934 / 1,865
小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 6
しおりを挟む
車から降りると、花屋の入り口に可愛い顔がひょこっと見えた。
僕の顔を見るなり「お兄ちゃーん、おかえりなさい」と満面の笑みを浮かべながら、抱きついてくれた。
僕はその小さな温もりを、しゃがんで受け止める。
ポスッという軽い衝撃が心地良い。
幸せに重さがあるとしたら、芽生くんのこの軽やかな重さのことだろう。
「お兄ちゃん、おそかったね」
「あ……空を……北の国の空を見てきたんだ」
「お空? 僕もみたいなぁ」
「いいよ。抱っこしてあげよう!」
僕は芽生くんを抱き上げて、大空を見せてあげた。
「わぁー 青い、青いねぇ。それに空気もすっきりしていて美味しいよ!」
芽生くんが大空に手を伸ばして、空気を食べる仕草をしたのが可愛かった。
その時、視線を感じて振り返ると、花屋の入り口にもたれて……潤が僕を見つめていた。
「潤……」
「兄さん、お帰り」
「うん、ただいま」
「もう……大丈夫なのか」
「うん」
「よかったよ」
続いてお母さんも、心配そうに飛び出してきた。
「瑞樹っ、無事ね……無事に帰って来てくれたのね」
「お母さん、ただいま」
「あなた……いい笑顔ね。よかった」
「はい」
その時気付いた。
高橋建設の顛末は、潤もお母さんも、既に知っていたのだ。
知っていて、静かに見守ってくれていたのだ。
先ほど、一度戻った時、本当は僕の気配に気付いていたのかもしれない。
でも宗吾さんと、静かに行かせてくれた。
僕が僕の力で、自由に羽ばたけるように――
あぁ、もう怖くない。
本当にもう怖くないよ。
全部、全部――宗吾さんが塗り替えてくれたから。
それから広樹兄さんや潤、お母さんが見守ってくれたから。
僕にとっての故郷……函館の街はあの男に見つかった日を境に、どこか濁って歪んでしまっていたが、もう大丈夫なんだ。
もう、これでいい。
正直に言うと……
高校時代から付きまとわれて……挙げ句にあんな目に無理矢理遭わされて、男としてのプライドをズタズタにされて、恨んだこともある。
僕も人の子だ。 聖人君子ではない。
アイツに復讐したい気持ちが、微塵もなかったわけじゃない。
でも憎しみからは憎しみしか生まれないことをよく知っている。
そして過去は過去で、どんなに願っても巻き戻せないことも知っている。
だから……今現在……もしもあの高橋という男が、少しでも後悔し、反省してくれているのなら、もうそれでいい。
僕も……もうあの悲劇から離れよう。
憎しみや、悲しみを手放していこう。
あの男の気配が消えた世界は、こんなにもクリアだった。
あの男の幸せを願えるほどの善人でもないし、そんな心境でもないが、ただ、ただ……元気に真面目に真実の愛を知って、その愛を真摯に守って生きていって欲しい。本物の愛は守りたくなるものだから……
最後に願うとしたら、それだけだ。
「お兄ちゃん、ココアが冷めちゃうよ」
「ココア?」
「少しむずかしいお顔してるよ。もう、なかに入ろう」
「うん」
参ったな。感受性の強い芽生くんには何でもお見通しだ。
リビングのテーブルにはココアが置いてあって、芽生くんがマグカップにふーふーと息を吹きかけ、ペロッと可愛い舌で温度を確かめてくれた。
「お兄ちゃん、はい、どうぞ」
「え? これ、僕にいいの?」
「うん! えっと……ちょっとつかれたんじゃないかなって」
「芽生くん、ありがとうね」
「えへへ。よかったぁ」
僕は嬉しくなって……芽生くんを膝に乗せて、ココアを飲んだ。
「瑞樹、美味しそうだな~」
「宗吾さんも冷えましたよね。僕、入れてきます」
立とうとすると、お母さんに制された。
「皆にも入れてあげるわ」
「やった!」
心が凪いでいる。
僕は一人一人の顔をしっかり見つめた。
家族だ、みんな僕の大切な家族だ。
「じゅーん、こっちにおいでよ。一緒に飲もう」
「……いいのか」
また部屋の片隅に立っていた潤を、僕の横に呼んでやった。
僕のトラウマは、同時に潤のトラウマなんだ。
この時になって、気付いたよ。
だから潤のトラウマは、僕が解す。
母さんが入れてくれた潤のココアに僕がフーフーと息を吹きかけてあげた。
「に、兄さん?」
「潤は猫舌だろ? 覚えている? 小さい頃は……僕がこうやっていつも冷ましてあげたんだよ」
「兄さん、それ反則」
潤が目頭を指で押さえて俯いた。
「え! 泣くなんて」
「泣いてなんかねーよ……でも、もっと冷ましてくれよ」
「う、うん」
そんな光景を、芽生くんが僕の膝にちょこんと座って見上げていた。
「おとなも、やっぱり……こどもだね。お兄ちゃん、ボクもふーふーして」
「瑞樹はモテモテだなぁ。俺もフーフーして欲しいな」
宗吾さんが羨ましそうに口を尖らせる。
「宗吾は子供だな、よし。俺がしてやろう」
「え! 瑞樹がいい」
「ははっ、冗談だよ」
「焦ったぜ」
広樹兄さんは、その横でニコニコ笑っている。
隣からは優美ちゃんの笑い声とみっちゃんのママの声がする。
あぁ……幸せで満ちている。
この部屋は、この場所は、僕の心は――
もう大丈夫だ。
あとがき(宣伝を含むので、不要な方は飛ばして下さい)
****
いつも『幸せな存在』を読んで下さってありがとうございます。
物語はゆっくりほんわか進んでいます。
今日は創作関連でお知らせがあります。
BOOTHにて、私の2冊目の同人誌の予約受付を開始しました。
https://shiawaseyasan.booth.pm/
今回は「幸せな贈りもの2『ランドマーク』」ランドマークがメインの短編集ですが、芽生が英国に遊びに行く夢の話と、その後日談。更に書き下ろしで『高校生になった芽生が英国留学する話』を収録しています。キャラシートも芽生のものがあります。ご興味ある方は、是非BOOTHに遊びにいらしてください。2月28日まで予約受付で、先着で芽生のお名前鉛筆のプレゼントがあります。
僕の顔を見るなり「お兄ちゃーん、おかえりなさい」と満面の笑みを浮かべながら、抱きついてくれた。
僕はその小さな温もりを、しゃがんで受け止める。
ポスッという軽い衝撃が心地良い。
幸せに重さがあるとしたら、芽生くんのこの軽やかな重さのことだろう。
「お兄ちゃん、おそかったね」
「あ……空を……北の国の空を見てきたんだ」
「お空? 僕もみたいなぁ」
「いいよ。抱っこしてあげよう!」
僕は芽生くんを抱き上げて、大空を見せてあげた。
「わぁー 青い、青いねぇ。それに空気もすっきりしていて美味しいよ!」
芽生くんが大空に手を伸ばして、空気を食べる仕草をしたのが可愛かった。
その時、視線を感じて振り返ると、花屋の入り口にもたれて……潤が僕を見つめていた。
「潤……」
「兄さん、お帰り」
「うん、ただいま」
「もう……大丈夫なのか」
「うん」
「よかったよ」
続いてお母さんも、心配そうに飛び出してきた。
「瑞樹っ、無事ね……無事に帰って来てくれたのね」
「お母さん、ただいま」
「あなた……いい笑顔ね。よかった」
「はい」
その時気付いた。
高橋建設の顛末は、潤もお母さんも、既に知っていたのだ。
知っていて、静かに見守ってくれていたのだ。
先ほど、一度戻った時、本当は僕の気配に気付いていたのかもしれない。
でも宗吾さんと、静かに行かせてくれた。
僕が僕の力で、自由に羽ばたけるように――
あぁ、もう怖くない。
本当にもう怖くないよ。
全部、全部――宗吾さんが塗り替えてくれたから。
それから広樹兄さんや潤、お母さんが見守ってくれたから。
僕にとっての故郷……函館の街はあの男に見つかった日を境に、どこか濁って歪んでしまっていたが、もう大丈夫なんだ。
もう、これでいい。
正直に言うと……
高校時代から付きまとわれて……挙げ句にあんな目に無理矢理遭わされて、男としてのプライドをズタズタにされて、恨んだこともある。
僕も人の子だ。 聖人君子ではない。
アイツに復讐したい気持ちが、微塵もなかったわけじゃない。
でも憎しみからは憎しみしか生まれないことをよく知っている。
そして過去は過去で、どんなに願っても巻き戻せないことも知っている。
だから……今現在……もしもあの高橋という男が、少しでも後悔し、反省してくれているのなら、もうそれでいい。
僕も……もうあの悲劇から離れよう。
憎しみや、悲しみを手放していこう。
あの男の気配が消えた世界は、こんなにもクリアだった。
あの男の幸せを願えるほどの善人でもないし、そんな心境でもないが、ただ、ただ……元気に真面目に真実の愛を知って、その愛を真摯に守って生きていって欲しい。本物の愛は守りたくなるものだから……
最後に願うとしたら、それだけだ。
「お兄ちゃん、ココアが冷めちゃうよ」
「ココア?」
「少しむずかしいお顔してるよ。もう、なかに入ろう」
「うん」
参ったな。感受性の強い芽生くんには何でもお見通しだ。
リビングのテーブルにはココアが置いてあって、芽生くんがマグカップにふーふーと息を吹きかけ、ペロッと可愛い舌で温度を確かめてくれた。
「お兄ちゃん、はい、どうぞ」
「え? これ、僕にいいの?」
「うん! えっと……ちょっとつかれたんじゃないかなって」
「芽生くん、ありがとうね」
「えへへ。よかったぁ」
僕は嬉しくなって……芽生くんを膝に乗せて、ココアを飲んだ。
「瑞樹、美味しそうだな~」
「宗吾さんも冷えましたよね。僕、入れてきます」
立とうとすると、お母さんに制された。
「皆にも入れてあげるわ」
「やった!」
心が凪いでいる。
僕は一人一人の顔をしっかり見つめた。
家族だ、みんな僕の大切な家族だ。
「じゅーん、こっちにおいでよ。一緒に飲もう」
「……いいのか」
また部屋の片隅に立っていた潤を、僕の横に呼んでやった。
僕のトラウマは、同時に潤のトラウマなんだ。
この時になって、気付いたよ。
だから潤のトラウマは、僕が解す。
母さんが入れてくれた潤のココアに僕がフーフーと息を吹きかけてあげた。
「に、兄さん?」
「潤は猫舌だろ? 覚えている? 小さい頃は……僕がこうやっていつも冷ましてあげたんだよ」
「兄さん、それ反則」
潤が目頭を指で押さえて俯いた。
「え! 泣くなんて」
「泣いてなんかねーよ……でも、もっと冷ましてくれよ」
「う、うん」
そんな光景を、芽生くんが僕の膝にちょこんと座って見上げていた。
「おとなも、やっぱり……こどもだね。お兄ちゃん、ボクもふーふーして」
「瑞樹はモテモテだなぁ。俺もフーフーして欲しいな」
宗吾さんが羨ましそうに口を尖らせる。
「宗吾は子供だな、よし。俺がしてやろう」
「え! 瑞樹がいい」
「ははっ、冗談だよ」
「焦ったぜ」
広樹兄さんは、その横でニコニコ笑っている。
隣からは優美ちゃんの笑い声とみっちゃんのママの声がする。
あぁ……幸せで満ちている。
この部屋は、この場所は、僕の心は――
もう大丈夫だ。
あとがき(宣伝を含むので、不要な方は飛ばして下さい)
****
いつも『幸せな存在』を読んで下さってありがとうございます。
物語はゆっくりほんわか進んでいます。
今日は創作関連でお知らせがあります。
BOOTHにて、私の2冊目の同人誌の予約受付を開始しました。
https://shiawaseyasan.booth.pm/
今回は「幸せな贈りもの2『ランドマーク』」ランドマークがメインの短編集ですが、芽生が英国に遊びに行く夢の話と、その後日談。更に書き下ろしで『高校生になった芽生が英国留学する話』を収録しています。キャラシートも芽生のものがあります。ご興味ある方は、是非BOOTHに遊びにいらしてください。2月28日まで予約受付で、先着で芽生のお名前鉛筆のプレゼントがあります。
11
あなたにおすすめの小説
この冬を超えたら恋でいい
天気
BL
夜の街で、凪は人生の底にいた。
古いアパートに帰る途中、父の残した借金の取り立てに絡まれ、逃げ場を失う。
そこに現れたのは、大手企業の社長・鷹宮だった。
偶然の救い。年齢も立場も違う二人は、その夜を境に交わることになる。
事情を多く語らない凪は、不幸が当たり前のように身にまとい、誰かに頼ることを知らない。
一方の鷹宮は、完璧な成功者として生きてきた男だった。
危険から守るため、鷹宮は凪を一時的に自宅へ迎え入れる。
冬の同居生活の中で、凪は少しずつ日常を取り戻していく。
大学へ通い、温かい食事をし、夜を一人で怯えずに眠る。
しかし、守られることに慣れない凪は、距離が近づくほどに自分から一歩引いてしまう。
それは、失うことを恐れる、健気で不器用な選択だった。
一方、鷹宮は気づいてしまう。
凪が笑うだけで、胸が満たされることに。
そんな自分の感情から凪を守るつもりで引いた距離が、
凪を遠ざけてしまう。
近づきたい。
けれど、踏み込めば壊してしまうかもしれない。
互いを思うほど、すれ違いは深くなる。
2人はこの冬を越えることができるのかーー
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
【完結】番になれなくても
加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。
新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。
和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。
和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた──
新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年
天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年
・オメガバースの独自設定があります
・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません
・最終話まで執筆済みです(全12話)
・19時更新
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
君の想い
すずかけあおい
BL
インターホンを押すと、幼馴染が複雑そうな表情で出てくる。
俺の「泊めて?」の言葉はもうわかっているんだろう。
今夜、俺が恋人と同棲中の部屋には、恋人の彼女が来ている。
〔攻め〕芳貴(よしき)24歳、燈路の幼馴染。
〔受け〕燈路(ひろ)24歳、苗字は小嶋(こじま)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる