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欲望の果 第七章・傷心(11)
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一旦大阪に戻った森岡だったが、伊能剛史から上京の催促を受け、翌週には再び東京へ出向いた。
電話でのあらたまった物言いに、先の要請に対する返答だとわかっていた。要請時の感触は良かったが、正式な返答を前に森岡は気が引き締まる思いだった。
ブックメーカー事業は、一歩間違えば命取りとなる危険を伴う。森岡にとって元キャリア警察官である伊能の協力は不可欠であった。
指定されたホテルの着き、ロビーのソファー座る伊能を看とめた森岡の目から驚きの光が放たれた。伊能の傍らに、喫茶店エトワールで花岡組の組員と口論していた高井がいたのである。
「貴方は、高井さんではないですか」
驚く森岡に、
「申し訳ありません。この方は高井ではなく、本当は蒲生貴市(きいち)さんと申しまして、私の大先輩に当る方なのです」
伊能が詫びるように紹介した。
「蒲生? まさか」
森岡は唖然とした顔つきで呟いた。
「蒲生貴市さんは、亮太君の叔父に当ります」
「大先輩ということは、高井さん、いや蒲生さんが私の命の恩人でしたか」
「はて、何のことでしょう」
蒲生貴市は訝しげに訊いた。
「貴方が、お盆休みに戻った亮太君を一喝されたので命拾いしたのです」
と、森岡は浜浦での襲撃の一件を話した。
「なんと……」
蒲生貴市は言葉を失うと、
「それは命拾いとは言いません。むしろ、亮太の大失態となるところでした。このような不出来な甥を雇って頂き、誠に恐縮です」
深々と腰を折った。
「しかも、貴方を騙した形になり、申し訳ないことを致しました」
と重ねて詫びた。
森岡は笑いながら首を横に降った。
「そのようなことより、蒲生さんがエトワールにいらっしゃったのは偶然ではないのですね」
その語調は、全てを察したものだった。
「御賢察のとおりです。貴方から手を組まないかとお誘いのがあった折に申し上げた、相談したい人物というのがこの蒲生さんでした。その後、甥の亮太君が警察を辞する決断をしたとき、私の事務所に入れて欲しいと願ったのですが、私は貴方を推薦したのです」
伊能が事情を話すと、
「すると、亮太は貴方に興味を持ちましてね。結果、お世話になったという次第です」
と、蒲生貴市が再び頭を下げた。
「いやあ、伊能君の話の後、亮太から直に接した貴方の人物像を聞いているうち、是非人物鑑定をしてみたいという欲求に駆られまして、大阪へ出向いたのです」
と事情を説明した蒲生貴市の横から、
「社長、この件に関しまして私は何も存じていません」
蒲生亮太が、思わぬ話の成り行きに必死の形相で弁解した。
「心配するな、それはわかっている」
肯いた森岡は、
「そうであれば、うちの女性社員の災難など放って置けば良いですのに、律儀なお方ですね」
と笑みを零す。
「しかし、そのお陰で貴方と親しく話ができ、失礼ながら十分に分析することができました」
蒲生貴市は何とも意味深長な物言いをした。
「それで、結果は如何でしたかな」
森岡は悪戯っぽい顔をした。蒲生貴市の眼鏡に適ったからこそ、この場に同席していることは言わずもがなである。
「ふふふ……森岡さんもお人が悪い」
蒲生貴市は声も無く笑った。
「森岡さん、申し出をお受けする条件が一つだけあります」
伊能の声があらたまった。
「伺いましょう」
「これはと思う人物は、私の判断で参加させて貰います」
「それは警察関係者ということですね」
「もちろんです」
「そうであれば、別会社を設立して、私の会社と取引関係を結び、売上の一定率を回しましょう。その範囲であれば、伊能さんの自由にどうぞ」
森岡は一も二も無く了承した。いまさら伊能を疑うべくもない。しかも元警察関係者の組織が背後にあれば、身の安全がより強固となる。森岡にとっては願っても無いことだった。
蜂矢六代目と寺島龍司が裏切ることは無いと思われる。
しかし、この二人の政権が十五年以上続けば問題ないが、八代目の案件が早まるようだと、安穏としておれなくなる。当然、森岡は寺島の後を峰松重一が継げるように後援するつもりだが、確実な保証などどこにもない。
もし、他の者が八代目に座れば、先行きは一気に不透明となる。森岡は、極道の世界が生易しいものではないことを知っている。寺島の跡目が事業奪取を目的に自分を亡き者にしようと画策しても何の不思議もないのだ。むしろ、峰松を後援した鞘当から、敵対行為に及ぶ可能性の方が高いと見るべきであろう。
そのとき、伊能が側近に居れば、少なくとも警察当局との関係を鑑み、慎重な行動を取らざるを得なくなる。
「お言葉に甘えまして、まずはこの蒲生貴市さんに参加を願おうと思います」
伊能は腹を決めた顔つきで言った。
「なるほど、相心寺貫主の一色を人物鑑定されたのも蒲生さんでしたか」
悟ったように言った森岡に、蒲生貴市が笑みを浮かべて肯いた。
電話でのあらたまった物言いに、先の要請に対する返答だとわかっていた。要請時の感触は良かったが、正式な返答を前に森岡は気が引き締まる思いだった。
ブックメーカー事業は、一歩間違えば命取りとなる危険を伴う。森岡にとって元キャリア警察官である伊能の協力は不可欠であった。
指定されたホテルの着き、ロビーのソファー座る伊能を看とめた森岡の目から驚きの光が放たれた。伊能の傍らに、喫茶店エトワールで花岡組の組員と口論していた高井がいたのである。
「貴方は、高井さんではないですか」
驚く森岡に、
「申し訳ありません。この方は高井ではなく、本当は蒲生貴市(きいち)さんと申しまして、私の大先輩に当る方なのです」
伊能が詫びるように紹介した。
「蒲生? まさか」
森岡は唖然とした顔つきで呟いた。
「蒲生貴市さんは、亮太君の叔父に当ります」
「大先輩ということは、高井さん、いや蒲生さんが私の命の恩人でしたか」
「はて、何のことでしょう」
蒲生貴市は訝しげに訊いた。
「貴方が、お盆休みに戻った亮太君を一喝されたので命拾いしたのです」
と、森岡は浜浦での襲撃の一件を話した。
「なんと……」
蒲生貴市は言葉を失うと、
「それは命拾いとは言いません。むしろ、亮太の大失態となるところでした。このような不出来な甥を雇って頂き、誠に恐縮です」
深々と腰を折った。
「しかも、貴方を騙した形になり、申し訳ないことを致しました」
と重ねて詫びた。
森岡は笑いながら首を横に降った。
「そのようなことより、蒲生さんがエトワールにいらっしゃったのは偶然ではないのですね」
その語調は、全てを察したものだった。
「御賢察のとおりです。貴方から手を組まないかとお誘いのがあった折に申し上げた、相談したい人物というのがこの蒲生さんでした。その後、甥の亮太君が警察を辞する決断をしたとき、私の事務所に入れて欲しいと願ったのですが、私は貴方を推薦したのです」
伊能が事情を話すと、
「すると、亮太は貴方に興味を持ちましてね。結果、お世話になったという次第です」
と、蒲生貴市が再び頭を下げた。
「いやあ、伊能君の話の後、亮太から直に接した貴方の人物像を聞いているうち、是非人物鑑定をしてみたいという欲求に駆られまして、大阪へ出向いたのです」
と事情を説明した蒲生貴市の横から、
「社長、この件に関しまして私は何も存じていません」
蒲生亮太が、思わぬ話の成り行きに必死の形相で弁解した。
「心配するな、それはわかっている」
肯いた森岡は、
「そうであれば、うちの女性社員の災難など放って置けば良いですのに、律儀なお方ですね」
と笑みを零す。
「しかし、そのお陰で貴方と親しく話ができ、失礼ながら十分に分析することができました」
蒲生貴市は何とも意味深長な物言いをした。
「それで、結果は如何でしたかな」
森岡は悪戯っぽい顔をした。蒲生貴市の眼鏡に適ったからこそ、この場に同席していることは言わずもがなである。
「ふふふ……森岡さんもお人が悪い」
蒲生貴市は声も無く笑った。
「森岡さん、申し出をお受けする条件が一つだけあります」
伊能の声があらたまった。
「伺いましょう」
「これはと思う人物は、私の判断で参加させて貰います」
「それは警察関係者ということですね」
「もちろんです」
「そうであれば、別会社を設立して、私の会社と取引関係を結び、売上の一定率を回しましょう。その範囲であれば、伊能さんの自由にどうぞ」
森岡は一も二も無く了承した。いまさら伊能を疑うべくもない。しかも元警察関係者の組織が背後にあれば、身の安全がより強固となる。森岡にとっては願っても無いことだった。
蜂矢六代目と寺島龍司が裏切ることは無いと思われる。
しかし、この二人の政権が十五年以上続けば問題ないが、八代目の案件が早まるようだと、安穏としておれなくなる。当然、森岡は寺島の後を峰松重一が継げるように後援するつもりだが、確実な保証などどこにもない。
もし、他の者が八代目に座れば、先行きは一気に不透明となる。森岡は、極道の世界が生易しいものではないことを知っている。寺島の跡目が事業奪取を目的に自分を亡き者にしようと画策しても何の不思議もないのだ。むしろ、峰松を後援した鞘当から、敵対行為に及ぶ可能性の方が高いと見るべきであろう。
そのとき、伊能が側近に居れば、少なくとも警察当局との関係を鑑み、慎重な行動を取らざるを得なくなる。
「お言葉に甘えまして、まずはこの蒲生貴市さんに参加を願おうと思います」
伊能は腹を決めた顔つきで言った。
「なるほど、相心寺貫主の一色を人物鑑定されたのも蒲生さんでしたか」
悟ったように言った森岡に、蒲生貴市が笑みを浮かべて肯いた。
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