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郁哉
彼の変化、僕の変化。
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「晴翔、馬鹿じゃないけど馬鹿だよ?」
『何それ?』
「問題読まない」
『え?』
「初見だと考えるの拒否する」
『それでよくうちの学校入ったね』
「僕の努力?
一度理解しちゃえばいいんだけど、きっかけ作ってあげないと考えない」
『何、アイツ小学生?』
「高校3年生」
嬉しかった遊星の言葉だったけど、それに応える事はできないから何となく誤魔化す。だって、晴翔からはテスト勉強は一緒にしないと言われただけで別れるとも、別れたいとも言われてないし、この地を離れるつもりの僕は遊星の気持ちを受け取る事はできないのだから。
『オレ、アイツとテスト勉強するって約束しちゃった…』
「馬鹿だけど馬鹿じゃないから大丈夫だよ、きっと」
『テスト勉強誘ったら郁哉もついてくれと思ったのに…』
「僕はおまけじゃないし」
『え?
郁哉はメインだよ』
その言葉に今度こそ本当に笑ってしまった。
「残念だけど僕は僕で頑張るよ。
志望校も変えるつもりだし」
『家、出るの?』
だけど、ここで甘えてしまい遊星と仲良くなるのは避けないといけないと自分に言い聞かせる。遊星だって進路を変えればと言っているし、進路を変えるとなればこの地に留まる理由はなくなる。
仲良くなって別れるのも、仲良くなって裏切られるのもゴメンだ。
「家出るっていうか、もともと僕が就職したら親は引っ越すつもりだって言ってるし。少し早まるだけかな」
『それって、晴翔は?』
「言ったことないよ。
そもそも大学に通うの大変ならアパート借りてもいいと思ってたし。親がどこに住んでるかとか、晴翔には関係ないし」
薄々は僕だっておかしいとは感じていたんだ。
通うのが大変なら2人でなんて、少し時間はかかるけれど通うことのできる大学でそれを許される事はないと分かっていながら晴翔と暮らすことを夢見た。
2人で暮らせば僕に頼るしかないし、僕のことをずっと守ってくれると信じていた。
ずっと一緒にいたのだからこれからもずっと一緒だと思っていた。
でもそれは、少し前まで。
少しずつ少しずつ晴翔の態度が変わり、少しずつ少しずつ僕は晴翔の道具になっていく。
テスト対策のための道具。
性欲を満たすための道具。
道具として役に立てば捨てられる事はないと思っていたけれど…僕は晴翔が必要とする道具ですらあり続けることができなかったんだ。
『じゃあ、2人だけの秘密だ』
「うちの親は知ってるから2人だけじゃないけどね」
遊星の軽口に少しだけ救われる。
『親はカウントに入れないでくれる?』
「進路変えるから先生にも言うけどね」
最近、一緒にいてくれる友人にも話しているから全然2人だけの秘密じゃないけれど、それでもその響きがくすぐったい。
「」 遊星は家出るとか考えてないの?」
『オレは今のところ考えてないかな。
家出ちゃうとアパート代とか、仕送り必要になるだろ?
あそこの大学なら就職先もそれなりに選べるだろうし、家から通えるならバイトとかもしやすいし。
家出るのは就職する時かな』
本当は少しだけ期待したんだ。
一緒の大学に行かないかと誘われることを。
晴翔には一緒の大学に行こうと誘ったけれど、晴翔から一緒に行きたいと言われた事はない。一緒に行くのは確定だけど、誘われたから仕方なくというスタンスを崩す事はなかった。
一緒にいる友人たちも「同じ大学だね」と言う事はあっても、僕が進路を変えると言った時に「一緒の大学に行こう」と誘ってくれはしなかった。
結局、誰も僕のことを選んでくれないのだと少しだけ淋しくなる。
『最後の1年だったのにな~』
「一緒のクラスになった事、無かったね」
『晴翔ジャマすぎ』
「晴翔からしたら僕が邪魔者かもね」
その言い分にクスリと笑ってしまった。遊星にとっては少なくとも邪魔者ではないことがせめてもの救いだ。
『ねぇ、また電話していい?』
「僕から電話するはずだったのにね」
駄目とは言わないけれど、いいとも言わない。いいと言って連絡が無ければ傷付くのは自分だから。
『何か晴翔に知られたくない時とか、言ってくれれば晴翔連れ出してやるよ』
「何で?」
『中学の時の罪滅ぼし?』
「遊星は何も悪くないと思うけど」
『見て見ぬ振りは加害者と同じだよ』
「真面目だね。
晴翔、迷惑かけないかな?」
『まぁ、迷惑かけたら放置するし』
「放置されたら戻ってくるかな?」
『戻ってきて欲しい?』
「………どうだろう?
その時にならないと分からないかな。
でも晴翔が離れたいならそれでいいよ」
『もっと怒ってもいいと思うけど?』
「でも守ってもらったのは感謝してるし」
『晴翔が原因だけどね』
「それでも…嬉しかったから」
テンポ良く続くけれど少しだけ重い会話。こうやって少しずつ晴翔への想いを断ち切っていくのだろう。
『何かあったらまた連絡するよ』
「………うん、お願い」
気付けばかなりの時間が経っていて「ごめん、長くなり過ぎたね」と謝っておく。そろそろ日付が変わりそうだ。
『いつもまだ寝る時間じゃないし』
僕に気を遣ってくれているのか、その言葉は優しい。
『郁哉も何かあったら連絡して。
あ、何もなくても連絡くれたら嬉しいかも』
その言葉に明確な返事はしなかったけれど、電話でこんなふうに話す事はもうないのだろうときっと遊星も分かっていたはずだ。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
それから、遊星とはスマホを通じての交友が続いた。
と言っても雑談をするわけではなくて、晴翔の動向を知らせるメッセージでのやり取り。
《今日は晴翔と出かけます》
《今日は〇〇の家で勉強会です》
事務的なメッセージには〈ありがとう〉とか〈了解です〉と返信をするけれど、本当はもっと感謝を伝えたいのにうまく行かない。
晴翔が出かけていると分かればどこかに出かけようとした時に、その姿を目にしないかと怯える必要もない。
テスト週間の時には《同じ電車で行くって》というメッセージと共に送られてきた時間は僕が普段乗る電車よりも遅く、遅刻ギリギリの電車だった。
〈大丈夫?
その時間だとギリギリじゃない?〉
《まぁ、今回だけ付き合うよ。
どうせ教室行っても晴翔うるさいからギリギリまで家で勉強してる方がいいかも》
〈確かに、周りが嫌な顔しててもずっと話してるかも〉
《誰にも相手にされてないけどね》
そんなやり取りがあったことを晴翔は知らない。
事前に遊星から電車の時間を聞いておいたからいつもの時間に登校し、普段待ち合わせている時間に〈通学時間、変えた?〉とメッセージしておいたのは何も言わずに登校するのは流石に不自然だと思ったから。どうせいつもの時間に来る気は無いのだろうから、メッセージを入れた時にはもう僕は登校中だなんて思いもしないだろう。
《ごめん、寝坊した》
ここで友達と登校すると言えばまだ救いがあったのに、嘘を吐いたのはきっと後ろめたさから。
《遅刻ギリギリで流石にキツかった。
明日は1本早くしたいんだけど、郁哉は大丈夫?》
〈僕はいつもの時間に行きます〉
そう送ったメッセージには《了解。明日も頑張ろうな》と返信が来たため〈頑張ろうね〉と送っておく。
遊星のおかげで僕は平穏だ。
〈テスト、どうだった?〉
《いつもと変わらない》
〈部活、忙しい?〉
《そうだね、大会前だし》
〈志望校、前に言ったとこで決定?〉
《まだ考えてる》
メッセージを送っても返ってくるのはそれ以上続くことのない短いメッセージばかり。
僕の中に残っていた未練が少しずつ少しずつ無くなっていく。
夏休みにはいつもなら《大会、観にくる?》と誘われるのにそれがなかったため〈試合、どうだった?〉と送れば《負けた》と短い一言。
〈残念だったね〉
そう送ったメッセージに既読はついたけれど、返信は無かった。
欲望を満たすために呼ばれることもなく、僕は僕で進学のための準備を進める。
志望校のオープンキャンパスに行く時にはいつもと違う時間に晴翔と鉢合わせしたくなくて〈この日とこの日、オープンキャンパスに行ってきます〉と遊星に自分の予定を送っておく。
《その日、夏期講習あるから多分大丈夫》
メッセージと共に送られてくる夏期講習の予定表。遊星は嫌がることなく僕に協力してくれる。
夏期講習で何かあったのか《晴翔、ほんとバカなのな》、そんなふうに送られてきたメッセージには思わず笑ってしまったけれど、子守りを押し付けてしまったようで少し申し訳なかった。
晴翔とは、それでもたまに顔を合わせてしまうことがあり、仕方なく挨拶は交わすけれど、声をかけるのは僕からだし、晴翔からは「あぁ、」と嫌そうな答えしか返ってこない。
自分だけが疎ましいと思ってるとか、どれだけ自意識過剰だよ、と思いもするけれど、晴翔を増長させたのは僕なのだから仕方がないと自分に言い聞かせた。
『何それ?』
「問題読まない」
『え?』
「初見だと考えるの拒否する」
『それでよくうちの学校入ったね』
「僕の努力?
一度理解しちゃえばいいんだけど、きっかけ作ってあげないと考えない」
『何、アイツ小学生?』
「高校3年生」
嬉しかった遊星の言葉だったけど、それに応える事はできないから何となく誤魔化す。だって、晴翔からはテスト勉強は一緒にしないと言われただけで別れるとも、別れたいとも言われてないし、この地を離れるつもりの僕は遊星の気持ちを受け取る事はできないのだから。
『オレ、アイツとテスト勉強するって約束しちゃった…』
「馬鹿だけど馬鹿じゃないから大丈夫だよ、きっと」
『テスト勉強誘ったら郁哉もついてくれと思ったのに…』
「僕はおまけじゃないし」
『え?
郁哉はメインだよ』
その言葉に今度こそ本当に笑ってしまった。
「残念だけど僕は僕で頑張るよ。
志望校も変えるつもりだし」
『家、出るの?』
だけど、ここで甘えてしまい遊星と仲良くなるのは避けないといけないと自分に言い聞かせる。遊星だって進路を変えればと言っているし、進路を変えるとなればこの地に留まる理由はなくなる。
仲良くなって別れるのも、仲良くなって裏切られるのもゴメンだ。
「家出るっていうか、もともと僕が就職したら親は引っ越すつもりだって言ってるし。少し早まるだけかな」
『それって、晴翔は?』
「言ったことないよ。
そもそも大学に通うの大変ならアパート借りてもいいと思ってたし。親がどこに住んでるかとか、晴翔には関係ないし」
薄々は僕だっておかしいとは感じていたんだ。
通うのが大変なら2人でなんて、少し時間はかかるけれど通うことのできる大学でそれを許される事はないと分かっていながら晴翔と暮らすことを夢見た。
2人で暮らせば僕に頼るしかないし、僕のことをずっと守ってくれると信じていた。
ずっと一緒にいたのだからこれからもずっと一緒だと思っていた。
でもそれは、少し前まで。
少しずつ少しずつ晴翔の態度が変わり、少しずつ少しずつ僕は晴翔の道具になっていく。
テスト対策のための道具。
性欲を満たすための道具。
道具として役に立てば捨てられる事はないと思っていたけれど…僕は晴翔が必要とする道具ですらあり続けることができなかったんだ。
『じゃあ、2人だけの秘密だ』
「うちの親は知ってるから2人だけじゃないけどね」
遊星の軽口に少しだけ救われる。
『親はカウントに入れないでくれる?』
「進路変えるから先生にも言うけどね」
最近、一緒にいてくれる友人にも話しているから全然2人だけの秘密じゃないけれど、それでもその響きがくすぐったい。
「」 遊星は家出るとか考えてないの?」
『オレは今のところ考えてないかな。
家出ちゃうとアパート代とか、仕送り必要になるだろ?
あそこの大学なら就職先もそれなりに選べるだろうし、家から通えるならバイトとかもしやすいし。
家出るのは就職する時かな』
本当は少しだけ期待したんだ。
一緒の大学に行かないかと誘われることを。
晴翔には一緒の大学に行こうと誘ったけれど、晴翔から一緒に行きたいと言われた事はない。一緒に行くのは確定だけど、誘われたから仕方なくというスタンスを崩す事はなかった。
一緒にいる友人たちも「同じ大学だね」と言う事はあっても、僕が進路を変えると言った時に「一緒の大学に行こう」と誘ってくれはしなかった。
結局、誰も僕のことを選んでくれないのだと少しだけ淋しくなる。
『最後の1年だったのにな~』
「一緒のクラスになった事、無かったね」
『晴翔ジャマすぎ』
「晴翔からしたら僕が邪魔者かもね」
その言い分にクスリと笑ってしまった。遊星にとっては少なくとも邪魔者ではないことがせめてもの救いだ。
『ねぇ、また電話していい?』
「僕から電話するはずだったのにね」
駄目とは言わないけれど、いいとも言わない。いいと言って連絡が無ければ傷付くのは自分だから。
『何か晴翔に知られたくない時とか、言ってくれれば晴翔連れ出してやるよ』
「何で?」
『中学の時の罪滅ぼし?』
「遊星は何も悪くないと思うけど」
『見て見ぬ振りは加害者と同じだよ』
「真面目だね。
晴翔、迷惑かけないかな?」
『まぁ、迷惑かけたら放置するし』
「放置されたら戻ってくるかな?」
『戻ってきて欲しい?』
「………どうだろう?
その時にならないと分からないかな。
でも晴翔が離れたいならそれでいいよ」
『もっと怒ってもいいと思うけど?』
「でも守ってもらったのは感謝してるし」
『晴翔が原因だけどね』
「それでも…嬉しかったから」
テンポ良く続くけれど少しだけ重い会話。こうやって少しずつ晴翔への想いを断ち切っていくのだろう。
『何かあったらまた連絡するよ』
「………うん、お願い」
気付けばかなりの時間が経っていて「ごめん、長くなり過ぎたね」と謝っておく。そろそろ日付が変わりそうだ。
『いつもまだ寝る時間じゃないし』
僕に気を遣ってくれているのか、その言葉は優しい。
『郁哉も何かあったら連絡して。
あ、何もなくても連絡くれたら嬉しいかも』
その言葉に明確な返事はしなかったけれど、電話でこんなふうに話す事はもうないのだろうときっと遊星も分かっていたはずだ。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
それから、遊星とはスマホを通じての交友が続いた。
と言っても雑談をするわけではなくて、晴翔の動向を知らせるメッセージでのやり取り。
《今日は晴翔と出かけます》
《今日は〇〇の家で勉強会です》
事務的なメッセージには〈ありがとう〉とか〈了解です〉と返信をするけれど、本当はもっと感謝を伝えたいのにうまく行かない。
晴翔が出かけていると分かればどこかに出かけようとした時に、その姿を目にしないかと怯える必要もない。
テスト週間の時には《同じ電車で行くって》というメッセージと共に送られてきた時間は僕が普段乗る電車よりも遅く、遅刻ギリギリの電車だった。
〈大丈夫?
その時間だとギリギリじゃない?〉
《まぁ、今回だけ付き合うよ。
どうせ教室行っても晴翔うるさいからギリギリまで家で勉強してる方がいいかも》
〈確かに、周りが嫌な顔しててもずっと話してるかも〉
《誰にも相手にされてないけどね》
そんなやり取りがあったことを晴翔は知らない。
事前に遊星から電車の時間を聞いておいたからいつもの時間に登校し、普段待ち合わせている時間に〈通学時間、変えた?〉とメッセージしておいたのは何も言わずに登校するのは流石に不自然だと思ったから。どうせいつもの時間に来る気は無いのだろうから、メッセージを入れた時にはもう僕は登校中だなんて思いもしないだろう。
《ごめん、寝坊した》
ここで友達と登校すると言えばまだ救いがあったのに、嘘を吐いたのはきっと後ろめたさから。
《遅刻ギリギリで流石にキツかった。
明日は1本早くしたいんだけど、郁哉は大丈夫?》
〈僕はいつもの時間に行きます〉
そう送ったメッセージには《了解。明日も頑張ろうな》と返信が来たため〈頑張ろうね〉と送っておく。
遊星のおかげで僕は平穏だ。
〈テスト、どうだった?〉
《いつもと変わらない》
〈部活、忙しい?〉
《そうだね、大会前だし》
〈志望校、前に言ったとこで決定?〉
《まだ考えてる》
メッセージを送っても返ってくるのはそれ以上続くことのない短いメッセージばかり。
僕の中に残っていた未練が少しずつ少しずつ無くなっていく。
夏休みにはいつもなら《大会、観にくる?》と誘われるのにそれがなかったため〈試合、どうだった?〉と送れば《負けた》と短い一言。
〈残念だったね〉
そう送ったメッセージに既読はついたけれど、返信は無かった。
欲望を満たすために呼ばれることもなく、僕は僕で進学のための準備を進める。
志望校のオープンキャンパスに行く時にはいつもと違う時間に晴翔と鉢合わせしたくなくて〈この日とこの日、オープンキャンパスに行ってきます〉と遊星に自分の予定を送っておく。
《その日、夏期講習あるから多分大丈夫》
メッセージと共に送られてくる夏期講習の予定表。遊星は嫌がることなく僕に協力してくれる。
夏期講習で何かあったのか《晴翔、ほんとバカなのな》、そんなふうに送られてきたメッセージには思わず笑ってしまったけれど、子守りを押し付けてしまったようで少し申し訳なかった。
晴翔とは、それでもたまに顔を合わせてしまうことがあり、仕方なく挨拶は交わすけれど、声をかけるのは僕からだし、晴翔からは「あぁ、」と嫌そうな答えしか返ってこない。
自分だけが疎ましいと思ってるとか、どれだけ自意識過剰だよ、と思いもするけれど、晴翔を増長させたのは僕なのだから仕方がないと自分に言い聞かせた。
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