理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

近くて遠い未来 3

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 ユージーンの言葉に、体が震える。
 怒りとも悲しみともつかない。
 
 わかっていても、認めたくないこと、というものはある。
 そして、言われたくないこと、というのもあるのだ。
 
「お前らしくはあるがな」
 
 平然としているユージーンに、腹が立つ。
 あんなふうに求婚しておいて、とも思った。
 ユージーンのしたいことが、さっぱり理解できない。
 
「どういう意味?」
 
 レティシアを見上げているユージーンを、キッと睨みつける。
 それでも、ユージーンは、悪びれた様子さえ見せなかった。
 ひどく冷静で、淡々としている。
 表情の変わらなさに、ますます苛立った。
 
「お前は、甘えるのが好きだという話だ」
「我儘だからね、私」
 
 苛立ちから、皮肉を投げつける。
 が、ユージーンは平気な顔だ。
 痛くも痒くもないといった調子で言う。
 
「孫娘なら甘え放題というわけか」
 
 ずくっと胸の奥に、何かが突き刺さった。
 図星だったからだ。
 けれど、図星を刺されて喜べはしない。
 祖父が相手だと「わかってくれている」と思えるのに。
 
「実際、私は、孫娘だよ。後添のちぞえなんか、お祖父さまには必要ないから」
「お前以外はな」
「なんで、そういうこと言うのッ! 私、後添えになりたいなんて言ってない!」
「だから、なぜ言わんのかと言っているのだろ」
 
 レティシアは、口をつぐむ。
 自分の本心とは、向き合いたくなかった。
 
 臆病で卑怯な自分の心。
 
 自覚がないわけではない。
 祖父は、孫娘を「たった1人」として愛している。
 黒髪に黒眼で、祖父の血を受け継いだ孫娘を、だ。
 孫娘という枕詞なしには、その愛情は、そそいでもらえない。
 
「お前にとって、大公は、単なる祖父ではあるまい?」
 
 答えなかった。
 というより、答えられずにいる。
 
 前の世界で両親を失い、わけもわからず、こちらの世界に飛ばされた。
 この体に入ったのは、彼女の意思ではない。
 以前のレティシアの魂を、駆逐したのでもなかった。
 その魂は、正妃選びの儀の前に消えていたからだ。
 
 それでも、自分は「本物」ではない。
 そう思っていた。
 祖父に「帰ってきてほしい」と言われるまでは。
 
(お祖父さまだけは……私が、別人の魂だって、知ってる……)
 
 知っていて、その上で、受け入れてくれたのだ。
 以来、ずっと孫娘として愛してくれてもいる。
 
(なのに……孫娘……やめられるわけないじゃん……)
 
 祖父の想いを裏切ることになるし、受け入れてももらえなくなるだろう。
 祖父に、手を放されるのが、とてつもなく怖かった。
 レティシアは、愛情を一身にそそがれる至福を知っている。
 失うなんて考えられない。
 
「だが、大公は、お前の手を、いずれ放すつもりでいるのだぞ?」
「え……」
 
 言葉に、レティシアは、視線をユージーンに向けた。
 ざわり…と、心が波立つ。
 
「いつまでも、夢の中にはおれぬのだ。幻想は、幻想でしかない。大公が、それを考えずにいると思うか?」
 
 きゅっと、胸が痛くなった。
 最近、祖父が屋敷から遠ざかっているのには、気づいている。
 忙しいのだろうと、納得する振りもしていた。
 けれど、少し前から、違和感はいだいている。
 
 手を放されまいと、必死になっていただけだ。
 
 頭の隅では、祖父が離れていくのを感じ取っていた。
 自分は置いていかれるのだ、ということを認めずにいたけれど。
 
「お前が動かねば、なにも変わらん」
「でも……」
「そうだ。動いても、良い結果になる、とは言えんな」
 
 祖父が愛しているのは孫娘であり、「私」ではない。
 正直な心を打ち明けて、どうなるというのか。
 祖父を困らせたり、戸惑わせたりするのが、オチだ。
 きっと、それだけではすまない、とも思う。
 
「お前は、大公に、ふられたほうがよい」
 
 ユージーンが、きっぱりと、そう言った。
 レティシア自身、わかっていたことでもある。
 
 瞳が潤み、ユージーンの顔が、ぼやけていた。
 腹が立っていて、悲しくて、胸が痛くてたまらない。
 自分の感情なのに、思うようにできずにいる。
 
「お、お祖父さまに、ふ、ふられたって……ゆ、ユージーンを、す、好きに、なるとは、か、かぎ、限らない……っ……」
「そうだな」
 
 ユージーンが、立ち上がった。
 今度は、レティシアが、ユージーンを見上げる。
 
 どうしたら、こんなふうに打たれ強くなれるのだろう。
 自分には、これほどの強さはない。
 
「それでも、だ。お前は、決めねばならん。どの道、いずれ1人になる時は来る。この先ずっと、大公を想いながら、1人で生きていくほうが寂しかろう?」
「そ、そうだけど……っ……でも……っ……」
 
 レティシアの頭を、まるで祖父のように、ユージーンが撫でてくる。
 祖父の手とは、違う感触がした。
 
「お前は、これでは、満足できんのではないか?」
 
 涙が、ぱたぱたっと、こぼれる。
 ユージーンの声が、ひどく優しかったからだ。
 初めて会った時とは違う。
 ユージーンは、面倒で厄介な人だが、正しくて、強くもある人だった。
 
 『お前が望むのなら、髪と目の色を変えてもよい』
 『お前の理想に近づけるよう、いかなる努力も惜しまぬ』
 
 ユージーンの言葉が蘇ってくる。
 我儘で、甘えることしかせず、なんの力もない自分。
 なのに、ユージーンは、言ってくれた。
 
 『俺は、お前を好いているのだ』
 
 どこがいいのか、気に入っているのか、まったくわからない。
 けれど、ユージーンの本気は伝わっている。
 
「なんでだろ……ユージーンを選べばいいのにね……」
 
 女性は、愛するより愛されるほうが幸せになれる、と聞いたことがあった。
 ユージーンを選べば、幸せになれるに違いない。
 
 怒ることは多いかもしれないが、笑うことも多いだろう。
 愛し愛される婚姻が、きっと実現する。
 わかっていても、その手を取ることはできなかった。
 
 ユージーンは、正しい。
 
 レティシアが望んでいるのは、ユージーンの手ではないのだ。
 
「かまわぬさ。お前が、大公にふられた後こそ、俺には好機となるのでな」
「好きになる、とは……限らないって、言ったよ?」
 
 ユージーンが、ふっと笑う。
 嫌なことを言われているはずなのに。
 
「大公以外で、俺に敵う者などいるはずがなかろう」
 
 横柄で尊大な物言いは、相変わらずだ。
 にもかかわらず、もう腹は立たなかった。
 ユージーンの打たれ強さに、救われている。
 
「いずれ1人になる時が来ると、言ったがな。実は、そのような日は来ぬのだ」
「ユージーンがいるから?」
「そうだ」
 
 レティシアは、泣きながら、少しだけ笑った。
 祖父にフラれても、ユージーンを好きになるとは限らない。
 それは、本当のことだ。
 けれど、ユージーンの存在は、レティシアに潔さを与えてくれた。
 ユージーンが、レティシアに、かつての言葉を言う。
 
「粘着というのは、俺にとっては褒め言葉だと言っただろ?」
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