愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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「そ、そうだ。私はこれから、あなたのことをなんて呼べば良いの? 本名がオリヴァーなら、オリヴァー様と?」
「公爵家に着いたらオリヴァーで頼む。それ以外はグランで良い。面倒だが頼む。あと、様は要らねえよ」
「いや、いります」
「要らねえって」
「必要です!」
「って言うかなんで敬語になっているんだよ!」
「だって、私はあなたより爵位が下だし……」
「あ? ……あーあー、ミレーもそうやってオレを爵位で見るのかよ! 大体、夫婦になるんだから敬称なんて要らねえだろ!」
「そのこと……なんだけど……!」
「あ?」
 不機嫌が治らないグランに問うべきかやや悩んだが、勇気を振り絞って訊いた。
「私、本当にあなたと結婚することに決まった……の?」
 戸惑いながら訊いたミレーの顔を、グランが硬直した表情で見やった。
 その表情と、凍り付いたような馬車の中の空気で、やはり聞くべきではなかったのかもしれないと思ったが、このままハッキリしないまま流れに乗ることが出来るほどミレーは器用に生きられない。
「だ、だって、お父様に反対されるかもしれないし、グランが実は公爵家の息子だったって聞いてから半日も経っていないのに、やっぱり結婚するかどうかなんて……まだ早いと思う!」
 さっきは咄嗟に了承してしまったが、あの時は冷静でなかったから、今冷静になって考えたら途端に怖くなったのだ。
 もしこれが、彼が貴族ではなく下町で暮らす『ただのグラン』であったなら、意見を覆すことなく勇気を出して父に彼と結婚したい旨を伝えることが出来ただろう。
 利用価値がなくなったことを父は怒るかもしれないが、縁を切られ貴族でなくなれば、グランと結婚する弊害がなくなる。
 義母と義妹も、ミレーがクローバー家から除籍されることを、手を叩いて喜ぶだろう。
 それでいいと思っていた。
 むしろ、それを望んでいたのかもしれない。
 それなのに、グランは実は公爵家の人間で、それはアリサが狙っていた人物で、そんな相手と婚約したいと告げれば、どのような恨みを買うかわからない。わからないから、怖かった。
 父は、グランの実家のグランディア公爵家から出される条件によって、結婚を認めるか認めないか考えるだろう。
 だが、父はそのことしか考えないだろう。
 アリサがミレーに何をするかまでは考えない。
 もしもアリサがミレーに害することをしたとして、グランディア公爵家が出した条件を取り下げられるかもしれないとまでは考えないだろう。
 それどころか、条件を取り下げたグランディア公爵家に逆ギレを起こすかもしれない。
 悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。
 それは、朝食の時にみんなにも話したことだ。
「だーかーら、作戦を立てたじゃねえか! この作戦を成功させれば、あとでミレーの義妹がブチ切れようが親父さんが逆ギレ起こそうが、グランディア邸で匿っていれば一切手を出せないだろうって!」
「そ、そもそもグラン……じゃない、オリヴァー様と結婚するとしたら、わ、私は公爵夫人になるってさっきマルクさんも言っていたし、私、公爵夫人になれるような礼儀作法も知識も常識も何も弁えていないわ……恐れ多すぎる」
 想像しただけで、全身がガクガクと震えだす。
 そんなミレーをグランが呆れたように見て、溜息を吐いた。
「ミレー、公爵家だの父親だの義妹だのを一旦置いといて、オレが訊きたいことはただ一つだ。……『オレ』と結婚したいか? したくないか?」
「……グランと? オリヴァー様と?」
「どっちも同じだって嬉しいことを言ってくれたのは、ミレーじゃないのか?」
「……う、うん」
 そのとおりだ。それは否定することが出来ない。
 わずかながら『オリヴァー』という一面を見たが、やはり彼はグランであるのだ。
 仮にこれからグランがオリヴァーとして生きていくとしたとしても、ミレーはそれを覚悟で彼と添い遂げたいと、そう決意したはずだ。
 それを思い出しながら、ミレーはようやく勇気を取り戻せた。
「ごめんなさい。取り乱して。……うん。もう、大丈夫」
「じゃあ改めてしっかりと訊くが、オレがグランでもオリヴァーでも、結婚して夫婦になってくれるか?」
 真剣な眼差しで見つめてくるグランを優しく見つめ返し、彼の胸元に顔を突っ伏して、その背中に腕を回した。
「はい」
 そして、上体を起こして、彼を見つめた。
「私はあなたと夫婦になりたいです」
「よし」
 満足そうに笑んで、グランが頷いたその時、馬車が停まった。
「ミレー様、行きましょう」
 そこは、クローバー家から死角になる、行路の脇道だ。
 イリーが馬車の扉を開いて先に下り、ミレーに手を差し伸べた。
 ミレーは頷き、その手を取った。
 ゆっくりと馬車を降り、馬車の中に残るグランとマルクに視線を向けた。
「オリヴァー様、マルク様。行ってまいります」
「……行ってきます」
 イリーが丁寧に頭を下げるのに倣い、ミレーも二人に頭を下げた。
「ミレー、大丈夫だ。……イリー、よろしく頼んだ」
 グランは馬車の中からミレーを安心させるような優しい声をかけ、イリーに声をかけた。
 イリーはゆっくりと頷き、ミレーの手を引いてクローバー家の表門へと向かった。
「……あ」
 二人を見送った後、急に空模様が怪しくなり、ゴロゴロと空が鳴り出した。
 その音と競い合うように、強い雨粒が大地に打ち付けられ始めた。
 馬車は生い茂った木々が屋根となり、雨水に濡れることはなかった。
「……なるほど、天候まで味方してくれるみたいだ」
 グランが外の景色を見ながら、薄く笑みを浮かべた。
 マルクは不安そうに、もう見えなくなったミレー達の後ろ姿を追うように視線を送った。
「ミレーとイリーさん、風邪をひかなければ良いけど」
「まぁそれは、すぐに帰ってくるよう、祈るしかねえな」

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