だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう

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わたくし、連れ戻されますわ

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 外は夕闇に包まれつつありました。建物が影を作り、それがウィルの体に重なって、彼という存在を、曖昧に隠してしまっているかのように見えました。
 突然のウィルの告白に、唖然としたまま、わたくしたちは家の中へと促されました。テーブルに家族全員でついたところで、震える声で、わたくしは問いました。

「なぜ、そんなことを言うのですか」

 ウィルは目線を下げました。

「真実ですから、お伝えしなくてはならないと思いました」

「あなたがわたくしの両親を殺す理由がありません!」

 キースさんもマーガレットさんも、顔面蒼白のまま、わたくしたち二人を見ています。ウィルは静かに言うだけです。

「金持ちが憎かった。これが動機です。
 そもそも、インターレイク家に俺が仕えていたのだって、あなたのお父上から金時計をかすめ取ろうとして捕まって、憐れみを受けたからです。恩はありましたが、同時に、そのような施しを受けたことを憎んでもいました。遥か高みから平民を見下すその態度が、俺には受け入れがたいものでした」

 そんな理由は、到底納得できるものではありませんでした。わたくしはさらに言いました。

「あなたの言っていることはおかしいですわ。ではなぜ、わたくしと結婚したのです。わたくしの知る、わたくしの夫はとても誠実な人です。仮に過去、殺人の過ちを犯してしまったとしても、その娘と結婚し愛を囁くような方ではありません」

「俺に誠実さはありません」

 無感情に彼は言います。

「どうして嘘を吐くのですか」

「……嘘ではありません」

「ではわたくしの目を見てそれを言ってくださいまし!」

 ようやく彼は顔を上げました。その瞳には、確固たる意思が潜んでいるように思えます。

「俺がやりました。本当のことです」

 殺人者の瞳が、これほど魅力的なのはおかしいでしょう? 彼のはずがありません。ですが胸の内に、微かな疑念が生じたのも確かです。だって犯してもいない罪を認める方が、この世のどこにいるというのですか?
 ――何か、きっと理由があるはずです。
 ですが時間がありませんでした。わたくしは決断しなくてはなりませんでした。
 迷ったのは一瞬だけで、ウェスト家の面々の顔を順に見てから、立ち上がりました。

「……逃げましょう」

 義弟と義妹が驚いたようにわたくしを見上げます。
 けれどわたくしは、言ってから何度も頷きました。これ以外に答えなどありません。

「きっとエドワード様はすぐに戻ってきます。その前に今から一家全員で逃げるのです! 地方へ……外国でも構いません。そこで一からやり直すんです!」

 ウィルの瞳が微かに揺れます。
 反論したのはキースさんでした。

「無茶言うなよメイベル! なんの準備もなく出ていけるわけがない。この家を捨てるのか? 第一、今のウィルの話を聞いて、どうしてそんな結論になるんだ!」

 けれどわたくしだって譲れません。ほとんど半狂乱になりながらわめきました。

「時間がありません、財産やお金なんて、また稼げば良いんです! 思い出だって、また作ればいいでしょう! ウィルの話の真偽なんて、今はどうでもいいのです。わたくし、皆さんを絶対に失いたくないのですわ! 何より大切なのですわ!」

 言ってから、わたくしは玄関の扉に手をかけて、背後を振り返り言いました。

「さあ、皆さん! この家から逃げましょう!」

 ですがわたくしの決意は、扉の外、すぐ目の前から聞こえた声により、あっけなく遮られてしまいました。

「残念だが、時間切れだメイベル」

 目の前には、見慣れた顔がありました。いつも通り金髪を後ろに束ね、ハンサムな顔を呆れさせている我が兄ジャスティンが、そこにいたのです。

「お兄様……」

 ジャスティンお兄様は、家の中にいるわたくしたちを見渡して、小さく苦笑しました。

「どうにもタイミングが良かったらしい。お前の元婚約者からすぐに僕と叔父に連絡が入った。さ、お前の家出もこれで仕舞いだ、もう逃げるのは無理だぞ。観念しろ」

 わたくしの体に怒りが走ります。

「観念などいたしません! 貴族令嬢メイベルは死にました。今ここにいるのはウィリアム・ウェストのただの妻です! さあ、そこをどいてくださいまし」

「そういう言い訳は、僕相手には通じるかもしれないけどな――。サイラス叔父の前では不可能だ」

 そう言ってお兄様が振り返った先にいる男性を見て、わたくしの背は凍りつきました。
 金髪を後ろに撫でつけて、その青い瞳の眼光は、いつだって氷のようにわたくしたちを貫きました。それなりの年齢だったはずです。氷像のように冷酷なお姿は、されどもいつまでも若々しく感じます。彼こそまさしくわたくしの叔父、サイラス・ハイマーだったのです。

「ジャスティン。この娘を黙らせて連れ戻せ」

 この人を前にすると、わたくしもお兄様もレティシアも、まったくおかしなことに、逆らうことができないのです。
 彼から体罰を受けたことはありません。けれど愛情を感じたこともありません。有無を言わせない冷酷な声色は、生まれた時から他人の上に立つことを、疑ってはいないようでした。

 お兄様がわたくしの腕を強い力で掴みました。

「帰るぞメイベル。これ以上周囲に迷惑をかけるな」

「嫌です! いやっ!」

 それからわたくしは、家の中へともう片方の手を伸ばしました。

「ウィル――! 助けて!」

 それはとっさの行為だったのかもしれません。ウィルははっとしたように立ち上がり、わたくしの肩を抱くと、そのままお兄様から引き剥がしました。
 お兄様は舌打ちをします。

「ウィル、お前、どっちの味方だ?」

「ジャスティン様、俺は――」

 ウィルが何かを言いかけた瞬間でした。叔父様の声が響きます。

「ウィリアム、私に逆らうつもりなのか。メイベルとこのまま、ままごとを続けるのか? 貴様の過去を、私はすべて知っているのだぞ」
 
 その声を聞いた時、ウィルの体が震えたことに気が付きました。ウィルはわたくしから手を離すと、ゆっくりと、一歩、遠ざかります。
 キースさんとマーガレットさんが、同時に息を呑むのがわかりました。
 ウィルはそのまま、深く、深く頭を下げます。そうしてあり得ないことを言いました。

「……金に目が眩みました。愛のない結婚です。ですが目論見が外れました。彼女は一銭の金も持っていなかった。気位の高い嫌な女で、彼女と体の関係などあるはずがありません」

「そんなはずがありません――むぐっ!」

 わたくしの悲鳴は、お兄様の手によって塞がれます。 

「見損なったぞウィル。だが、賢明な判断だ」

 お兄様の手を逃れたわたくしは、再び大声で言いました。

「わたくしとウィルは、愛し合っていたはずですわ!」

 二人の暮らしがどれほど幸福なものであったのか、ウィルだって知っているはずです。彼といる時間だけ、わたくしはわたくしでいられたのです。それはウィルだって同じはずでした。
 けれどウィルは、顔を少しも上げずに言うだけです。

「貴族など愛するはずがありません。メイベル様を、愛していません」

 は――と、叔父様が冷笑しました。

「ウィリアム、貴様の処遇は追って話そう。逃げようなどと考えるなよ」

 わめくわたくしは、半ば拉致のようにお兄様の腕に抱えられ、そのまま馬車へと乗せられました。
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