11 / 56
再会は偶然のミス
しおりを挟む国王が部屋を出てゲートを開いて帰ろとしたところ、「父上失礼します」と顔を覗かせたのはルシアンだった。
「「「!!!!」」」
「な……イブリア!?」
「はーーっ」と珍しくあからさまに面倒そうに長めの溜息を吐くと顔を嫌そうに歪めた。
「陛下なら居ないわ、早く行って下さい」
「待って、イブリア。王都にいるなら何故姿を見せない?」
「何故、もう婚約者でもない貴方に態々顔を見せる必要があるのでしょう?」
「……それは」
「イブリア、時間だ」
「公爵……、少し時間をくれないか?」
「私でなく娘に聞いて下さい殿下」
「イブリア……頼むよ、君と話したいんだ」
(今さら何を話すというのかしら、可笑しい人ね)
イブリアの苛立ちが分かるのか、ディートリヒはイブリアと目が合うと、肩を抱くように隣に立って「大丈夫ですか?」と心配そうに尋ねる。
「……ディートリヒ」
「ルシアン殿下、お久しぶりでございます」
「いつ戻った?」
「つい最近です、殿下」
「ーっイブリア!少し話そう!」
嫉妬心が隠そうにも隠し切れないルシアンは苛立ちを抑えるように、深く息を吸った。
一方、表情を変えないディートリヒはイブリアを見る時だけ視線が緩まる。
(何故、ディートリヒが側にいるんだ)
「イルザ様、イブリアお嬢様……いつでも開けます」
「そうだな、ディートリヒ。殿下……私共はまだ仕事がありますので失礼致します」
「失礼致します、殿下」
(ディートリヒ、相変わらず無礼な…….ゲート!?)
「イブリア、君のように高貴な女性に似合わないぞ!」
(ルシアンは何を言っているの?ディートのこと?)
「少なくとも、殿下よりは私に誠実ですわ」
「どう言う関係なんだ!?」
「大切な人よ」
「大切な人です」
「イブリア!!!」
ゲートをくぐる三人を追いかける訳にはいかずに、ルシアンはただ呆然とゲートが開いていた場所を眺めた。
「……何をしてるんだ私は」
(でも、別れてすぐにディートリヒを呼び戻すなんて……)
何故だか少しイブリアに裏切られた気がしたルシアンは、自分でも分からない感情に苛まれ、息苦しかった。
いつも自分だけを見つめて、多忙なはずなのに気遣ってくれたイブリア。
"王になれば……貴方の世界はまた変わります"
"なので、今しかできない事を、友との時間を過ごす事を私に否定する事はできません"
"友との関係を、未来に貴方の側にいる信頼できる人との関係を深めることには、私も賛成です"
執務が疎かになりそうだった時、ルシアンの為に補助に努めてくれたイブリア、諌めながらも将来、国王になると言う事を理解し決してルシアンを否定しなかった。
"けれど、執務を疎かにしてはいけませんよ"
"貴方の評価は、貴方が支えなければ……"
次々と思い出すイブリアの言葉、窮屈に思うたびセリエが慰めてくれたがイブリアはいつも、自ら身を粉にしてルシアンを支えながら耐えてくれていたのだと今更になって気付く。
それと同時に、セリエの心優しい言葉が甘美に心に響いた。
"貴方は王になるからと言って、気を張りすぎます"
"少しくらい、休んでもいいのです"
"イブリア様は少し気を張りすぎるから、ルシアンの負担になるのね……"
"皆があの人のように完璧ではありません……気になさらないで"
確かに、なんでも出来たイブリアに自分は劣るのではないかと不安になる事はあった。
けれども、自分の中では王になった自分にはイブリアありきの将来だった。
彼女が何でも完璧に出来た訳ではないのを忘れていた。
血の滲んだヒール、腫れ上がった手の甲に、隠れて泣いた後の腫れた目……
睡眠不足なのか、うっすらとある目の下のクマやたまに貧血気味で倒れそうなのに、立ち止まって我慢し平然を装う強情な所。
扇子を開いて立ち止まるその姿は、辛い筈なのに凛として美しかった。
すべて「もう慣れた」と言わんばかりの今のイブリアでさえも、
王宮に来なくなってから、久々に見た彼女の血色のいい顔色を見るだけで分かる。いまが幸せなのだと。
"ルシアン、平気でしたか?"
"怪我はありませんか?"
"楽しそうで良かったです"
(辛いのは自分のだった筈なのに、イブリア……)
歳を取ってからの子だったからか母はルシアンをひどく溺愛している。
王太子でありながら今までこんなにも自由で快適に暮らせてきたのは
(もしかしたら、その分イブリアが……)
「ルシアン……っ、ここに居ると聞いて、どうしたのですか?」
「セリエ……私は」
考えるのが嫌になった。
今はセリエの顔を見るのも嫌だったが、彼女の慈悲深い瞳と少し冷たい手は心地よかった。
煮えたぎる嫉妬心と自己嫌悪
「ルシアンは充分頑張っているじゃありませんか……お疲れなのですよ」
そう言って暖かい光を放ち、疲労回復の魔法をかけてくれるセリエはまさに憧れていた聖女そのものだったが、
(本当に疲れていたのは私ではなかったのかもしれない)
「貴方はとても素晴らしい人です、そんな所も愛しています……あっ」
「えっ……」
恥ずかしそうに頬を染めるセリエに驚く、何となく好意を感じてはいたがまさかセリエから「愛してる」と告げられるとは不意打ちだった。
美しい銀髪がサラリと揺れて、爽やかな緑目は恥ずかしそうに伏せられている。
淡い桃色の唇が物欲しげに少し開いて、「ルシアンを慕っています」と呟いた。
イブリアをこんなにも手放したくないのに、彼女に惹かれてしまう自分はまるで逃げ道を探しているようだと思った。
けれど、この優しいも深いセリエの愛を受け入れないのは惜しいとも感じた。
「私は……」
「返事はいりません。ずっと待っています。ルシアンを想って……」
そう言って柔らかい唇が触れるか触れないかの距離で微かに合わさると、セリエは「先に行きます」といそいそと部屋を出ていった。
セリエを受け入れれば、イブリアは完璧に手放さねばならない。
聖女の甘美な誘惑に熱くなる体温と、イブリアを失うことを恐れ冷たくなる頭の中は矛盾して、反発し合う。
(疲れた……部屋に戻ろう)
161
あなたにおすすめの小説
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる