『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾

文字の大きさ
56 / 105

第56話 ヴァンパイアの妹

しおりを挟む
 次にユリウスが向かったのは少女のところだった。

「こちらが見ての通りヴァンパイアの妹だ」

「…………」

 ヴァンパイアがふたりいるとき、どう呼べばいいのだろう?
 私はそれをニンフやシルフと接しているときはあまり気にしていなかった。
 最初に出会った頃はあまり見分けがつかなかったからだ。

 しかしこのヴァンパイア兄妹は性別が違うし、はっきりと見分けがつく。

「……ほら」

 兄の方が妹に何かを促した。

「……兄がお世話になっております。ヴァンパイア族のカーミラと申します」

「王妃のミラベルです……」

 つられてあいさつをしたが、カーミラ嬢は明らかに不機嫌だった。

「カーミラは今日も不機嫌だなあ」

 ユリウスは事もなげに笑った。
 ……いつも不機嫌で、しかしカーミラ嬢はユリウスのことが好き。
 つまりそれは照れているということではないのだろうか……。

「ああ、そうだ、王妃、言い忘れていたが、この程度の小規模なパーティーは私的な場に入る」

「ああ、そうだったのですね」

「ちなみに俺の名前はドラキュラと申します」

 それなりに長い付き合いになるが、ヴァンパイアの名前は初めて知った。

「…………」

「カーミラはこの通り少し無口だが、ドラキュラの妹だけあって頼りになるヴァンパイアだ」

「い、いえ……」

 カーミラ嬢は一気に照れたように顔を伏せた。

「カーミラ嬢、ぜひ、王妃の力になってやって欲しい」

「……………………はい」

 長い。長すぎる沈黙の後に、カーミラ嬢はうなずいた。

「よろしくお願いします、カーミラ嬢」

「……………………はい」

 明らかにこちらに向ける目が冷たい。
 いたたまれない。

 それに気付いているのかいないのか、ユリウスはそのまま半分しか体のない青年に足を向けた。

「こちらはニスナスだ」

「どうも、陛下、お妃様」

 ニスナスの声は見た目に反していたって普通だった。

「少しショッキングな見た目をしているが根は良いやつだ」

「照れますね」

 そう言ってニスナスは左の手で左の頭をかいた。

「……ええと、ニスナスさんは、あの、それが普通の形なのでしょうか……?」

「はい。私は悪魔と人間の子供の末裔です。我々は代々この形で生まれてきます」

「……え」

 悪魔と人間の子供がこの形になるのが普通なら、人間である私と魔王の子供はどうなるのだろう?
 今まで考えもしなかったことに思考が至る。

「ああ、ご心配には及びません。私の一族の場合、その初代悪魔シックがそもそも半分に割られていたからこうなっているので。きっと陛下とお妃様の子供は可愛らしいおふたり似ですよ」

「そ、そうですか」

「ニスナスはヴァンパイアと並んで俺の学友でもある」

「古いお付き合いなのですね」

「ああ」

「いやはや、まさか王子殿下がこのように可愛らしいお妃様を連れていらっしゃるとは……」

 ニスナスはしみじみと呟いた。

「どうぞ、お妃様、何かお力になれることがあれば、私にお声かけください。素速く移動することくらいしかできない私ですが、お役に立てるよう努力します」

「は、はい……」

「未知の魔族たちとのあいさつはこれで済んだな?」

 ユリウスがまとめにかかる。

「はい」

「それじゃあ、食事にしようか。お昼時だからな、お腹が空いているだろう、王妃」

「そうですね」

 パーティーの食事は立食形式だった。


 食事はニンフとシルフが取り分けてくれた。
 選んでいる内に、ユリウスとは少し離れてしまった。
 ユリウスはヴァンパイアといっしょにニスナスに何か話しかけていた。

 仕事の話かもしれない。昔なじみなら積もる話もあるのかもしれない。そう思うと近付けなかった。
 気を遣うようにニンフとシルフが話しかけてくる。

「四族と会話でもしましょうか、お妃様」

「そうね……」

 サラマンドラとノウムのいるテーブルに足を向けると、その進行方向にカーミラ嬢が立ちふさがった。

「あ、どうも……」

「…………」

 カーミラ嬢はじっと私を睨みつけてきた。

「…………」

「ええと……」

 どうしたらいいのだろう。
 カーミラ嬢はお世話になっているヴァンパイアの妹さんでもある。
 仲良くできるものならしておきたい。
 しかし彼女の態度はどう見ても険悪そのものだった。

「……ご、ご機嫌よう、カーミラ嬢……ええと、あの、パーティーは楽しんでいただけていますか?」

 なんとかその言葉を絞り出した。

「何をホスト面されてるのかしら、ろくに準備にも関わっていないくせに」

「……ご、ごめんなさい」

 返す言葉もなかった。
 ユリウスの開いたパーティーだ。もてなす側としての言動をしてみたけれど、彼女の言うとおりだった。
 これは私のためにわざわざ開いてもらったパーティー。
 彼女はわざわざ来てくれたお客様。
 もっと言い方があっただろう。

「……すぐ謝るのはどうかと思うわ。たとえ事実だろうと、お妃様に対して無礼な物言いなのは変わらないんだから」

 カーミラ嬢は不機嫌さを増した。

「…………ごめ、あ、いえ……。……ご忠告、感謝します」

「ふん。あなたの格が落ちれば、陛下の格も落ちるのよ。その自覚を持って行動を……痛い!?」

 カーミラ嬢の頭に手刀が落ちてきた。
 いつの間にかこちらに来ていたヴァンパイアによるものだった。

「いい加減にしろ! 申し訳ありません、愚妹があれこれと余計なことを」

 ヴァンパイアは自分も折り目正しく礼をしながら、カーミラ嬢の頭を無理矢理下げさせた。
 パーティーの視線がこちらに一斉に集まる。

「い、いえ、大丈夫。大丈夫よ、ヴァンパイア」

「なんだ、どうした」

 ユリウスがニスナスから離れて、きょとんとした顔で近寄ってきた。

「何でも無いわ! カーミラ嬢が私にパーティーでの礼儀を教えてくださったの。それが、その態度が、ヴァンパイアには無礼に見えたみたい」

「……そうか」

 ユリウスは困ったように私達を見た。

「……ドラキュラ、気持ちはわかるが、叱るのは裏側でするべきだ。大勢の前で恥をかかせるのはかわいそうだ。カーミラ、まずはありがとう、しかし、王妃はこれが初めてのパーティーなんだ。大目に見てやってほしい」

「はい、お騒がせして申し訳ない」

「……ごめんなさい」

 ヴァンパイアは折り目正しく、カーミラ嬢はどこかすねたように、そう言った。

「ふー……」

 私の初めてのパーティーはあまり上手くいったとは言いがたかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽
恋愛
「セレスティア、今度こそ君を幸せに…―――」 自身の執着により、妻を不遇の死に追いやった後悔を抱える伯爵・ウィリアム。 妻の死を嘆き悲しんだその翌日、目覚めた先に若い頃――名実ともに夫婦だった頃――の妻がいて…――。 本編完結。 完結後、妻視点投稿中。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしております。 ご投票頂けたら励みになります。 ムーンライトさんにも投稿しています。 (表紙:@roukoworks)

だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】 「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

閨から始まる拗らせ公爵の初恋

ボンボンP
恋愛
私、セシル・ルース・アロウイ伯爵令嬢は19歳で嫁ぐことになった。 何と相手は12歳年上の公爵様で再々婚の相手として⋯ 明日は結婚式なんだけど…夢の中で前世の私を見てしまった。 目が覚めても夢の中の前世は私の記憶としてしっかり残っていた。 流行りの転生というものなのか? でも私は乙女ゲームもライトノベルもほぼ接してこなかったのに! *マークは性表現があります ■マークは20年程前の過去話です side storyは本編 ■話の続きです。公爵家の話になります。 誤字が多くて、少し気になる箇所もあり現在少しずつ直しています。2025/7

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

犬猿の仲の政略結婚なのに、旦那様が別れてくれません。

屋月 トム伽
恋愛
没落寸前のせいで、次の爵位を継ぐ者が次から次へと放棄していき、縁談すらもない没落寸前のウォールヘイト伯爵家の最後の一人になったティアナ。仕方なく殿下に縁談をお願いすると、犬猿の仲のセルシスフィート伯爵家の次期伯爵ウォルト様との結婚が決ってしまった。 しかし、、ウォルト様の父であるセルシスフィート伯爵がティアナに提案してきたのは、三年だけの結婚。結婚相手の次期セルシスフィート伯爵であるウォルト様は、隣国に旅立ってしまい、不在のままでの一人結婚生活が始まった。 それから、一年以上過ぎると、急遽隣国から帰還したウォルト様。彼は、結婚生活を続けてほしいと提案してきて……。 ※カクヨム様では完結済み

この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。

若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」  新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。  持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。  「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」  金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。  出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。

猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響
恋愛
侯爵家の令嬢であるリリアーナ・グロッシは、婚約者であるブラマーニ公爵家の嫡男ジュストが大嫌いで仕方がなかった。 紳士的で穏やかな仮面を被りながら、陰でリリアーナを貶め、罵倒し、支配しようとする最低な男。 ジュストと婚約してからというもの、リリアーナは婚約解消を目標に、何とかジュストの仕打ちに耐えていた。 そんなリリアーナの密かな楽しみは、巷で人気の恋物語を読む事。 現実とは違う、心がときめくような恋物語はリリアーナの心を慰めてくれる癒やしだった。 特にお気に入りの物語のヒロインによく似た国王の婚約者である女侯爵と、とあるきっかけから仲良くなるが、その出会いがリリアーナの運命を大きく変えていくことになり………。 ※『冷遇側妃の幸せな結婚』のスピンオフ作品となっていますが、本作単品でもお楽しみ頂けると思います。 ※サイコパスが登場しますので、苦手な方はご注意下さい。

処理中です...