愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

文字の大きさ
9 / 37

8

しおりを挟む
「……なんで、こんなにしてくれるの?」
「ん?」
「今日会ったばかりの見ず知らずの私を、どうしてここまで心配してくれるの……?」
「……やっぱり覚えてないか」
 残念そうな声で、仕方ないか、とつぶやく。
なんと説明しようか悩みながらパンとスープを食べるグランを見て、ミレーは感心していた。
(……グランの食べ方、綺麗……)
 食事作法などもうずっと教わらず、食べる時も一人だったミレーは、誰もいなくなった食堂で隠れるように食べていたから、作法を活かす機会もなかった。
 真似をしてみるが、何故かスープが匙からこぼれてしまい、木製のテーブルを汚していく。
 みじめになるから匙を置き、鳴り続けるお腹をぐっと押さえつける。
 匙を置いたミレーに、グランが声をかける。
「もう腹いっぱいなのか?」
「う、うん……もう……」
 ぎゅるるる、とミレーのお腹の音が鳴る。
「ミレーの胃袋がまだ足りねえって言っているけど」
 グランは笑いながらパンを一つまみ千切り、それをミレーの口にねじ込んで、手ぶらになった指でミレーの唇を撫でた。
「……良いから食え」
 にぃっと笑むグランの表情が眩しく、目を細める。
 諦めて口の中に入れられたパンを咀嚼する。こちらもとても美味しい。
「飯なんて、美味しく食えればそれでいいんだよ。マナーが気になるなら、これからゆっくりと身につけていけばいい」
「これから……?」
「……ミレー。これから言うことは冗談じゃない。そう思って聞いてくれ」
「は、はい……!」
 真剣な目で見てくるから、ミレーも真剣に見返した。
「一緒に暮らさないか?」
「……えっと、それは」
「ミレーが良ければ、オレと一緒に、ここで暮らさないか?」
「そこまで、グランのお世話になるわけには……」
「じゃあどうするんだ? 自分の姉を暴漢に襲わせるような妹のいる家に、オレはミレーを帰したくない」
「……その、気持ちはありがたいけれど……」
 ありがたいどころか、嬉しい以外の感情が沸かない。会ったばかりのグランに、ミレーはすっかり心を許していたのだ。
 それに、この居心地の良い家。
 叶うのならばずっと居たい。
「……別に結婚しようとか言っているわけじゃない。ただの同居人だって。なんならオレのことは動く置物とでも思ってくれていい」
「動く置物って……」
「なんなら、ミレーが寝るときにオレは外で寝るから」
「ちょ、ちょっとまって。本当にそこまでされると逆に困るっていうか……。なんでそこまで私をここに置こうとしてくれるの? 私にそこまでされる価値は……」
 自己否定をしようとして、ハッと口をつぐむ。グランも鋭い目つきで睨みつけている。
「……私にそこまでされる価値は大いにあると思うけれど」
「なら問題ないな」
 強引に舵を自分のほうへ切って勝手に話を進めようとするグランに、ミレーは頭を抱えそうになった。
「なんでそこまで帰りたいんだ? まさか、オレと住むほうが嫌だったっていう……?」
「そうじゃないわ。……でも、もしかしたら私が帰らないことを心配しているかもしれないし、ここで暮らすのなら、ちゃんとお父様の許可も得ないと……」
 家族が心配しているかもしれない。それは、ミレーの希望的観測である。
 グランの目はそれを言いたげにしていたが、言わなかった。じっとミレーの目を見つめただけで、なにも言わなかった。
 しばらくそうして、やがて諦めたように許可してくれた。
「わかった。……でも、ミレー一人だと道中また襲われるかもしれないから、オレも同行していいか?」
「あ、ありがとう!」
 帰りたくない。それがミレーの本音であった。
 でも、やはり家族の許可は得ないといけないだろうと自分に言い聞かせた。自分だけで勝手に、婚約者でもない男性の家で共に暮らすわけにはいかない、そう考えた。
 帰りたくはないが、帰るしか術を知らないミレーの選択を、グランは尊重してくれた。
 今まで、ミレーの意見が尊重されることなどない人生だったから、グランがミレーの意見を尊重してくれたことが嬉しかった。
 だが同時に、我がままを言って「ここでグランと、ずっと一緒に暮らしたい」なんて言っても許してくれるだろうかと気になった。
 頭を振って、そんな考えは振り払った。
(ちゃんと、家に帰って、お父様の許可を貰って、そういう道筋を立ててからにしないと)
 それがけじめである、と自分に言い聞かせた。

 だがミレーは、翌日以降もクローバー家の屋敷へ帰らず、グランの家に滞在し続けていた。

 次の日家へ帰ると決めた後、二人はなんだかんだ談笑しながら食事を終え、あとは眠るだけになった。
ベッドは二つあったから、普段グランが使っているのとは別のベッドを使わせてもらった。
 クローバー家のミレーの自室のベッドとは比べ物にならないほどしっかりした土台で、毛布もシーツも清潔感に溢れた白色だ。
 しかもふわふわと雲のように柔らかく、4歳の頃から使っていた自分のベッドとは違って、足を伸ばしてもベッドの端から足の先が出てしまうこともない。
(なにこれ、なにこれ! すごい、気持ちいい)
 掛け布団と戯れ、シーツの上でゴロゴロと転がりたいほどだ。
 さすがに理性で思いとどまれたが、そんな夢のようなベッドに横たわると、それだけで眠ってしまえそうだ。
(でも眠るの、すごく勿体ない。もっとこの極上を味わっていたい……)
 そう興奮していたが、結局疲労からか眠気に負け、うとうとと意識がまどろんでいった。
「ミレー、おやすみ。ゆっくり休めよ」
 グランはそう言い、ミレーの髪にキスをしてくれた。
(今日は、本当に夢のように幸せな日だ)
 そんな幸せを自分から手放そうとしているのが、本当に愚かしいと思いもしたが、今はそんな考えも霞んでしまうほど幸せを感じている。
 布団はあたたかくてやわらかく、昨日洗濯したばかりだというシーツはお日様の香りがした。
 こんな素晴らしいベッドで眠れば、疲れなど一瞬で治ってしまうと感じながら、ミレーはそのまま眠りに就いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

離婚したい女と離婚したくない男の結婚

Na20
恋愛
カレン・アイラスは犬猿の仲である男と結婚した。 レイノ・ウィズバーテンは長らく片想いしていた女と結婚した。 そんな二人の話。

好きだと先に言ったのはあなたなのに?

みみぢあん
恋愛
スタッドリー男爵令嬢ニーナは、友人にレブデール子爵令息のケインを紹介される。 出会ったばかりのケインに『好きだ』と告白された。それ以来、ニーナは毎日のように求愛され続けた。 明るくてさわやかなケインが好きになってゆき、ニーナは“秘密の恋人”となった。  ――だが、しだいにケインから避けられるようになり、ニーナは自分の他にも“秘密の恋人”がケインにはいると知る。

僕の婚約者は今日も麗しい

蒼あかり
恋愛
公爵家嫡男のクラウスは王命により、隣国の王女と婚約を結ぶことになった。王家の血を引く者として、政略結婚も厭わないと覚悟を決めていたのに、それなのに。まさか相手が子供だとは......。 婚約相手の王女ローザもまた、国の安定のためにその身を使う事を使命としていたが、早い婚約に戸惑っていた。 そんなふたりが色々あって、少しづつ関係を深めていく。そんなお話。 変わり者の作者が、頑張ってハッピーエンドを目指します。 たぶん。きっと。幸せにしたい、です。 ※予想外に多くの皆様に読んでいただき、驚いております。 心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。 ご覧いただいた皆様に幸せの光が降り注ぎますように。 ありがとうございました。

【王国内屈指の公爵家の令嬢ですが、婚約破棄される前に婚約破棄しました。元婚約者は没落したそうですが、そんなの知りません】

はくら(仮名)
恋愛
更新はマイペースです。 本作は別名義で『小説家になろう』にも掲載しています。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

処理中です...