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第60話 事実?
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朝ご飯をいっしょにとると、ユリウスは慌ただしく執務室へ消えていった。
しばらくはまた忙しい日々が続くのだろう。
私はそれを寂しいと思った。
寂しいなどと思ってはいけないと思っていた頃とはずいぶんと変わったのだと思った。
その日の午後の授業はお休みだった。
パーティーの時に賢者に言われていた。
どうやら賢者は今日はユリウスの執務の手伝いをするらしい。
だから今日は一日、自由な日だ。
私は寝室に戻り、例の袋を開いた。
筆記用具、宝石箱、刺繍箱、そして古びた本。
「……そういえば、そろそろ」
そろそろこの本を読めるようになっているのではないか?
私は本を開いた。
一行目にはこう記されていた。
『君がこの文字を読めないことを私は知っている。しかし、この本の後ろに文字が続く限り、私は君のことを思っていると、知っていてほしい』
不思議な書き出しだと思った。
まるでこれでは手紙のようだ。
しかしそれより、自分が文字をスラスラと読めるようになっていた。そちらの方が驚きだった。
私はベッドに腰掛け、本腰を入れて本をめくり始めた。
『君に初めて出会ったあの花畑。君はひとり、寂しそうに花を摘んでいたね。私が君に声をかけたのは、思えば偶然ではなかったのだろう。君に流れる血が、私を惹きつけたのだ』
これは、なんなのだろう。物語なのだろうか。
私の胸は妙にざわついた。
『幸せだった、君と過ごす時間は。君もそうであったと信じている。君の笑顔が私のまぶたに刻み込まれている。君との間に子供ができたときは幸せの絶頂だった。しかし君はやがて私を悲しみに突き落とした』
何かを、感じる。これは、この物語は、私の知っている物語ではないだろうか、と。
『君は私と来てはくれなかった。君はそちら側で生きることを選んだ。私は絶望のまま、君が子供を産むのを見届けてから、君の元を去った。私はあまりに長く君の側に居すぎたし、子供を育てるには私のようなものが君の側にいるのは不都合があった』
ああ、まるで、まるでそれは、どこかの誰かの一家のように。
『これから先に記すことは、君には何の関係もないことだろう。しかし、おそらく君の子供には関係してくる話だ。だから記そう。君の子供が文字を読める、その一縷の可能性に賭けて』
その子供は文字を読めるようになったのではないだろうか。今、まさに。
『私が君に手渡せるものが、ほんのわずかであることを心苦しく思う。それでもどうか君と子供が健やかであることを望む』
健やかとは、言いがたかった。
苦労を多くした。
最後は病で死んでいった。
『マリアベル』
ああ、それは、母の名前だ。
『ミラベル』
それは、私の名前だ。
本が呼び掛けてくる私達母子の名前に、私の手は震え出す。
『この本は私の記した言葉を遠方に届けてくれる。君たちが読んでいる古びた本に記されているのは正真正銘、私の言葉だ。これはそういう魔本なのだ』
私は思わず本を閉じていた。
背中に嫌な汗をかいていた。
しばらくはまた忙しい日々が続くのだろう。
私はそれを寂しいと思った。
寂しいなどと思ってはいけないと思っていた頃とはずいぶんと変わったのだと思った。
その日の午後の授業はお休みだった。
パーティーの時に賢者に言われていた。
どうやら賢者は今日はユリウスの執務の手伝いをするらしい。
だから今日は一日、自由な日だ。
私は寝室に戻り、例の袋を開いた。
筆記用具、宝石箱、刺繍箱、そして古びた本。
「……そういえば、そろそろ」
そろそろこの本を読めるようになっているのではないか?
私は本を開いた。
一行目にはこう記されていた。
『君がこの文字を読めないことを私は知っている。しかし、この本の後ろに文字が続く限り、私は君のことを思っていると、知っていてほしい』
不思議な書き出しだと思った。
まるでこれでは手紙のようだ。
しかしそれより、自分が文字をスラスラと読めるようになっていた。そちらの方が驚きだった。
私はベッドに腰掛け、本腰を入れて本をめくり始めた。
『君に初めて出会ったあの花畑。君はひとり、寂しそうに花を摘んでいたね。私が君に声をかけたのは、思えば偶然ではなかったのだろう。君に流れる血が、私を惹きつけたのだ』
これは、なんなのだろう。物語なのだろうか。
私の胸は妙にざわついた。
『幸せだった、君と過ごす時間は。君もそうであったと信じている。君の笑顔が私のまぶたに刻み込まれている。君との間に子供ができたときは幸せの絶頂だった。しかし君はやがて私を悲しみに突き落とした』
何かを、感じる。これは、この物語は、私の知っている物語ではないだろうか、と。
『君は私と来てはくれなかった。君はそちら側で生きることを選んだ。私は絶望のまま、君が子供を産むのを見届けてから、君の元を去った。私はあまりに長く君の側に居すぎたし、子供を育てるには私のようなものが君の側にいるのは不都合があった』
ああ、まるで、まるでそれは、どこかの誰かの一家のように。
『これから先に記すことは、君には何の関係もないことだろう。しかし、おそらく君の子供には関係してくる話だ。だから記そう。君の子供が文字を読める、その一縷の可能性に賭けて』
その子供は文字を読めるようになったのではないだろうか。今、まさに。
『私が君に手渡せるものが、ほんのわずかであることを心苦しく思う。それでもどうか君と子供が健やかであることを望む』
健やかとは、言いがたかった。
苦労を多くした。
最後は病で死んでいった。
『マリアベル』
ああ、それは、母の名前だ。
『ミラベル』
それは、私の名前だ。
本が呼び掛けてくる私達母子の名前に、私の手は震え出す。
『この本は私の記した言葉を遠方に届けてくれる。君たちが読んでいる古びた本に記されているのは正真正銘、私の言葉だ。これはそういう魔本なのだ』
私は思わず本を閉じていた。
背中に嫌な汗をかいていた。
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