報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう

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17 白い薔薇の咲く庭園で

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 舞踏会が開催される広間には、今日も変わらず絢爛豪華な装飾と、優美な人々が揃っていた。ロザリーが入ると、会場中の視線が浴びせられる。

 一体彼女は、どこの令嬢かしら? あんな方、昨日までいた? とても素敵な方だわ。
 そんな会話がなされていて、ロザリーは心の中で謝罪した。

(ごめんなさい、わたしはただの平民なのに。この格好のせいね。馬子にも衣装ってところだわ)

 周囲を騙しているようで気が引ける。ガワばかり見事でも中身は単なる町娘なのだ。居心地の悪さを覚えつつ、踊りに誘う男性たちをなんとか躱しながら、アルフォンスが現れるのを待った。
 と、会場の温度がにわかに上がる。王が登場したのだ。なんと傍らに、友好国の姫を伴って。
 
 ――お似合いのお二人。

 周囲のそんな声を聞いてロザリーの胸がちくりと痛むが、すぐに違和感を知る。

(あの方は、偽者のほうだわ)

 現れた王は、アルフォンス本人ではないと気がついた。だってアルフォンスは、あんなに明るく爽やかに笑わない。
 この三日のうちに、ロザリーは今のアルフォンスの性格についてなんとなく分かってきた。少し卑屈でひねくれていて、それでも昔と変わらない情熱を、胸の内に秘めている人だった。
 
(聞きたいことが山程あるのに。そもそもわたしを呼んだのはそちらの方なのに。……わたしのことは、もう忘れてしまったのかしら)

 ため息が出かけるのを諌める。嫉妬や失望する権利は自分にはないのだから。
 今すぐ彼に会いたい。彼に触れて、その存在を確かめたい。心の底からそう考えて、考えた自分に戸惑った。
 
(わたし、あの人に、後戻りができないくらいに恋をしてしまったんだ)

 悲しくなるほどに、彼を想い焦がれている。止め方なんて分からなかった。恋心なんて、気がついた時には手遅れだ。
 背後から声をかけられたのは、ロザリーが心臓の音を諌めるために両手を胸に当てた瞬間だった。

「ロザリー・ベルトレード様」

 名前を呼ばれて振り返ると、アルフォンスの側近の一人らしき男性が立っていた。彼は小声で耳打ちする。

「陛下より伝言です。例の場所で待つと」

 ロザリーは、会場を飛び出した。
 

 アルフォンスがどこにいるかは分かっていた。ロザリーが迷うこと無く白薔薇庭園に向かうと、初めて会った日と同じように、彼は椅子に座っていた。昨日の戦闘を物語るような怪我はなかった。
 彼は憂いを帯びた表情で、悩ましく思案するかのように、やはり前方の、深い穴を見つめていた。

 その静かな佇まいを見るだけで、ロザリーの胸には切なさが広がる。
 生まれる前からずっと彼を待っていたのだと、それだけを、感じていた。
 声を掛ける前に、彼はこちらに目を向けて、ロザリーを見て微かに笑い、立ち上がった。

「おいで」

 柔らかな声だった。怒りも、悲しみもないように思えた。

 ロザリーは彼の隣に行くと、差し出された腕に、そっと手を添えた。逞しくて温かい。
 たったそれだけのことなのに、ずっと待ち望んでいたかのように、体がびくりと震えてしまう。平静さを装って、彼に合わせて歩き始めた。

 橙色の太陽が白い薔薇を照らしていた。庭の西は既に陰り、夕闇が夜に姿を変えようとしている。
 薔薇園はオフィーリアの記憶の中と同じように広大だ。むしろ更に広がっているようにも思える。手入れをされた薔薇はどれも美しく、その香りに包まれながらしばらく二人は無言で歩いていた。
 不快な沈黙ではなかった。アルフォンスが隣にいると思えば、静寂さえも心地が良かった。

 先に口を開いたのはアルフォンスの方だった。

「どこから話そうかと、ずっと考えていたんだ。まだ、決めかねているが……」
 
 応じるように、ロザリーは一番の気がかりを尋ねた。

「ジルヴァは――あの人は、どうなったのでしょうか。消えたのですか?」

 ジルヴァの名を出した途端、アルフォンスの体が強張る。

「あの男は死んだ」

 断固たる口調だった。アルフォンスの態度から、既にジルヴァが消え去ったということは確かだろうと思ったが、それでもロザリーには分からないことが多かった。

「だけど、どうやって? どうやってジルヴァを倒せたんです」

「セオが、あの男とともに自害したからだ。肉体の死に伴って、中にあった魂が消滅した。だからあの男はもうどこにもいない」

 ロザリーは不安に駆られて足を止めた。

「でも……だけど、セオさんは生きているんでしょう?」

 懇願にも似た口調で尋ねると、アルフォンスは頷いた。

「危ういところではあったが、生きている。今日も話した。消沈はしているが、怪我はない。今は部屋で休ませている」

 セオの無事を改めて聞き、ロザリーは心の底から安堵した。彼は大切な友人で、そうしてジルヴァに利用された被害者だった。

「あの時、わたしは死んだのかと思いました。わたしは、結局役立たずでした」

 こうして生きていることも、奇跡のように感じる。アルフォンスは首を横に振った。

「役立たずなどとんでもないことだ。君がいたからジルヴァに打ち勝つことができたんだ」

 意味が分からず反応できずにいると、アルフォンスは笑った。

「君が私とセオの間に割って入り、セオの剣が君を貫いた。彼はそのことに計り知れない衝撃を受け、一時的にジルヴァの洗脳が解けたんだ。だから彼は、死を選んだ。君の命を、自分の命で贖うために。
 ……セオを救ったのは君の勇気だ。君は、王以上の器を持っているよ。私達はあの時、自分のことしか考えておらず、本気で互いを殺すつもりだったから。私では、彼を救えなかった」

 ロザリーは唇を噛み締めた。あれは勇気などなかったし、褒められる筋合いもない。それでもセオもアルフォンスも生きているということを安堵し喜んでいた。
 そうして同時に頭を掠めた疑問があったが、口にする前にアルフォンスが言ったひと言で、引っ込んでしまう。

「弟は君に本気で恋をしていたらしい」

 弟、その言葉を反芻する。セオがアルフォンスを兄と呼んだのを、ロザリーも覚えている。

「セオさんは、あなたの……?」

 ああ、とアルフォンスは頷いた。

「実弟だ。腹違いではあるが」
 
 ロザリーは二人の瞳を頭の中で並べてみる。二人とも、よく似た青い、美しい目をしていた。アルフォンスは続ける。
 
「そしてジルヴァも、父が愛妾に産ませた子供だった。王家の恥……というよりは父の恥だ」

「まさか!」

 それにはロザリーも目を丸くした。
 オフィーリアとして生きていた時も、まるで知らない事実だったからだ。

「我が国では王を継ぐのは正妻の産んだ子のみという伝統があったが、正室に子供ができない場合、王の弟が継ぐことになっていた。弟がいない場合は、近しい親族で、やはり正妻が産んだ子だ。
 当時、どのような会議が持たれたのか知らないが、世継ぎ問題は常に喫緊の課題だ。その頃、私の母に子供はいなかったこともあったのだろう。故にジルヴァは王の弟――私の叔父として生きることになった。
 私がそれを知ったのは、ジルヴァの死後だ。だが彼はもっと前から知っていたのではないかと思わずにはいられない」

 ロザリーもジルヴァのことを考えた。彼があれほど歪んだ感情をアルフォンスに向けたのは、そういった事実も含んでの上だったのだろうか。
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