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本編
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自分の命が関わっているとまで言われたのに、状況をよく理解していない私に、殿下は丁寧に説明してくれた。
「王宮には魔道士たちによって巨大な結界が張られている。それは外からのあらゆる攻撃から私たち王族を守るためだ。そして中からの行動も制限されることになる。例えば、王宮から外へ放つ伝令魔法はすべて監視されているから、おいそれと密命を飛ばすこともできない」
政治の中枢でもある王宮内では様々な伝令魔法が飛び交うが、それらはすべて監視下にある。だから人に知られたくない内容は王宮内では飛ばさないのが常識だ。
「おまえの失踪に魔道士が絡んでいることは想定済みだった。周到な計画が張り巡らされていることも。その状況であの女を野放しにすればどうなるか……。おまえを人知れず殺す命令を出してもおかしくないと、私は判断した。だから父上に頼んであの女の捕縛命令を出してもらおうとしたのだが、明確な罪が立証されているわけでもない状況でそれはできないと突っぱねられた。カイエンとあの女の証言だけならまだしも、おまえが綴った手紙もあったからな。マクレガー宰相などは“リブレ子爵令嬢がご自分の意思で王宮を辞したと見るべき”と主張してきやがった」
誰もが、ユーファミア・リブレは王家との契約が満期を迎えた後、学友たちの助けを借りてひっそりと王宮を辞したと、そう思い込まされていた。メラニア様とカイエン様がそれを主張し、証拠の手紙を見せた。その状況で殿下だけが、私の行動をおかしいと感じ、捜索するよう叫び続けた。だがその声はどこにも届かずに。
「ならば自分で探し出そうと意を決した。魔力をフル展開させておまえや自分の気配を辿ろうと」
既に日が暮れた王宮の一室で、己の力を研ぎ澄ませながら気配を辿る。じりじりと時間ばかりが過ぎ、夜半となったそのときーーー。
「微かだが、私自身の魔力が展開されたのを察した。そしてーーーおまえが私の名を呼んだ気がした。だから私は飛んだ」
「飛んだ……」
その言葉と、あの森で男たちに襲われていた私を掬い上げてくれた逞しい腕とが重なる。王都から遠く離れた森の中で、確かに殿下は飛んできたかのように突如として現れた。
「そうです、なぜ殿下はあそこにいらしたのですか? 王都から1日以上は離れている場所だったのに」
気がつけば王宮の見慣れた部屋にいたこともそうだ。すっかり意識から抜けていたけれど、見過ごせない事象だった。
「4代前のイゴール王にも、その前に現れた桁外れな魔力持ちの王族にも、皆に共通する力がある。これは王家の秘事として、国主となる者とその伴侶にしか語り継がれない事実だーーー」
殿下は一度言葉を切り、そして深い藍色の瞳で私を射抜いた。
「私は転移魔法が使える」
「転移、魔法?」
聞き覚えのある言葉だった。それは学院のとある魔法学の授業で出てきた言葉。その授業で習うのは、不可能とされる魔法とその原理だ。たとえば、伝令魔法が可能なのに人や物を転移させることがなぜ不可能なのか、などといったことを学ぶ。
「……転移魔法は不可能だと習いました」
「一般的にはな。使えるのは現代では私だけだろうな。現代だけでなく、どの時代でも、魔力量が過多な王族だけに開花する能力らしい。自分でもそんなバカなと思っていたが……2日前、成人したと同時に使えるようになっていた。どういう原理で成り立っているのかまではわからん」
「それって、とてつもなく凄いことなのでは……」
「あぁ、とてつもなく凄いことなんだろうな」
転移が可能となればあらゆる魔法学の基礎が型崩れになってしまうほどの大発見だ。魔力なしの私でもそれがどれほどのことなのかわかる。
「だがこの能力は公には決してできぬ。まさしく王家の秘事なのでな。これが広まればどうなるかーーーわからぬはずはあるまい?」
「……」
この魔法にせよ、あらゆる「不可能」とされている魔法がなぜ不可能なのか。それは悪用された場合の恐ろしさを考えればわかる。転移魔法が可能なら、戦時下に敵将の陣地に乗り込みその首を獲ることなど容易い。そんなことが横行すればあらゆる国が滅んでしまう。
私は生唾を飲み込んだ。これは触れてはならぬことだ。意識して追い出そうと考えを巡らす。
そして思いついた疑問があった。
「殿下はなぜ、私があそこにいると気が付かれたのですか?」
「正確に言うと私が気づいたのはおまえの気配じゃない、私自身の魔力の発露だ。おまえ、あそこで何か私の魔力を放出するような行動をしなかったか?」
「殿下の魔力……あっ!」
ひとつだけ、思い当たる節があった。男たちに羽交い締めにされ、詰襟の夜着代わりのワンピースが破かれたとき、胸元のポケットからこぼれ落ちた一枚の用紙。
「殿下の書かれた伝令魔法の魔法陣……」
多くの者が使える伝令魔法だが、魔力なしの私は当然使えなかった。そんな私のために、学院や王宮で使える伝令魔法の魔法陣を支給してもらっていた。殿下と24時間行動を共にする契約で動いていた私だが、ときにそうできない場合もある。もしものときに伝令が飛ばせるようにとなるべく持ち歩くようにしていた。ワンピースのポケットにそれを入れていたのは単なる保険だ。夜に殿下の魔力暴走が起きた際、隣室からすぐに駆けつけて治療に当たっていた。外に侍従の方々を始め多くの使用人たちが控えている状況で、私が伝令魔法を使わなければならないことなど起きるはずもないが、万が一ということがある。
それがいつもの癖で、あのポケットに入れていた。服が破られ、飛び出した魔法陣の用紙が指に触れたとき、私は確かに殿下の名を呼んだ。おそらくそれがきっかけで魔法が発動したのだ。
「でも、距離がありました。魔法陣を使った魔法が作用する範囲はせいぜい建物ひとつ分くらいです」
「だろうな。だが、私は間違いなく自分の魔力の気配とおまえの声を拾った」
それはありえない話。だが、現実に殿下はあの場所に現れ、私を救ってくれた。
「魔法でも解決できぬものを、人は奇跡と言うのだろうな」
「奇跡……」
現実味のないその響きが思いのほかしっくりきて、私はそうかもしれないと思わずにいられなかった。
「王宮には魔道士たちによって巨大な結界が張られている。それは外からのあらゆる攻撃から私たち王族を守るためだ。そして中からの行動も制限されることになる。例えば、王宮から外へ放つ伝令魔法はすべて監視されているから、おいそれと密命を飛ばすこともできない」
政治の中枢でもある王宮内では様々な伝令魔法が飛び交うが、それらはすべて監視下にある。だから人に知られたくない内容は王宮内では飛ばさないのが常識だ。
「おまえの失踪に魔道士が絡んでいることは想定済みだった。周到な計画が張り巡らされていることも。その状況であの女を野放しにすればどうなるか……。おまえを人知れず殺す命令を出してもおかしくないと、私は判断した。だから父上に頼んであの女の捕縛命令を出してもらおうとしたのだが、明確な罪が立証されているわけでもない状況でそれはできないと突っぱねられた。カイエンとあの女の証言だけならまだしも、おまえが綴った手紙もあったからな。マクレガー宰相などは“リブレ子爵令嬢がご自分の意思で王宮を辞したと見るべき”と主張してきやがった」
誰もが、ユーファミア・リブレは王家との契約が満期を迎えた後、学友たちの助けを借りてひっそりと王宮を辞したと、そう思い込まされていた。メラニア様とカイエン様がそれを主張し、証拠の手紙を見せた。その状況で殿下だけが、私の行動をおかしいと感じ、捜索するよう叫び続けた。だがその声はどこにも届かずに。
「ならば自分で探し出そうと意を決した。魔力をフル展開させておまえや自分の気配を辿ろうと」
既に日が暮れた王宮の一室で、己の力を研ぎ澄ませながら気配を辿る。じりじりと時間ばかりが過ぎ、夜半となったそのときーーー。
「微かだが、私自身の魔力が展開されたのを察した。そしてーーーおまえが私の名を呼んだ気がした。だから私は飛んだ」
「飛んだ……」
その言葉と、あの森で男たちに襲われていた私を掬い上げてくれた逞しい腕とが重なる。王都から遠く離れた森の中で、確かに殿下は飛んできたかのように突如として現れた。
「そうです、なぜ殿下はあそこにいらしたのですか? 王都から1日以上は離れている場所だったのに」
気がつけば王宮の見慣れた部屋にいたこともそうだ。すっかり意識から抜けていたけれど、見過ごせない事象だった。
「4代前のイゴール王にも、その前に現れた桁外れな魔力持ちの王族にも、皆に共通する力がある。これは王家の秘事として、国主となる者とその伴侶にしか語り継がれない事実だーーー」
殿下は一度言葉を切り、そして深い藍色の瞳で私を射抜いた。
「私は転移魔法が使える」
「転移、魔法?」
聞き覚えのある言葉だった。それは学院のとある魔法学の授業で出てきた言葉。その授業で習うのは、不可能とされる魔法とその原理だ。たとえば、伝令魔法が可能なのに人や物を転移させることがなぜ不可能なのか、などといったことを学ぶ。
「……転移魔法は不可能だと習いました」
「一般的にはな。使えるのは現代では私だけだろうな。現代だけでなく、どの時代でも、魔力量が過多な王族だけに開花する能力らしい。自分でもそんなバカなと思っていたが……2日前、成人したと同時に使えるようになっていた。どういう原理で成り立っているのかまではわからん」
「それって、とてつもなく凄いことなのでは……」
「あぁ、とてつもなく凄いことなんだろうな」
転移が可能となればあらゆる魔法学の基礎が型崩れになってしまうほどの大発見だ。魔力なしの私でもそれがどれほどのことなのかわかる。
「だがこの能力は公には決してできぬ。まさしく王家の秘事なのでな。これが広まればどうなるかーーーわからぬはずはあるまい?」
「……」
この魔法にせよ、あらゆる「不可能」とされている魔法がなぜ不可能なのか。それは悪用された場合の恐ろしさを考えればわかる。転移魔法が可能なら、戦時下に敵将の陣地に乗り込みその首を獲ることなど容易い。そんなことが横行すればあらゆる国が滅んでしまう。
私は生唾を飲み込んだ。これは触れてはならぬことだ。意識して追い出そうと考えを巡らす。
そして思いついた疑問があった。
「殿下はなぜ、私があそこにいると気が付かれたのですか?」
「正確に言うと私が気づいたのはおまえの気配じゃない、私自身の魔力の発露だ。おまえ、あそこで何か私の魔力を放出するような行動をしなかったか?」
「殿下の魔力……あっ!」
ひとつだけ、思い当たる節があった。男たちに羽交い締めにされ、詰襟の夜着代わりのワンピースが破かれたとき、胸元のポケットからこぼれ落ちた一枚の用紙。
「殿下の書かれた伝令魔法の魔法陣……」
多くの者が使える伝令魔法だが、魔力なしの私は当然使えなかった。そんな私のために、学院や王宮で使える伝令魔法の魔法陣を支給してもらっていた。殿下と24時間行動を共にする契約で動いていた私だが、ときにそうできない場合もある。もしものときに伝令が飛ばせるようにとなるべく持ち歩くようにしていた。ワンピースのポケットにそれを入れていたのは単なる保険だ。夜に殿下の魔力暴走が起きた際、隣室からすぐに駆けつけて治療に当たっていた。外に侍従の方々を始め多くの使用人たちが控えている状況で、私が伝令魔法を使わなければならないことなど起きるはずもないが、万が一ということがある。
それがいつもの癖で、あのポケットに入れていた。服が破られ、飛び出した魔法陣の用紙が指に触れたとき、私は確かに殿下の名を呼んだ。おそらくそれがきっかけで魔法が発動したのだ。
「でも、距離がありました。魔法陣を使った魔法が作用する範囲はせいぜい建物ひとつ分くらいです」
「だろうな。だが、私は間違いなく自分の魔力の気配とおまえの声を拾った」
それはありえない話。だが、現実に殿下はあの場所に現れ、私を救ってくれた。
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