『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾

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第66話 涙

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「……俺は魔王を継ぎ、執務室であの本を見つけた」

「あの本……」

「君の手元にあった魔本、その原本だ。先代の直筆のそれには君たちへの思いが綴られていた。……俺は次第に、自分が不当な位置に居るような気がしてきた」

「不当、だなんて……そんな……」

「そうでなくとも、ミラベルという少女の無事は気になった。人間界で幸せに生きていてくれるならそれでいい、でも、そうでなかったら? 何か不都合が生じていたら? そう思うとどうしてもいてもたってもいられず、俺はレヴィアタンとともに人間界に赴き、君を探した。君を見つけたとき……ああ、どれほどの怒りが心の底から湧いたことか」

 ユリウスの不機嫌そうな顔が思い出される。
 あれは私の窮状を怒っていたのだ。
 先代魔王、恩人の娘が、あんな場所で生きていることを。

「だから、有無を言わせず連れてきた。……魔王の子供を産んでくれ、というのは半ば本心だ。俺の子供というより、本当は君の子供で、さらに言えば、俺は先代の血を引く子供がほしかった……。その子を後継者にしたかった。……俺はそんな利己的な発想から君を抱いた。……すまない」

「謝らないで……それについては、謝らないで……間違いだった、みたいにしないで……」

 私は泣きそうになった。

「あなたに抱かれて……それで私、幸せだったの、理由がどうあれ……あなたと結ばれていくのが、う、嬉しかったの……だから、謝らないで……」

「……ああ、ありがとう」

 ユリウスは泣きそうな顔で微笑んだ。

「その内、俺は君のことを先代魔王の娘とは関係なく、心から思うようになったけれど、そうなっても本当のことを言わないできた……。君がどう思うか怖かった。君にどう思われるか、怖かったんだ」

「ユリウス……」

「……カーバンクルが君の宝石を回収したことがあっただろう?」

 あった。盗まれたのかと思った。肝が冷えた。
 あれは思えば父の宝石、つまり魔王城から持ち出された宝石だったわけだ。

「あれは本当は魔王城の宝石が、現魔王である俺の許可無く持ち出されていることをカーバンクルが問題としたんだ。……その機会に明かしてしまえばよかったのに、俺はやはり隠した」

「……そう、だったのね」

「……君が俺に簒奪したものを返せというなら返す。君こそ魔王の正当な血統だ。君が魔王になるのなら、アーダーベルトも文句はないだろう」

 ユリウスの目は真っ直ぐだった。
 そこに迷いはなく、私が返せと言えば、即座にこの部屋、魔王の部屋から出て行っただろう。

「……要らないわ。そんなもの」

 私は首を横に振った。

「……ミラベル」

「そんなもの……ほしくはないし、自分が魔王になれるとも思わない。……代われるものなら代わりたい。だってあなた、魔王であるせいで傷付く仕事ばかりしてるもの。……でも、あなた自身は魔王を続けたいのよね……?」

「……うん」

 うなずいたユリウスはやっぱりどこか迷子のようだった。
 魔王城で、迷子になり続ける魔王。
 寄る辺を失った私の魔王。
 必死にここで戦う、魔王様。

「ここは、あなたの城。あなたの寝室。あちらはあなたの妃の部屋。私はあなたの……魔王の王妃。それでいいわ。それがいいの。そういう風に、これからもいさせてくれる?」

「……君が、許してくれるなら」

 ユリウスはうつむいて、そう言った。

「もちろんよ」

「……うん」

 私はうつむいたユリウスの頬に手を添えて、持ち上げるように動かした。
 上を向いたユリウスの目からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。

 これを隠すためにうつむいたのだとわかった。

 私はその涙に指を伸ばした。

 この人の涙をぬぐってあげられる位置にいれることが何より幸せだった。

 そしてこの人がこれ以上、泣かなくていいようにと願った。

「ミラベル、愛している。始まりは、順序はめちゃくちゃだったけど……本当に……ただ、君という人物を、愛している」

「私も、あなたのことを愛しています」
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