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万能ではない力
しおりを挟むディートリヒは侯爵位と、バロウズ領であるアフェットを北に進んだ国境に面したノクティスを侯爵領として賜った。
資源富める領地では無いが、彼にとってバロウズ公爵領と隣国との間に位置するノクティスを守護する役目は満足のいくものだった。
勿論バロウズにとっても、王家や他家が自領に近いノクティスを所有するよりもディートリヒが構えている方が安心でもあった。
魔法騎士団への所属により、王宮からの干渉も最小限だ。
魔塔の代わりを担う魔法騎士団は万が一に王家の暴走を止める立ち位置である為にディートリヒが主を王家に移す必要も無かった。
驚いた事に、表向きには平等だがイブリアを可愛がっていた国王はルシアンの償いも兼ねてなのかバロウズとディートリヒとの関係をかなり考慮してくれた。
イルザはたった今用事を終えて王宮の応接室から出てきたディートリヒを待っていた。
「ディートリヒ」
「イルザ様……」
「イブは、領地経営にも優れているぞ」
「それは……っ」
「まぁイブの気持ち次第だが。それと……いつでもバロウズに帰って来い。仕事の話や世間話をしよう」
「ありがとうございます、イルザ様」
「じゃあ私はお前達が大暴れした所為で、損ねた王妃殿下のご気分の後始末にでも行くとする」
「……すみません」
片手を挙げて振り返る事なく歩いて行ったイルザの背中は温かくて広い。
(父親が居ればこんな感じだろうか)
自分もやるべき事をせねばと、とりあえずバロウズ邸に戻る為王宮を歩くディートリヒに胸焼けするような甘い声が投げつけられた。
「ディートリヒ様っ……お疲れ様でした」
何処かおどおどしく、ふわりと彼女の動きに合わせて揺れる銀髪に、新緑のような瞳。
「また、貴女ですか」
「またって……、ただ大会の後ですのでお怪我は無いかとか思って」
「生憎、あの程度で怪我はしません。それと、貴女にひとつ……」
「ええ、何でしょうっ!?」
セリエはディートリヒから自分に向けて伝えられる言葉がどんなものだろうかと期待するが、彼がセリエに吐いた言葉は思っていたのとはかなり違った。
「僕は魔法には詳しいです。聖女についてもおおよそですが調べてみましたが……聖女には生まれつき魅了に似た力が備わっているらしいですが、貴女の力は万能では無い」
「な、何ですか突然!そんな事は分かっていますっ」
「人々を惑わせる力でない。聖女を負の感情から守る為に備わったものだ、貴女から離れてしまうと効果は無い」
(だから皆が私に恋するように努力してるのよ!)
「効果が薄いな近づいても大丈夫ですよね?私イブリア様ともディートリヒ様とも仲良くなりたくって……」
そう言ってディートリヒの右袖を摘んだセリエは唇を少し尖らせて見上げるように潤んだ瞳で見つめる。
「……結構です」
顔を青ざめさせて拒絶するように言ったディートリヒは警告と言わんばかりにセリエを睨んで振り払う。
「ディートリヒ様っ、どうしてそんなに敵視なさるんですか?」
「僕の愛しい人を傷つける全てが、僕の敵です。充分すぎる数の心を手に入れたら満足する事だ。僕にも彼女達にも近かないで下さい」
「そ、そんな……っ私、ディートリヒ様を慕っているの!」
「はぁ……まるで娼婦だな」
「はぁ!?」
セリエが声を荒げたところで、よく知った声がして振り返る。
「セリエ?……ディートリヒなぜお前が?」
「ルシアン殿下、陛下からの呼出で参りました」
「わ、私は偶々ディートリヒ様と会ったの」
「イブリアは?」
(私が他の男と二人きりで居たのに、何でイブリアなの!?)
「お気になさる事は何もありませんが」
「ルシアン?もう身体は大丈夫なの?」
「あぁ、セリエも懸命に治癒にとりかかってくれたと聞いたよ、ありがとう」
目を細めてあやすように言ったルシアンの笑顔にセリエは幾分か安心したがルシアンのそのあとの言葉によって突き落とされる。
頬を染め、まるで懐かしむように噛み締めるように眉間に皺を寄せ、切実な声色でディートリヒに言うルシアンの表情をセリエは初めて見たからだった。
「イブリアが治癒してくれたと聞いた……彼女は何か言っていたか?」
(はぁ?どう言う事よ、まるでイブリアを愛しているみたい!)
「いいえ、何も」
「そんな筈は……っ」
「ルシアン!イブリア様は、自分の騎士と戦った所為だから責任を取るために貴方を治癒しただけだと言っていたわ!」
「そうか……礼を贈っておこう」
残念そうに俯いたルシアンの腕を取って「行きましょう」と急かすセリエにディートリヒはまるで何かに焦っているようだと思った。
「あ」
「「??」」
ディートリヒが思い出したように引き止めた声に、勢いよく振り返ったセリエに続いてルシアンも振り返る。
表情を崩さぬまま、ディートリヒはセリエに向かって冷ややかな声で言った。
「ディートリヒ・シュテルン侯爵となりました。親しくない方に名を呼ばれるのは気分が良くありません。シュテルン侯爵とお呼び下さいセリエ殿」
「なっ!!」
「ディートリヒ、無礼だぞ」
「勝手に親しげに異性に身を寄せる者も無礼では?」
「……」
「る、ルシアンっ私そんなつもりじゃ……」
「ああ……分かっている」
「僕に触れていい女性はただ一人……」
「イブリア・バロウズという女性だけだと決めています」
「「!!」」
「ま、待てディートリヒ!!」
「……失礼します」
(イブリア、イブリアってきっとイブリア様こそ何か魅了を使ったに違いないわ!)
ドレスを握りしめて怒りに震えるセリエは、ルシアンが意気消沈したように小さな声で「行こう」と言うまで怒りに歪んだ顔を隠すように俯いていた。
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