愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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「……本当に、お世話になりました」
「しばらく寂しくなるわね。グランの実家での暮らしも大変かもしれないけど、頑張ってね!」
 ゴミの処分をお願いに酒場を訪れ、店主と奥さんに別れを告げた。
 この下町の住人は、グランが公爵家の息子、貴族であると知っていた。
 それでも下町の住人と分け隔てなく接するグランを、みんなあたたかく受け入れてくれる。
 その優しさに触れ、ミレーの心がじんわり温かくなってくるのがわかった。
「留守の間は任せておきな。ついでになっちまうけど、何かあれば対処はしておくからよ」
 奥さんと別れを惜しんでいると、店の奥から出来た店主が自信満々で顔を出した。
「今度来た時は、グランの好物の作り方教えてあげるよ」
 奥さんの言葉に、ミレーは目を見開いた。
 その言葉は、グランが下町に戻ってきた時、ミレーも一緒であることと思っていないと出てこないからだ。
 自分も受け入れてもらった。
 そのことが嬉しくて、ミレーは双眸からあふれ出す熱い感情を止めることが出来ないまま、何度も頷き、最終的に奥さんの胸元にしがみついた。
「あらあら」
 奥さんは困ったような声で笑いながら、優しくミレーの頭を撫でてくれ、それがまた嬉しかった。
「早く行かないと貴族街への通りが混雑しちまうよ。さ、もう出発しな」
 朝日が昇って街の中が明るくなれば、仕事で往来する人の数が増え、馬車が通れる運送用の通りが混雑するのだ。
 そのため、イリーとマルクはグランとミレーをはやく迎えにきたのだが、色々立て込んでいるうちに時間が押してしまった。
 酒場の店主と奥さんとの別れを惜しむ時間がもっと欲しいが、また会えると思えば、ようやく馬車に乗り、下町を離れる気持ちになれた。
 自分たちを見送って手を振ってくれる二人に、ミレーも馬車の中から、二人の姿が見えなくなる曲がり角に入るまでずっと手を振っていた。
「また戻ってくるんだぞ」
 グランが呆れたように言うが、ミレーはまだ不安だったのだ。
(もし、お父様に婚約を認めてもらえなかったら……。アリサにまたなにかされたら……)
 嫌な予感が拭えないでいるミレーの鼻をグランが摘まんで、上下に動かした。
「い、いだい、いだい……!」
「……さっきの作戦で行くと、オレは直接ミレーを守れない。イリーの腕っぷしは信用しているが、逆上した人間が何をするかを思えば、完全に何もないとは言いきれない。だが、安心しろ。ミレーが何かされたら、あいつらに万倍の不幸を返してやるから」
「……たとえば、一回叩かれたら、一万回叩き返すっていうこと?」
「オレがやり返していいのなら……服を引っぺがして後ろ手で縛り付けて、はりつけ台に10日間立ち続けさせ見世物にするのはどうだ? その間食えるのは粟飯一杯。三食出すが」
「ちょ、ちょっと待って……。と、トイレとかどうするの?」
「立ちっぱなしでも出来るだろう?」
「垂れ流せと……?」
 自分がされるわけではないのに、あまりにも非道な提案に泣きそうな気持ちで声を震わせていると、グランは慌てて改定案を模索しだした。
「あ、そうだ! 大人が一人ギリギリ入れそうな穴を、ミレーに手を出した奴らの分だけ掘って、その中に一人ずつ手足を縛って入れるのはどうだ? 昆虫やネズミが好みそうな餌を生ごみに混ぜて、その穴にぶち込んで、丸一日放置するんだ……って、これもダメか?」
 自信ありそうに話していたグランが、ミレーの表情を見ながら焦りだす。
「なんでそういう発想しか出ないんだ、お前は」
 向かいに座っていたマルクとイリーも、不快感を露わにした表情でグランを見ていた。
「殺すより良いと思うけど……」
「……グラン、私、グランにはなにもしてもらいたくない。私がもしそんなことをされたら、とてもツライ。私がつらくなることを、たとえ私にやらなくても、グランが他の誰かにやろうというのは……なんか、イヤだ」
「ミレー……そ、そんなにイヤなアイディアだったか?」
「とってもイヤだった」
「……そ、そうか」
 よほどいい提案だと思ったのか、イヤだと伝えられたグランは寂しそうな表情でうなだれた。やはり犬の耳が垂れている幻覚が見える。
「その気持ちだけで嬉しいから。ありがとう、グラン」
 グランの手を握ってお礼を伝えると、安心したように綻んだ顔を見せてくれた。
「グランにそんな酷いコトさせたくない。それに、やり返すとしてもやっぱり倍返しはよくないと思うの。一回叩かれたら一回分で良いわ」
「……やさしすぎるなぁ、ミレーは」
 グランが眩しそうに目を細めてミレーを見つめた。
 そんなやりとりを見ていたマルクは、意味ありそうな目をしてミレーへ問いかけた。
「ちなみにミレー。君がならやり返すとしたら、どんな一回を返すんだい?」
「え? う、うーん。わからない……」
 よく考えたら、今までずっと耐えるだけの人生だったのだ。殴られて殴り返す度胸があれば、今まで義妹にされっぱなしではいなかっただろう。
「そうだろうね。ミレーはそうやって生きてきたんだから、思い浮かばないのは仕方がないことだ。……だから、その役目はボクたちに任せてほしい」
「で、でも……やっぱりグランにもマルクさんにもイリーさんにも、私のために手を汚してほしくない……」
 湧き上がる感情を堪えるようにスカートを握りしめていると、その手にグランの手が優しく添えられた。
 それから、馬車の中が静かになってしまったのを気にして、ミレーがわざと明るく話を振った。
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