Home, Sweet Home

茜色

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あなたが欲しい

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 和室も嵐の音は聞こえるものの、私の寝室よりはよほどマシだった。
 今がちょうど台風のピークかもしれない。時折雨戸にピシッと小枝や石粒が飛んできて当たる音がする。時計を見上げるとそろそろ12時になるところだった。

 行燈形のルームライトを灯した室内に私を招き入れると、藤堂さんは自分がいつも使っている敷布団を指さして、「ここで寝ろ」と私に言った。自分は薄手の上掛け布団と枕を抱え、居間の奥のソファに行こうとする。私は慌てて藤堂さんを引き止めた。
「私がソファで寝ます。藤堂さんの身長じゃソファが狭くて寝られないですよ」
「平気平気。肘かけに枕載せれば大丈夫」
「ダメです。明日出張なのに、あそこじゃちゃんと眠れなくて疲れちゃうから」
「おまえだって明日仕事だろ。女の子が身体痛めちゃマズい」
「じゃあ、居間の畳で寝ます」
「敷布団なしじゃ畳だって痛いぞ。いいからここで寝ろって」

 そうやって押し問答しているうちに、なんだかふっと悲しくなってしまった。一つの布団で一緒に眠るという選択肢はまったくないのだろうか。
 どうして藤堂さんは、これほど頑なに私と一緒に寝るのを拒むのだろう?夕食時の気持ちが通いあったような空気はいったい何だったというのだろう・・・?

「じゃあ、ここで一緒に寝てください」
 私は藤堂さんのスウェットの肘の部分を引っ張って、勇気を出して訴えた。
「狭いけど、どっちかがソファで痛い思いをするよりいいでしょう?」
「いや、でもそれは・・・」
 藤堂さんはうろたえたように落ち着かない素振りを見せた。
「そうしてください。私なら平気ですから」
 なんだか無性に腹がたってきて、半ば強引に藤堂さんの腕を引っ張って布団の上に座らせた。藤堂さんの手から枕を奪い取って、私のものと並べて置く。それから私は黙ったまま敷き布団の左側に寝転がり、自分の身体の上に部屋から持ってきた上掛けを掛けた。
 一連の私の動きを黙って見ていた藤堂さんは、観念したように自分も横になって上掛けを引っ張り上げた。
「・・・おやすみ」
 私に背中を向け、くぐもった低い声で言われたら余計悲しくなった。

 外の風雨が一層激しさを増して雨戸を叩きつけている。
 藤堂さんも私も全然眠れずにいた。私は薄明りの中で藤堂さんの大きな背中に眼をやり、しばらくじっと見つめ続けた。
 藤堂さんが何を考えているのか分からない。私を想ってくれているような態度や言葉をくれるのに、何故かこうやって距離を置こうとする。日曜の夜は縁側で私にキスをし、あんなに熱のこもった触れ方をしたのに。
 もぞもぞと布団の下で身体を動かして藤堂さんに近づき、硬い背中に額を押し当ててみた。一瞬、肩の筋肉が緊張するような気配が伝わってくる。私は構わず身体をすり寄せ、背中のスウェット生地をそっと手で掴んだ。

「庄野。・・・ダメだよ、くっついたら」
「どうしてですか?・・・こうしてると、すごく安心する」
「・・・俺が、困るんだよ」
「どうして?・・・そんなに私に触れるの嫌ですか?」
 自分で言っていて泣きそうになってくる。
「バカ・・・っ。そんなわけないだろ。逆だよ」
「逆って?」
「・・・だから、我慢がきかなくなるから、困るんだって」
 我慢?何を今さら・・・?
「その、生理中のおまえに手を出すわけにいかないだろう」
 一瞬ポカンとして、それからこの数日の藤堂さんの微妙な距離感を頭に描き、ひょっとしてと思い至った。

「藤堂さん・・・。もしかして私が生理中だから、触れようとしなかったんですか?」
「当たり前だろう。この前おまえが生理だって言ってたから、しばらく手を出しちゃマズいと思ってこっちは必死で禁欲してるんだ。・・・さっき、飯のときはうっかり手が伸びたけど、悪かった。今日もちゃんと我慢するから、おまえは気にせずに寝てくれ」
 向こうを向いたままボソボソ喋る藤堂さんの背中を見ていたら、思わずプッと吹き出してしまった。
 ・・・なんだ、そういうことだったんだ。
 藤堂さんたら、スマートに見える外見とは裏腹に、なんて不器用で純情な人なのだろう。なんだか思春期の男の子がそのまま大きくなったみたいで、あまりにも可愛すぎる。

「・・・なんで笑う。そんなにおかしいか?」
「だって・・・。藤堂さん、なんかカワイイ」
「なっ・・・。あのなぁ、こっちは真面目に言ってるんだよ。身体が辛いときに無理矢理抱くようなことはしたくないし、でもおまえに触れたり、その、キスしたりすると、途中で止まらなくなりそうでヤバいんだよ」
「・・・だからここ最近、私に近づこうとしなかったんですね」
「そうだよ。一緒に暮らしながら今までずっと我慢してきたのに、この前おまえにキスして身体に触れたら、今まで抑えてた分が決壊したんだ。男にとってこういうのは非常に辛いんだ。だから、身体が大丈夫になるまでおまえは俺を誘惑するな」
 私はクスクス笑いながら、後ろから藤堂さんに抱きついた。手を前に回して、藤堂さんの引き締まったお腹に触れる。

「おいっ・・・!俺の話を聞いてるのか」
「もう、終わってます」
「え?何が?」
「生理。もう終わりました」
 一瞬の沈黙の後、藤堂さんがガバッと寝返りを打って私の方を向いた。なんだか切羽詰まったような眼をしているので、私は思いきり優しく微笑んで見せた。
「・・・あれって、一週間とか続くもんじゃないのか?」
「日曜の時点でもう後半だったから。今は終わってます。だから、大丈夫なんです」
 眼を見開いて息を吸い込んだ藤堂さんの頬にそっと手を伸ばす。ものすごくドキドキするけれど、それ以上に藤堂さんが欲しくてたまらない。私は両手で藤堂さんの顔を自分の方に引き寄せると、祈るような気持ちで唇を重ねあわせた。

 一瞬驚いた様子を見せた藤堂さんは、すぐに私のキスを受け入れた。と言うよりも、抑えてきたものが完全にあふれ出したように、乱暴なくらい強く私の唇を貪ってきた。
 お互いの歯がぶつかってカチッと音がする。こじ開けながら舌がぬるりと滑り込んできて、あっという間に深く絡めとられた。藤堂さんは私の背中に腕を回して抱きかかえると、クルッと体勢を変えて自分が上になった。力強い手で私をシーツの上に押さえつけ、息を乱しながら激しくくちづけられる。

 5年前の優しいキスとは全然違っていた。
 余裕がなくて苦しげで、欲望をまったく隠す気のない「オス」の唇と舌の動きだった。それが私を心底喜ばせた。
 ブレーキが効かず、夢中でキスしてくる藤堂さんの姿に感動すら覚える。私も必死でしがみつき、ひとつに溶けあうように舌を絡ませた。


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