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本編
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その日の夕方、殿下の容体が急変した。
殿下の居室は王妃宮の中にある。私の部屋も王妃宮の中の離れた場所に用意されていた。その部屋の扉を叩いたのは、昼間、バルト伯爵と別れた後に、私の部屋を訪れた魔道士のひとりだった。
「殿下が魔力暴走を起こしておられます。急ぎお越しください」
初老の魔道士の要請で、私は取るものとりあえずの体で部屋を出された。近衛兵が警備する一角を通り過ぎ、殿下の部屋にたどり着くと、そこにはバルト伯爵や数名の魔道士のほか、ひとりの女性の姿があった。
「あぁ、カーティス……」
ベッドに横たわり、大きく息を荒げるのは、先ほどお会いした王太子殿下その人。そしてその枕元で彼の額に手を置き、彼の名を呼ぶその人が誰なのか、無学な私でもすぐに察した。
礼をとらなければと戸惑う私の手を、バルト伯爵がやや強引に引いた。
「王妃陛下、ユーファミア嬢が参りました。既に殿下をお助けする方法について魔道士が指導済みです。彼女に任せてみましょう」
「あなたが……」
見開かれた瞳の美しさが、横たわる殿下を思わせる。固まる私の背を、バルト伯爵はさらに押してベッドに近づけようとした。
すると王妃陛下が今度は私の肩に手を置いた。
「お願い。息子を助けてやってちょうだい。もう魔道士たちの治癒魔法も効かなくなってしまったの」
今にも溢れそうな涙を押し留める王妃陛下の先には、蒼白な顔色で胸を上下させる美しい天使がいた。そのまま背中を押され、私は彼と対峙した。
魔道士から教わった方法。王家に伝わる秘伝のカルテに記された、魔力暴走の治癒方法はとても簡単なもの、“ただ、唇を合わせるのみ“であると。
私は思わず振り返った。目の前に王妃陛下、その後ろにバルト伯爵。数名の魔道士。さらに彼らの側仕えと思われる使用人たち。警護の騎士の姿まである。
(ここで、こんな人前で、殿下にキスをしないといけないのーーー!?)
あまりの羞恥に顔が赤くなる。その私の耳に、苦しげな呻き声が聞こえてきた。はっと振り返ると、ベッドに横たわった殿下の瞳が、うっすらと開かれた。吹き出す汗で貼り付いた額髪の間から、虚ながらもまっすぐに私を捉えた視線。
「殿下……」
「……てくれ」
すぐ近くで耳を側立てていた私にだけ聞こえた掠れ声。
(助けてくれ……)
動かすのも億劫な唇が、そう紡いだのかと確信したとき。
私は決意とともに自らの瞳を強く閉じた。
「今すぐ、お楽にしてさしあげます」
これは治療だ。やましい気持ちなど何もない。キスという行為が持つ、あらゆる意味は、この治療行為の前で無意味だ。
そう心の中で言い聞かせながら、私は殿下の唇に、自らのそれを重ねた。
殿下の居室は王妃宮の中にある。私の部屋も王妃宮の中の離れた場所に用意されていた。その部屋の扉を叩いたのは、昼間、バルト伯爵と別れた後に、私の部屋を訪れた魔道士のひとりだった。
「殿下が魔力暴走を起こしておられます。急ぎお越しください」
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見開かれた瞳の美しさが、横たわる殿下を思わせる。固まる私の背を、バルト伯爵はさらに押してベッドに近づけようとした。
すると王妃陛下が今度は私の肩に手を置いた。
「お願い。息子を助けてやってちょうだい。もう魔道士たちの治癒魔法も効かなくなってしまったの」
今にも溢れそうな涙を押し留める王妃陛下の先には、蒼白な顔色で胸を上下させる美しい天使がいた。そのまま背中を押され、私は彼と対峙した。
魔道士から教わった方法。王家に伝わる秘伝のカルテに記された、魔力暴走の治癒方法はとても簡単なもの、“ただ、唇を合わせるのみ“であると。
私は思わず振り返った。目の前に王妃陛下、その後ろにバルト伯爵。数名の魔道士。さらに彼らの側仕えと思われる使用人たち。警護の騎士の姿まである。
(ここで、こんな人前で、殿下にキスをしないといけないのーーー!?)
あまりの羞恥に顔が赤くなる。その私の耳に、苦しげな呻き声が聞こえてきた。はっと振り返ると、ベッドに横たわった殿下の瞳が、うっすらと開かれた。吹き出す汗で貼り付いた額髪の間から、虚ながらもまっすぐに私を捉えた視線。
「殿下……」
「……てくれ」
すぐ近くで耳を側立てていた私にだけ聞こえた掠れ声。
(助けてくれ……)
動かすのも億劫な唇が、そう紡いだのかと確信したとき。
私は決意とともに自らの瞳を強く閉じた。
「今すぐ、お楽にしてさしあげます」
これは治療だ。やましい気持ちなど何もない。キスという行為が持つ、あらゆる意味は、この治療行為の前で無意味だ。
そう心の中で言い聞かせながら、私は殿下の唇に、自らのそれを重ねた。
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