理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

道の先には 2

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 レティシアの声と口調。
 それだけで、意味を感じ取った。
 
 レティシアは、彼に「恋」をしている。
 
 そう言ったも同然だ。
 彼は、立ったまま、額を押さえる。
 さっきのレティシアの姿が、消えない。
 
 『ち、ちゃん、ちゃんと……わか、わかってる、から……』
 『ちょ、ちょっとだけ……じ、時間が、あれば……だい、大丈夫……』
 『お、お祖父さまに、め、迷惑、かけないよ……だ、大丈夫だから……っ……』
 
 唇が震えていた。
 足も震えていた。
 泣きそうな顔を、していた。
 
 なのに、彼は、レティシアを引きめなかった。
 つらい思いをさせていると、わかっている。
 けれど、引き留めなかったのだ。
 
「アンタが泣かせて、どーすんだよ」
 
 ジークの声に、額から手を離した。
 ジークは、頭の後ろで腕を組み、彼の前に立っている。
 
「泣かせた……」
 
 部屋を出るまで、レティシアは、泣いてはいなかった。
 こらえている様子ではあったが、涙は見せていない。
 
「泣いてたぜ?」
 
 ジークが、肩をすくめる。
 
 彼は、すぐにレティシアを探した。
 たとえ拒絶するにしても、もう少し、やりようがあったはずだ。
 あんなふうに厳しくするのではなかった。
 レティシアは、ひどく傷ついているに違いない。
 
 魔力感知で、レティシアの場所を見つける。
 驚かせたくなかったので、少し手前に転移した。
 そして、足を止める。
 
「行かねーの?」
「必要がなさそうだからね」
 
 レティシアは、ユージーンに抱きしめられ、泣いていた。
 そうやって、彼の元から去っていくほうがいい。
 たぶん。
 
「アンタは、本当に、ろくでもねーよ」
「そうさ。私は、禄でもない男だ」
 
 しばし2人の様子を見つめてから、彼は、再び、転移する。
 森の山小屋だ。
 ジークは、ついて来なかったようだ。
 
 王都より標高が上の森には、雪が舞っていた。
 それに、王都の屋敷とは異なり、気温を整えていない。
 レティシアが来ていた時以外、自然に任せている。
 
 外は、一面、真っ白な雪におおわれていた。
 山小屋の屋根にも、降り積もっている。
 彼は、レティシアのために造ったベンチに積もった雪を、はらった。
 
 1人で、そこに座る。
 空は見上げなかった。
 代わりに、顔を両手で押さえ、うつむく。
 
「なんということだ……」
 
 小さく呻いた。
 彼らしくもなく、心が軋むのを感じている。
 未だかつて、感じたこともない痛みだった。
 その理由を、彼は知っている。
 
「私は……レティを、愛しているのか……」
 
 孫娘という意味ではなく、1人の女性として、だ。
 そうでなければ、彼女の幸せのため、手放すことを躊躇ためらわなかっただろう。
 レティシアからの「告白」にも、もっとうまく対処できた。
 
「本当に……なんということだろうね……」
 
 彼自身、今の今まで、気づかずにいた。
 愛という想いは、使い果たしたと思っていたからだ。
 
 彼は、エリザベートを愛していた。
 ほかの愛を、知らずに生きている。
 エリザベートを失った際には、生きる意味も見失うほどだった。
 息子が成人していれば、とうに死んでいたに違いない。
 愛した妻の息子がいたからこそ、生き続けたのだ。
 
 そして、息子が成人後、孫娘が彼の血を受け継いでいなければ、やはり生き続けてはいなかった。
 彼が生きてきたのは、エリザベートのためだったと言える。
 にもかかわらず、孫娘の魂が死んでいると知ってなお、生きている。

 それこそが、本来、不自然だったのだと気づきもせず。
 
 あの時。
 
 彼女を暗闇で見つけ、一緒に帰ろうと言った。
 彼が責任を負うべき孫娘ではないのだから、放っておくこともできたのに、手を伸ばした。
 伸ばさずにはいられなかった。

 彼は、彼女が「レティシア」ではないことを知っている。
 中にいるのは孫娘とは別の魂。
 知っていて、わかっていて、彼は「孫娘」としてきたけれど。
 
「……私は……彼女を、愛している……」

 エリザベートを愛していたのは間違いない。
 ほかの愛を欲したこともなかった。
 
 けれど、今、彼の心には「愛」がある。
 
 早く手放さなければと、どこかで焦っていたのは、そのせいかもしれない。
 手放しきれなくなる己の危うさを、感じていた気がする。
 だが、実際には、レティシアに、選択肢を与えることに、不快感をいだいてもいた。
 自分で勧めておきながら、見ていたくはなかったのだ。
 
「おかげで、彼女を余計な危険にさらすとは……なんと愚かな男だ」
 
 夜会で、レティシアをユージーンにあずけた。
 近くにジークがいたとはいえ、意識を遠ざけていたのは確かだ。
 
 レイモンドと話をつけている間、レティシアへの魔力感知を怠っている。
 レティシアの場所を自覚するということは、ユージーンと一緒にいることも意識しなければならない。
 そのことに、抵抗があった。
 
 2人が街に出た時もそうだ。
 ジークに任せ、彼は屋敷に戻っている。
 遠くから見ているだけでも、嫌だった。
 彼にも、その不快感がなんであるか、もうわかっている。
 
 嫉妬だ。
 
 自分の愚かさが、いとわしい。
 とっくに気づいていてもよかったのだ。
 ラペル親子のことをレティシアに知られた時に、気づくべきだった。
 
 なぜ、あれほど怯えていたのか。
 
 レティシアを抱きしめ返すのを忘れるほど、彼は、怯えていた。
 声が震えるほど、感情を揺さぶられた。
 彼の生きてきた時間の中で、どれも初めてのことだったのに。
 
「私は……どうしようもない禄でなしだな……」
 
 彼女は、彼の「たった1人」だ。
 
 が、孫娘だから、ではない。
 そうではなくなっている。
 気づいても、できることはなかった。
 それは、わかっている。
 
「どうしようもないじゃあないか」
 
 レティシアには、彼の血が受け継がれているのだ。
 それだけは、彼にだって、どうにもならない。
 今さら、自分の想いに気づこうが、結果は変わらなかった。
 
 彼女の気持ちには、応えられない。
 
 きっと自分より良い相手がいる。
 たとえば、ユージーンとか。
 
 ユージーンは、諦めるということを知らない。
 血の問題にも、なんらかの手立てを見つけるはずだ。
 彼の提案した「人でなし」の方法なんかではなく。
 
「彼女の手を……放さなければね……」
 
 孫離れというだけなら、もっと簡単だったかもしれない。
 少なくとも、愛する女性の手を放すよりは、苦しくなかっただろう。
 彼は、ようやく手を離して、顔を上げた。
 結論は、すでに出ている。
 
「十年……それで、やってきた……慣れているさ……」
 
 彼女がユージーンを選ぶかは、わからない。
 けれど、いずれ「誰か」を選ぶのだ。
 彼は、幸せになる彼女を、遠くから見守るだけの存在となる。
 
 『お祖父さまみたいな黒い髪と目が好き』
 
 声が聞こえたような気がして、ハッとした。
 周囲は、しん…と、静まりかえっている。
 
「……これは、どうも……まいったね」
 
 彼は、空を見上げた。
 雪が、ほたんほたん…と、降ってくる。
 その、ひとつひとつから、寂しい寂しい、と声が聞こえてくるようだった。
 
 レティシアが、魔力顕現した日を思い出す。
 彼は、思ったのだ。
 
 彼女が、どんな姿であっても受け入れる。
 前の世界の姿でもかまわない、と。
 
 正妃選びの儀の日。
 
 屋敷を訪れた彼の腕に、レティシアは迷いなく飛び込んできた。
 その時から、彼女は彼女でしかなかったのだ。
 もうずっと。
 
 彼は、彼女を愛している。
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