理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
278 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

近くて遠い未来 2

しおりを挟む
 ユージーンは、迷っている。
 あれから、7日は経っていた。
 まだ、レティシアからの返事はない。
 ある程度、時間がかかるのは、想定している。
 それはそれとして。
 
(あのようなこと……あれレティシアが受け入れられるはずはなかろうな……)
 
 大公から聞いた、側室を娶らず、血統を維持する手立て。
 レティシアの心を射止める前ではあるが、考えておく必要はあった。
 
 ユージーンは、レティシアとの婚姻を望んでいる。
 
 そのため、婚姻後のことについて、悩んでいた。
 生まれてからずっと、誇りでさえあった、己の血が、これほどまでに、うとましく感じるとは思わなかった。
 ガルベリーの直系男子は、自分だけなのだ。
 どうあがいても、逃れられない。
 
(まだ……男子が産まれぬとは限らんではないか……)
 
 杞憂に終わればいいのだが、今のところ、可能性は残されている。
 大公の示した手段より、側室を娶るほうが、まだしも、レティシアには受け入れ易い気もした。
 ユージーンが、初めてローエルハイドの屋敷を訪れる際に考えていたことだ。
 
 『正妃となり、それでも子が成せないまま十年も経てば、きっと彼女も側室を娶ることを承諾するだろう』
 
 正妃かどうかは関係ないものの、男子が必要なことに変わりはない。
 結局のところ、この考えに行き着いてしまう。
 が、しかし。
 
(俺が嫌なのだ……好いた女がいるというのに、なぜ、あのような、苦痛しかない労働をせねばならんのか……)
 
 ユージーンは、中庭を、とぼとぼと歩きつつ、大きな溜め息をついた。
 
 人にふれるのも、ふれられるのも好まない。
 そのユージーンが、ふれたいと思い、ふれられたいと思うのは、レティシアだけだった。
 ほかの女との関係は、苦痛でしかないのだ。
 
(……いっそ、先にすませておく、というのも、ひとつの考えではあるな……)
 
 レティシアとの婚姻前に、大公の言ったような、条件に見合う者を探し、関係を持っておく。
 子ができてから、レティシアには「婚姻前のこと」として打ち明けるのだ。
 そうすれば、側室を娶る必要もない。
 子の母や家族に「始末」をつけるかはともかく。
 
不逞ふていなことではあるが……婚姻後より傷は浅かろう……いや……しかし……)
 
 良い考えのように思えた、この手段には、大きな問題があった。
 レティシアに、男子が産まれた場合だ。
 ユージーンは、がっくりと肩を落とす。
 
(俺が、うまくやれそうにない)
 
 絶対に、レティシアとの子を、可愛がってしまう。
 まだ、産まれてもいない子であっても、それは、わかる。
 
 非道な話ではあるが、ほかの女との間にできた子と、レティシアとの子を公平に扱える気がしなかった。
 そして、そんな不公正なユージーンを、レティシアは良しとはしないだろう。
 どちらも、母は違えど、ユージーンの子であることには違いないのだから。
 
 『子供が何人いたって、普通は分けへだてしないように頑張るもんだと思うよ?』
 
 エッテルハイムの城で、レティシアに言われた言葉だ。
 あの時、彼女は、ユージーンの父に対し、少し怒っていた。
 つまり、そういう「分け隔て」は、レティシアにとって許しがたい事なのだ。
 
(やはり……あれに、男子が産まれぬと、確定した折に、決断せねばならんということだ……)
 
 先に、落胤らくいんさせ、ひっそりと育てさせておく、との手も考えた。
 けれど、それでは、自分と同じになる。
 
 ユージーンは、父に愛されていないと思いながら、育った。
 レティシアと出会わなければ、家族も不要と思い続けていたに違いない。
 あとから「お前が必要だ」と言ったって、子の心は取り戻せないのだ。
 ユージーンは誰よりも、それを、わかっている。
 
 だから、その考えも却下。
 
(む。レティシアではないか)
 
 ユージーンは、ガゼボの中に、レティシアの姿を見つけた。
 悩んでいるうちに、ここまで来てしまったようだ。
 レティシアは、1人だった。
 近くには、グレイもサリーもいない。
 なにか物憂げな表情を浮かべ、うつむいている。
 
「レティシア」
 
 ハッとしたように、レティシアが顔を上げた。
 ガゼボに入り、ユージーンは、レティシアの隣に座る。
 
「どうした? いやに憂鬱そうではないか」
「憂鬱っていうか……」
 
 心の奥に、じくりと嫌な痛みを覚えた。
 これ以上は、深追いしないほうがいい。
 心が、そう訴えている。
 
「最近……お祖父さま、ウチにいないことが多いんだよね……」
「忙しいのだろ? 領民はおらずとも、大公にも管理せねばならん領地はある」
 
 レティシアが、寂しそうに、うなずく。
 大公の忙しさに納得はしているものの、寂しさはぬぐえないのだろう。
 
「でもさ……前は、もっと近くにいてくれたんだよ?」
「それだけ、お前の身にかかる危険がなくなったということだ」
「うん……それも、わかるんだけど……」
 
 寂しいものは寂しい、と言いたげだった。
 レティシアは、すっかり、しょんぼりしている。
 
(……これは……もはや……いかんともしがたい、か……)
 
 レティシアの前では「薄々わかっていること」から目を逸らすことができない。
 気づいていない振りをし続けるのも、限界だ。
 ユージーンは、とっくに気づいていた。
 
 レティシアの理想の男が誰なのかを知った時、自分は「ふられた」のだ、と。
 
 それでも、あがくつもりは、ある。
 最後まで諦めたりはしない。
 だからこそ、目を逸らさずに向き合うのだ。
 
「お前は、大公に言わんのか?」
「なにを?」
「自分を後添のちぞえにしてくれ、ということをだ」
 
 レティシアの目が、見開かれる。
 すぐに逸らされた。
 
「なに、言ってんの? お祖父さまだよ?」
「だから、なんだ? お前は、大公を好いておるのだろ?」
「そりゃ、お祖父さ……」
「そうではなかろう、レティシア」
 
 レティシアが、黙り込む。
 瞳が不安げに揺れていた。
 
「お前は、大公を好いている。男としてな」
 
 ぎゅっと、レティシアは唇を噛む。
 眉を寄せ、なにかに耐えているようだった。
 自分と同じだ、と思う。
 
 気づかない振りをし続けていられるのなら。
 
 ずっと、そこにとどまって、幸せな夢の中にいられるのだ。
 レティシアと婚姻し、男子をもうけ、家族となる。
 ユージーンも、そんな夢を見続けていたかった。
 けれど、レティシアの心は、自分の元にはない。
 
 レティシアが呼ぶのは、いつでも大公だけなのだ。
 
 レティシアの聞きたくないことなど、ユージーンだって言いたくもない。
 知らぬ顔をして、レティシアのそばにいたいに、決まっている。
 さりとて、ユージーンは、夢見の術さえ跳ね返した心の持ち主だ。
 このままではいられないことくらい、わかっていた。
 
「なぜ言わん?」
「やめてよ……そういうこと言うの……」
「怖いのだろ? 大公に拒絶されるのが怖いから、お前は言わんのだ」
「だからっ! やめてって言ってるじゃんかっ!」
 
 レティシアが、立ち上がる。
 ユージーンは、そのレティシアを見上げた。
 初めて会った夜会の日を思い出す。
 レティシアは怒って立ち上がり、ユージーンは驚いて、彼女を見上げた。
 
 あの日の彼女に、自分は、恋をしたのだ。
 
(正妃選びの儀の日……あの日が、やはり最初で最後であったか……)
 
 大公との関係が修復される前なら、どうにかなったかもしれない。
 精一杯の愛情と心を尽くし、レティシアの気持ちを、自分に向けさせられたかもしれない。
 けれど、時間はもう、巻き戻すことはできなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...