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郁哉
彼の懺悔、僕の想い。
しおりを挟む「合格した後もどうせなら一緒にってお互いの部屋を行き来して課題やって、その時に好きだって言われて…」
『それで付き合ってんだ?』
どうせなら全て話してしまおうと晴翔とのことを口にするものの、その時のことを思い出し言葉が続かなくなる。
何をどう言葉にするのが1番伝わるのかと考え何も言えなくなった僕に、遊星が話の続きを促してくれる。
言いにくいことを口にするのは誘導されたほうが口にしやすいのだろう。
僕は誘導されたことに甘え、言葉を重ねる。
「すぐに受け入れた訳じゃないよ。
晴翔のこと、そんなふうに見たことなかったから。
だけど同じマンションだから逃げようとしても偶然会うことだってあるし、会えば逃げられないし。
告白して逃げられるくらいなら告白しなければよかったって言われて。
僕のために同じ高校に入ってくれたのにそんなふうに言わせてしまうのが申し訳なくて、急がないから真剣に考えて欲しいって言われて…絆されちゃうよね」
そこに打算があったことは隠しておく。打算で付き合い始めたものの、付き合っているうちに好きになったのは本当のことだったから。
それが例え、気持ちのすり替えからくるものだったとしても。
『流されたんだ?』
「そうだね。
何回も好きだって言われて、同じ部屋にいて近くに座られて、好きだって言われてるせいで意識しちゃうと晴翔はそれに気付くし。
守ってもらってるんだし、晴翔がそんなにも好きって言ってくれるなら受け入れるのも悪くないのかなって…。
僕がもう少し強かったらこんな事にならなかったのにね」
これも本心。
情けないけれど、自分で立ち向かわずに晴翔に頼ったのは僕の弱さだから。
僕がもう少し強ければ、僕がもう少し我慢していれば、そうしたら晴翔との関係だって〈幼馴染〉として続けていくことができていたのかもしれない。
『それ、晴翔の思う壺だったんじゃない?
郁哉、チョロくて心配になる』
「チョロい?」
『だって、全部晴翔の思い通りだったんだと思うよ?
郁哉のこと独り占めして、郁哉のこと捕まえて、自分と付き合うように仕向けておいて〈腐れ縁〉とか、どの口が言うんだって話。
自分で郁哉が離れないように縛り付けたくせに腐って切れればいいとか、お前が言うなって。
郁哉のこと、傷付けるけど話聞いてくれる?』
僕の言葉に憤った遊星は、少し怒って僕に了承を取ろうとする。
傷付けると言われても少し身構えるけれど、晴翔のあの言葉以上に傷付くことなんてないだろうと思い、その言葉を応える。
「いいよ。
腐ればいいって言われたことよりも傷付くことなんて、きっとないから」
僕の言葉に遊星は言葉を選びながら、僕の気持ちを気遣いながら長い長い話をしてくれた。
遊星が見てきた僕たちの関係。
僕と仲良くしたいと願う同級生たちを晴翔が排除していた事。
一緒に遊びたいと願っても気付けば僕を連れ出して独占していた晴翔の事。
中学に入って僕と一緒にテスト勉強をしたいと願う同級生はたくさんいたのに晴翔に邪魔されていた事。
同級生には僕は人と一緒に何かするのは苦手だからと伝えていた事。
自分は幼馴染だから自分に対しては緊張することはないから一緒に過ごすのだと晴翔が得意そうに言っていた事。
誰かが僕のことを〈可愛い〉と言えば何かのキャラクターに見立てて〈可愛い〉の意味合いを変えていった事。
男女ともに恋愛感情を含めて告げる僕への想いは晴翔の言葉によって僕のことをキャラクターに仕立て上げ、やがて〈可愛い〉と言った言葉が〈可愛がり〉に発展してしまった事。
だけど、気付いた時には自分ではどうすることもできず、そんな状態になった僕に声をかけることができず、心配しながらも見て見ぬ振りをしてしまった自分の事。
『本当にゴメン。
あの時に声かけてたらこんな事になってなかったかもしれないのに…。
晴翔は違う高校に行くと思ってたし、高校で一緒になったら声をかけようって思ってたんだ』
遊星の告げた晴翔の姿は僕の中での晴翔の姿とはかけ離れていたけれど、それでも言われてみれば納得のできることばかりだった。
だけど納得できたからと言ってそれならとすぐ切り替える事はできず、ただただ遊星の次の言葉を待つ。
『2人が付き合い始めたのは見てたらわかったよ。
距離が近くなったし、晴翔の顔がデレデレだったし。
高校で郁哉と仲良くなりたいと思ってたのに無理なんだって。中学の時にだってあんなに独占してたんだから近寄るのも無理かなって。
そっちはクラスも一緒だったし。
だけどいつの間にか晴翔の態度が変わってて、それでもテスト週間とかは一緒にいるから別れてはないんだろうなとは思ってたけど、もしかしたらチャンスがあるかもって同じクラスになった晴翔に声かけたんだ。
で、少し仲良くなったらあの言葉』
長い長い話はこれで終わりなのだろう。一度大きなため息を吐き、再び言葉を続ける。
『だから晴翔と郁哉を別れさせたかったわけじゃないわけじゃないけど、郁哉が思ってるのとは違う』
「変な日本語」
思わず漏れた言葉はそんな間抜けな言葉。だけど、何となく遊星の気持ちは伝わってくる。
悪い気分じゃない。
「晴翔の態度が変わったのは気付いてたけど、そんなふうに思ってたんだね。
僕だってはじめから晴翔の事好きだったわけじゃないのに、酷いよね。
好きだって言われて、友達としての好きじゃないからって言われて。
頭を冷やそうと思ったのに何回も何回も好きって言われてその気になったのに、気付いたらただヤるだけの相手みたいになってて」
遊星が自分の目で見たことを自分の言葉で伝えてくれたから、だから僕も自分の言葉で話してみる。僕の言葉に『ちょ、郁哉?』と焦った声が聞こえてきたけれど、それを無視して続ける。
「それでも中学の時みたいになるのが怖いし、呼ばれるうちはまだ好きでいてくれると思ってたのにな…。
テストが近付けばノートあるって言ってくるだろうって。
テスト勉強、一緒にしてるうちはまだ大丈夫だも思ってたんだけどな。
何が悪かったんだろう?」
自分でも何が本心なのか分かっていなかった。
晴翔のことがまだ好きなのか。
晴翔とこの先、一緒にいたかったのか。
本当は別れたかったのは僕なのか。
本心ではずっとずっと、好きだと言われたあの日から自分の気持ちを押し殺して晴翔の願うようにしていただけではないのか。
頭の中はグチャグチャで、どこをどう整理すればいいのかもわからない。
僕の気持ちも、晴翔の気持ちも、僕の願いも、晴翔の願いも、どれが本当で、どれが本当じゃないのかも区別がつかない。
『やっぱりまだ好き?』
混乱する僕に直球で投げられた言葉。
〈好き〉なのか〈嫌い〉なのか即答できないのは未練なのか、迷いなのか。
だけどきっと、それは自分で考えて出すべき答え。
「どうなんだろう?
嫌いとまではいかないけど、好きとも違うのかな。
頼る相手がいなくなって心細いっていうか、ずっと一緒にいたから晴翔がいなくなってどうなるのかが不安?」
まだ出すことのできない答えを曖昧な言葉で誤魔化す。
遊星の話を聞いたけれど、それでも酷い奴だ、嫌いだ、と言えない自分が情けない。
『テスト勉強、やっぱり無理だって言おうか?そしたら郁哉に頼るしかないだろうし』
「それは嫌だな…。
晴翔が自分から来てくれれば嬉しいのかも知れないけど、遊星にフラれたから来るのは嬉しくない」
気遣ってくれる遊星に思ったことをそのまま伝えてみる。
嬉しいとは言えないけれど、いざそうなれば喜んでしまうのかもしれない。
『フルわけじゃないし』
「あ、嬉しくないかな。
よく分かんないや」
自分の中の微妙な気持ちは言葉に表す事は難しいようだ。
『少し離れてみたら?
今更かも知れないけど、クラスに少しくらい仲良いヤツだっているだろ?』
「まぁ、そうだね」
曖昧な言葉で肯定してみる。
『少し晴翔と離れてみたら?
郁哉、もっと違う大学でも心配ないだろ?』
「そうだね。
あそこに拘る理由も無いし」
晴翔と一緒に行くために選んだ大学だったけど、晴翔を進学させるために頑張ろうと思っていたけれど、それはもう僕のためだったのか、晴翔のためだったのか分からなくなってしまった。
それねらば一度リセットするのも悪くない。
『オレたちだってもう変な悪ふざけするような年じゃないし、晴翔いなくても大丈夫なんじゃないかな。
晴翔はこっちで適当に世話するし』
「やっぱり晴翔の事好きなの?」
そんな事はないと理解はしたけれど、それならば遊星の気持ちはどこに向かっているのか、それを考えるのが怖くて話を戻してしまう。
『だ~か~ら、オレが気になってたのは郁哉だし、好きだっていうなら郁哉の方が好きだって。
だから晴翔を引き剥がしたい。
あわよくば郁哉と仲良くなりたい』
せっかく話を戻したのにそんな風に呑気に言われ、ついつい吹き出してしまった。
真剣に考えて、真剣に応えていたのにこんな風に軽く言われた言葉が思いの外嬉しかったなんて、僕は誰かに見てもらいたかったのかもしれない。
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