、なんという了見の狭い執事であることか」
「な……お前が……」
「あげく、人のせいばかりだ。お前は、どのようなことでも、さらりとやり遂げる有能な者だと思っていたが、俺の心得違いだったようだ」
ユージーンは、ふんっと鼻をならし、体を返す。
グレイの部屋まで来たのは、時間の無駄だった。
その背中に「待った」が、かかる。
「おい! 私が、ケチのように、言われるのは心外だ」
ちらっと、肩越しに振り返った。
グレイは、ますます渋い顔になっている。
「嫌々ならば、無用だぞ、グレイ」
「……お前という奴は……」
はぁ…と、大きく溜め息をつかれた。
それから、クローゼットを開いている。
やっと貸す気になったようだ。
ユージーンも、グレイの隣に立ち、クローゼットを覗き込む。
「これと、これ、それに、これだな」
グレイが、パッパッと、ユージーンに服を渡してきた。
白いシャツに灰色のズボン、それと黒いベスト。
「靴は、これ……いや、こっちか」
黒い革靴を、グレイは手にしている。
民服であるには違いないが、いつもユージーンが着ているものとは違った。
手近にあったイスに、いったん、服を掛ける。
それから、まずシャツを手に取った。
「これは、リネンだな」
民服を着るようになって、というより、よく破くようになって、ユージーンは、布の種類を調べている。
チャーリーには、相当に嫌がられていたのだが、それはともかく。
「サハシーで着たことがある。シルクより、少しゴワつくが、まずまず丈夫だ」
勤め人の着ている服は、たいてい麻で作られていた。
シルクやリネンより安価なのだそうだ。
チャーリーに聞いた。
「俺が仕事で着ているのとは、違う気がするが」
「あまりみすぼらしいと、レティシア様が恥をかくことになる。それなりのものを身につけたほうがいいだろう?」
「む。そうか……あれに、恥をかかせるわけにはいかん」
以前、街に出た際は、完全に民服だった。
そのため、繕い痕さえなければいいか、と思っていたが、レティシアが恥をかくことになるのであれば、話は別だ。
「このベストは、貴族服より長めであるな」
「民服の利点は、動き易さにあるんだ。だから、あまり体を締め付けるものには、しないんだよ」
ふむ、と納得する。
ズボンが緩めなのも、同じ理屈だろう。
最後に靴だ。
グレイに渡され、靴底まで見てみる。
「なめし革を使っていて、水にも強い」
「この靴には、紐がないのか?」
「モンクストラップと言って、ほら、この外側の、バックルとベルトで固定する。足の甲の高さが、私とお前とでは違うからな。これだと、調整できるのさ」
「このような靴があったとは、知らなかった」
ユージーンが知っているのは、ピッカピカの礼装用の革靴と、紐で縛る布靴だけだった。
世の中には、靴も色々あるのだな、と思う。
「まあまあ値の張るものなんだ。できるだけ……汚すなよ」
「努力はする。が、不可抗力というものもあるのでな。約束はできん」
前回のことがあるので、安易に約束はしないことにした。
危険はない、と大公は言っている。
だとしても、なにが起きるかは、わからないのだ。
「努力をする気はあるんだろうな?」
「ある」
疑わしそうな目つきをされたが、気にしない。
レティシアと「まあまあの服」を着て、並んで歩けることに意識が向いていた。
そこで、ハッとなる。
「俺は、あれと、手を繋げるだろうか」
「そんなこと、私にわかるわけがない」
「で、あろうな。お前は、女を口説いたこともないのだから」
「……言っておくが、私は、お前ほどではないぞ」
言われて、ユージーンは、きょとんとなる。
自分ほどではない、とのグレイの言葉が意味不明だったのだ。
ユージーンとて女性を口説いた経験はない。
が、女性に不自由したこともないので。
「では、あれと手を繋ぐ方法がわかると言うか?」
「わからなくも、ない」
「なんだとっ? 女を口説いたこともない、お前に、わかるのかっ?」
「いちいち余計なひと言を付け足すな!」
グレイが不愉快そうにしていても、ユージーンにとって大事なのは「レティシアと手を繋ぐ方法」のみだった。
グレイの心情など、知ったことではない。
「どのようにすればよいのだ?」
「……お前は、街の地図は頭に入れているか?」
「むろん、隅から隅まで覚えている。王都であれば、どこになにがあるか、細かく知っているぞ」
「レティシア様は、街には、お詳しくない。お前と離れると、迷子になられるかもしれないだろう?」
グレイの言いたいことを、理解する。
それを口実に、手を繋げばいいということだ。
「良い考えだ。採用しよう」
「それは、どうも……」
ユージーンは、グレイを、じっと見つめる。
実は、かなり前から気になっていたことがあった。
「お前は、女を口説いたこともないのに、どうやって、サリーの心を射止めたのだ? 同情でもかったのか?」
「……失礼極まりない奴だな。たしかに、サリーを口説けていたとは言いがたいが……気を遣ったり、優しくしたりはしていたつもりだ」
そう言えば、と思い出す。
大公も、似たようなことを言っていたのではなかったか。
「サリーを、甘やかしていたのだな」
「う……っ……ま、まぁ……そ、それなりに……」
「そうか。女というのは、甘やかされるのを好むのか」
あのしっかり者のサリーですら、甘やかされて、グレイに射止められてしまったらしい。
とすると、かなり効果は見込まれる。
「しかし……存外、難しいものであろう? 甘やかす、というのは」
「彼女の言うことを聞いて、したいことを優先させれば、いいだけじゃないか」
「それは、わかっている。だがな、あれのしたいこと、というのが……」
「聞くんだよ!! なにがしたい? どこに行きたい? なにを食べたい? そうやって、ひとつひとつ!」
ユージーンは、グレイの言葉に、目を丸くした。
そのような些末なことまで聞く必要があったのか、と驚いている。
レティシア相手であれば、面倒には感じない。
むしろ、夜会の時の不手際が、悔やまれた。
そこまでは、聞いていなかったからだ。
「せっかくデートの機会を貰ったというのに……」
ぴくっと耳が反応する。
ユージーンは、グレイに向き直って、言った。
「待て。今のは、なんだ? でーと、とは、どういう意味だ」
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