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本編
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「殿下が魔力暴走を体内で起こしてしまったときの対処法は、魔力を持たぬ人間が暴走した魔力を吸収してさしあげることだ。これは前にも説明したであろう」
「はい」
「そのためには殿下に接触し、直接吸収する必要がある。具体的に言うと、そなたが殿下に口付けをし、そこから魔力を吸収するやり方だ」
「はっ?」
がちゃん、と異質な音が部屋に響いた。幸い人払いを命じたバルト伯爵のおかげで、部屋には私と彼しかいない。
「つまりって……えっと……殿下と私が……」
口付けって、口付けって……それってキスをすること!?
「まぁ、そういうことだ」
どうやら私の心の叫びは声に漏れていたらしい。聞いた端から顔に熱が集まるのがわかった。
「あ、あのっ、いや、でも、その……いったい、どこに?」
百歩譲って本当にキスをするのだとして、いったいどこにするというのか。父がよくしてくれていたような額へのキスか。母と交わしていたような頬へのそれか。
「もちろん、唇だ。そこから殿下の体内に溜まる魔力を吸収してもらわなければならない」
「で、できません!」
お茶を飲んでいる場合ではなかった。はくはくと息をするのが精一杯な中、それだけはなんとか絞り出した。
「できぬわけはないだろう。何も医術や魔法を繰り出せと言っているわけではない」
「でも……っ」
私が殿下にキスをする? あの、天使と見紛うほどの美しい人に口付けをするというのか。
先ほど見かけた、彼の表情を思い出す。けぶる金の髪、鋭い藍色の瞳。畏怖の念すら抱くその美貌に、ぞくりと背筋が凍る思いがした。
「あの、殿下は、このことについてご存知なのでしょうか」
私に名乗り、私を見下ろし、鼻を鳴らすように去っていった人。
「もちろんご存知だ。了承もされている」
わかっていての、あの態度だとすれば、殿下はあのとき何を思っていたのか。末端貴族の、さして美しくもない娘を見て、それ以上声をかける必要もないと判断されたのだとしたらーーー。
「……殿下ご自身が、拒否されるかもしれません」
自分の魔力を制御するために必要なことだとわかっていたとしても。相手が私のような娘で落胆し、なぜこんな娘と口付けを交わさなければならないのかと憤るのも仕方のないこと。
だがバルト伯爵はそんなもの関係ないというように整然と言ってのけた。
「そなたに拒否権がないように、殿下にも拒否権はないのだよ。殿下の命をつなぐには、魔力なしの人間と口付けを交わすことが不可欠だ。そして今の世において、そなた以外の魔力なしは見つかっておらぬ。先ほども言ったであろう。お気に召そうが召さなかろうが関係ないのだ。それにそなたは既に、契約書にサインをしている。こういう言い方はしたくないが、今更契約不履行となれば、どうなるかわからぬ歳でもあるまい」
そうだ。私がここに来ることを条件に、実家にさまざまな援助がなされている。支度金だって既に一括で支払われていると聞く。それを返す宛は今のところない。
私には断る選択肢がない。そして殿下もーーー拒否することを許されない。
「後ほどそなたの部屋に魔道士を遣わせる。彼らからやり方を学ぶといい」
バルト伯爵はそう言い残し、先に部屋を出て行った。
「はい」
「そのためには殿下に接触し、直接吸収する必要がある。具体的に言うと、そなたが殿下に口付けをし、そこから魔力を吸収するやり方だ」
「はっ?」
がちゃん、と異質な音が部屋に響いた。幸い人払いを命じたバルト伯爵のおかげで、部屋には私と彼しかいない。
「つまりって……えっと……殿下と私が……」
口付けって、口付けって……それってキスをすること!?
「まぁ、そういうことだ」
どうやら私の心の叫びは声に漏れていたらしい。聞いた端から顔に熱が集まるのがわかった。
「あ、あのっ、いや、でも、その……いったい、どこに?」
百歩譲って本当にキスをするのだとして、いったいどこにするというのか。父がよくしてくれていたような額へのキスか。母と交わしていたような頬へのそれか。
「もちろん、唇だ。そこから殿下の体内に溜まる魔力を吸収してもらわなければならない」
「で、できません!」
お茶を飲んでいる場合ではなかった。はくはくと息をするのが精一杯な中、それだけはなんとか絞り出した。
「できぬわけはないだろう。何も医術や魔法を繰り出せと言っているわけではない」
「でも……っ」
私が殿下にキスをする? あの、天使と見紛うほどの美しい人に口付けをするというのか。
先ほど見かけた、彼の表情を思い出す。けぶる金の髪、鋭い藍色の瞳。畏怖の念すら抱くその美貌に、ぞくりと背筋が凍る思いがした。
「あの、殿下は、このことについてご存知なのでしょうか」
私に名乗り、私を見下ろし、鼻を鳴らすように去っていった人。
「もちろんご存知だ。了承もされている」
わかっていての、あの態度だとすれば、殿下はあのとき何を思っていたのか。末端貴族の、さして美しくもない娘を見て、それ以上声をかける必要もないと判断されたのだとしたらーーー。
「……殿下ご自身が、拒否されるかもしれません」
自分の魔力を制御するために必要なことだとわかっていたとしても。相手が私のような娘で落胆し、なぜこんな娘と口付けを交わさなければならないのかと憤るのも仕方のないこと。
だがバルト伯爵はそんなもの関係ないというように整然と言ってのけた。
「そなたに拒否権がないように、殿下にも拒否権はないのだよ。殿下の命をつなぐには、魔力なしの人間と口付けを交わすことが不可欠だ。そして今の世において、そなた以外の魔力なしは見つかっておらぬ。先ほども言ったであろう。お気に召そうが召さなかろうが関係ないのだ。それにそなたは既に、契約書にサインをしている。こういう言い方はしたくないが、今更契約不履行となれば、どうなるかわからぬ歳でもあるまい」
そうだ。私がここに来ることを条件に、実家にさまざまな援助がなされている。支度金だって既に一括で支払われていると聞く。それを返す宛は今のところない。
私には断る選択肢がない。そして殿下もーーー拒否することを許されない。
「後ほどそなたの部屋に魔道士を遣わせる。彼らからやり方を学ぶといい」
バルト伯爵はそう言い残し、先に部屋を出て行った。
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