愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

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「…………この痣は?」
 タオルで隠れていない鎖骨部分の、紫に変色している痣を見て、グランが顔をしかめた。
「あ、えっと、いつのだっけな。アリサが苛立っていたとき、ついうっかりあの子の部屋の前を通ってしまって、その時に燭台かなんかを投げつけられたのが当たっちゃって」
「……こっちのは?」
 腕が赤く腫れあがっている。これは母に鞭で強く打たれたやつだ。これは数日前のだ。
「……」
 グランは何か言おうと力なく口を開いたまま、何も言わなかった。
 ミレーも、身体に付いた傷や痣に言及されても、それは二日以上前の食事メニューを思い出すのと同じくらい面倒くさいことであった。
 何故そんなことを聞くのだろうと思っていると、グランはミレーの鎖骨部分をなぞるように指で撫でた。
「っ」
「痛いか?」
 グランの問いに、ミレーは頭を振る。
 痛くはない。むしろ、グランの体温が直に伝わってきて、気持ち良かった。
(もっと触ってほしいだなんて……ふしだらだわ)
 自分の正直な考えを恥じていると、グランが低い声で尋ねた。
「湯が沁みた場所は、どこだ?」
「え? えっと、ここだけど」
 ふくらはぎの部分を指差す。これは先ほど暴漢に襲われた時蹴られたところなので、よく覚えている。
 それなら思い出すのに苦が無かったと誇らしげに伝えると、何故かグランは、今にも泣きだしそうに顔をゆがめた。
「……ごめんな、気づかなくて」
「え? ど、どうして謝るの? グランは何も悪いことしていないわよね?」
「……お前の身体を見ることを恥ずかしがって、ちゃんと見ていなかったから、怪我をしていたのに気づかなかった。これは、完全にオレが悪い」
「悪くない。悪くないよ?」
 ミレーは困った。グランが何に対して悪いと思っているのか、どうして泣きそうなのか、まったく分からなかったのだ。
 ミレーにとって、暴力を振るわれるなど日常茶飯事であった。だから、毎日の食事と同じだったのだ。
 それでも今までの風呂が身体に沁みなかったのは、水が恐ろしく冷たかったから、身体がまひしていたのだ。
 身体にやさしいあたたかさが肌に触れたことで、はじめて身体が痛みに反応したのだ。
「気づいてやれなくて、本当にごめん……」
 グランからどうしたらツラそうな表情を取り除けるか考えて、ミレーはあることを思いついた。
 彼の後頭部を、自分の胸に寄せるようにやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、グラン」
 誰かにこうしてもらった記憶はないと思っていた。だが、今なんとなく、今は亡きミレーの母に、こうしてもらっていたような気がすると思い出したのだ。
「ちょ、ちょっ、ミレー……!」
 腕の中でグランが苦しそうにもがくから、手を広げてグランを解放した。
「……、ッ!」
 グランは顔を真っ赤にしながら、何か言いたそうだが、何も言葉が出ないようで、パクパクと口を開閉させるだけだった。
「元気出た?」
「…………いや」
 グランは、先ほどより一層元気のなさそうな顔をしていた。
 今思いだせた亡き母から教わった元気の出るおまじないは、グランには通じなかったようだ。
 だがグランは、別のことが気になって、おまじないに集中出来なかっただけだと言う。
「飯、食ってんのか?」
「ごはん? うん、ちゃんと毎日食べているよ」
「……そうは、見えないけど」
「失礼な」
「いや……。まぁ、栄養が全部胸に持っていかれたのかもな……じゃなくて」
 グランは何やら浮かんだ考えを掃うように、頭を振った。
「その話はあとにしよう。……痛い箇所に少しずつ湯で慣らしてから、ゆっくりと桶に足を入れてみろ」
「う、うん……」
 グランに言われた通り、痛いと感じる箇所に少量の湯をなでるように触れさせ、それを何度か繰り返した。
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