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本編
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初めて感じた他人の唇の温度は、まるで氷に口付けしているような冷たさだった。ぶるりと震える身体が反射的にそこから離れようとする。それを、意志の力でねじ伏せた。
冷たい温度の皮膚を感じながら、魔道士に教わったことを思い出す。舌先を軽く割り入れると、口呼吸をしていた殿下の口内にあっさりと侵入できた。唇の温度と対照的にそこは焼けつくほどの熱を帯びていて、あまりの落差に今度は目眩を起こしそうになる。
そのときだった。じわりとしびれる感覚が舌先を伝ったかと思うと、熱の塊がほわん、と私の口の中に移った。飴玉が口移しされたかのような感触に目を見開くも、その熱はゆったりと私の中へ流れてくる。
「殿下の息切れが治まってきましたぞ!」
魔道士のひとりが叫ぶ声がした。強ばり震えていたはずのカーティス殿下の身体が、ベッドへゆったりと沈み込んでいく。唇からは温かな熱がじんわり流れてくる感触。そのままじっとしていると、冷たかったはずの殿下の唇にも熱が戻ってきた。
「……んっ」
身じろぎする気配を感じ、私は唇を這わせたまま目線だけをあげた。すると見開かれた藍色の瞳にぶつかった。
(なんて綺麗な色なんだろう。さっきも思ったけど、近くで見たらもっと……)
そんな感想をふんわり抱いていると、突然私の身体が押しやられた。
「おいっ、いつまでそうしているんだ!」
虚だった瞳が鋭さを纏って、私を射抜いていた。いったい何が起きたのかわからぬままぽかんとする私の前に、王妃陛下が割り込んだ。
「カーティス! 意識が戻ったのね? 気分はどう?」
「母上、なぜここに……!」
起きあがろうとしたカーティス殿下は、部屋の様子にぎょっとしたように顔を顰めた。
「いったいなんだ! なんで皆いるんだ!」
「あなたが魔力暴走を起こしたから、治療のために集まってくれたのですよ。いつものことでしょう」
ほっとしながらもまだ息子を気遣う王妃陛下の側で、バルト伯爵が驚いたように唸った。
「信じられん……以前は魔道士3人がかりで治癒魔法をかけ続けても、回復するまでに1時間近くかかっていたというのに。ほんの2分足らずでこの結果とは!」
その台詞に、皆の視線が私に集まった。王妃陛下がはっとした様子で私の手をとった。
「そうだわ。これもすべてあなたのおかげよ。ユーファミア嬢と言ったわね? カーティスがこんなに早く回復するのは奇跡的なこと。どうかこれからも息子の側にいてあげてね」
貴族の頂点に立つ麗しい女性にそう乞われれば、末端貴族の自分はただただ言葉なく頷くしかない。言葉を返そうにもなんと返したらよいのかもわからない。
おろおろと大人たちにされるがままの私の前で、ベッドから起き上がった殿下はまたしても「ふんっ」と顔を顰めた。
「頭痛がする。皆出ていってくれないか」
「まぁ大変! 後遺症かしら」
「母上もです! 私は大丈夫ですから、ひとりにしてください」
「いや、殿下。このまま魔道士と医師の診察を受けていただきますぞ。新しい治療を受けられたのですからな。御身に異常がないか確認せねば……」
「だから! 私は大丈夫だと言っている! 出ていってくれ……おまえもだ」
唸るような最後の一言は、王妃陛下とバルト伯爵の背後で立ちすくむ私に向かって投げられたことに、愚鈍な私でも気付かぬはずはなかった。
その後私も魔術師と医師の診察を受け、異常なしだと確認された。驚異的な回復を見せた殿下も、問題なく過ごされているとのことだった。
殿下の唇を通じて感じた感触について魔道士に応えを求められたが、いくら王家の命令とはいえ、事細かに話すことが恥ずかしくて仕方なかった。せめて女性の魔道士をという私の懇願はなんとか叶えられ、母親より年上と思われる女性魔道士2人が私の証言を書き留めた。これはカーティス殿下のカルテとして後世に語り継がれるそうだ。私の名とともに。王家と一部の高位魔道士のみが閲覧可能な管理がされるとはいえ、遠い未来にまでそんな辱めが伝わるのかと思うとなんとも居た堪れない。
こうして私の初仕事は無事に終わった。私のファーストキスも終わってしまったことについては、敢えて考えないようにした。
冷たい温度の皮膚を感じながら、魔道士に教わったことを思い出す。舌先を軽く割り入れると、口呼吸をしていた殿下の口内にあっさりと侵入できた。唇の温度と対照的にそこは焼けつくほどの熱を帯びていて、あまりの落差に今度は目眩を起こしそうになる。
そのときだった。じわりとしびれる感覚が舌先を伝ったかと思うと、熱の塊がほわん、と私の口の中に移った。飴玉が口移しされたかのような感触に目を見開くも、その熱はゆったりと私の中へ流れてくる。
「殿下の息切れが治まってきましたぞ!」
魔道士のひとりが叫ぶ声がした。強ばり震えていたはずのカーティス殿下の身体が、ベッドへゆったりと沈み込んでいく。唇からは温かな熱がじんわり流れてくる感触。そのままじっとしていると、冷たかったはずの殿下の唇にも熱が戻ってきた。
「……んっ」
身じろぎする気配を感じ、私は唇を這わせたまま目線だけをあげた。すると見開かれた藍色の瞳にぶつかった。
(なんて綺麗な色なんだろう。さっきも思ったけど、近くで見たらもっと……)
そんな感想をふんわり抱いていると、突然私の身体が押しやられた。
「おいっ、いつまでそうしているんだ!」
虚だった瞳が鋭さを纏って、私を射抜いていた。いったい何が起きたのかわからぬままぽかんとする私の前に、王妃陛下が割り込んだ。
「カーティス! 意識が戻ったのね? 気分はどう?」
「母上、なぜここに……!」
起きあがろうとしたカーティス殿下は、部屋の様子にぎょっとしたように顔を顰めた。
「いったいなんだ! なんで皆いるんだ!」
「あなたが魔力暴走を起こしたから、治療のために集まってくれたのですよ。いつものことでしょう」
ほっとしながらもまだ息子を気遣う王妃陛下の側で、バルト伯爵が驚いたように唸った。
「信じられん……以前は魔道士3人がかりで治癒魔法をかけ続けても、回復するまでに1時間近くかかっていたというのに。ほんの2分足らずでこの結果とは!」
その台詞に、皆の視線が私に集まった。王妃陛下がはっとした様子で私の手をとった。
「そうだわ。これもすべてあなたのおかげよ。ユーファミア嬢と言ったわね? カーティスがこんなに早く回復するのは奇跡的なこと。どうかこれからも息子の側にいてあげてね」
貴族の頂点に立つ麗しい女性にそう乞われれば、末端貴族の自分はただただ言葉なく頷くしかない。言葉を返そうにもなんと返したらよいのかもわからない。
おろおろと大人たちにされるがままの私の前で、ベッドから起き上がった殿下はまたしても「ふんっ」と顔を顰めた。
「頭痛がする。皆出ていってくれないか」
「まぁ大変! 後遺症かしら」
「母上もです! 私は大丈夫ですから、ひとりにしてください」
「いや、殿下。このまま魔道士と医師の診察を受けていただきますぞ。新しい治療を受けられたのですからな。御身に異常がないか確認せねば……」
「だから! 私は大丈夫だと言っている! 出ていってくれ……おまえもだ」
唸るような最後の一言は、王妃陛下とバルト伯爵の背後で立ちすくむ私に向かって投げられたことに、愚鈍な私でも気付かぬはずはなかった。
その後私も魔術師と医師の診察を受け、異常なしだと確認された。驚異的な回復を見せた殿下も、問題なく過ごされているとのことだった。
殿下の唇を通じて感じた感触について魔道士に応えを求められたが、いくら王家の命令とはいえ、事細かに話すことが恥ずかしくて仕方なかった。せめて女性の魔道士をという私の懇願はなんとか叶えられ、母親より年上と思われる女性魔道士2人が私の証言を書き留めた。これはカーティス殿下のカルテとして後世に語り継がれるそうだ。私の名とともに。王家と一部の高位魔道士のみが閲覧可能な管理がされるとはいえ、遠い未来にまでそんな辱めが伝わるのかと思うとなんとも居た堪れない。
こうして私の初仕事は無事に終わった。私のファーストキスも終わってしまったことについては、敢えて考えないようにした。
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