離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ

文字の大きさ
7 / 24

7、どうしてここへ…?

しおりを挟む



こうして1人で外に出るのはいつぶりかしら。


実家に帰らず街へと向かい、乗せてくれた御者にはここから乗合馬車で実家に帰ると告げて帰ってもらった。
一応心配させないように、実家には『1人旅行を楽しんでから帰る』と手紙を出してから、馬車を乗り継いで北の湖へとやって来た。


ここは、ヒューバート様が共に満月を見に行こうと言って下さった場所。
あの時のヒューバート様は正気ではないと理解していたし、一緒に見れるとも思っていなかった。


だけど、ヒューバート様が仰っていた光景を一目見てみたかった。


この澄み切った湖に映る月はどれほど美しいのかしら。
満月にはまだ10日程あるみたいだから、それまでは景色を眺めながら借りているお部屋で休みましょうか。


今までした事の無い一人旅を1週間近くしているからか、最近はすぐに疲れてしまってあまり体調が良くない日が多い。
だけど体調が悪くても、せっかくここまで来たのだから目的の満月を見てから帰りたい。


そうすればきっと…ヒューバート様へのこの気持ちを消すことが出来る気がするわ。


ヒューバート様と離れてから、食事をしても、外を歩いても、寝ていても、すぐにヒューバート様のことを思い出してしまう。
別れる前のひと月の間、何をするにもずっと一緒にいたからヒューバート様の姿が鮮明に思い出せてしまうのね。


食事を食べていれば、私が食べている姿を愛おしそうに見つめ、目が会えば嬉しそうに目を細めるヒューバート様の顔を。
外を歩いていれば、離れないようにと指を絡め手を繋いで歩幅を合わせて歩いてくれたヒューバート様の姿を。
 ベッドに横になれば、端の方で眠る私を優しく腕で引き寄せ抱きしめてくれたヒューバート様の温もりを。


早く忘れてしまいたいのに、思い出してはもう近付くことさえ出来ないヒューバート様を想って寂しくなる。


私から離婚を言い出したのに、勝手よね。
ヒューバート様はきっと、出て行った私の事をなんとも思ってらっしゃらないでしょうに。


早くこんな気持ちを捨てられればいいのに。
そうすれば、こんなにも胸が痛まずに済むのに。
なんとも厄介なものね、この恋心というものは。


ヒューバート様への想いを捨てることが出来ないまま、満月の日は近付いてきた。
ここの食事が合わないのか、最近よく胸のむかつきを覚えるけど、きっと実家に戻って慣れ親しんだ食事を取れば戻るでしょう。


いよいよ今夜は満月の日だから、それを見られたら明日の朝早くに実家に帰ることにしましょう。


夜までは部屋でゆっくりと休んで、暗くなってから湖へと向かう。
湖に行けば、点々と人影が見える。


私以外にも満月を見に来ている人がいるみたい。
空いている場所で私も水面に目を向ける。


「綺麗…」


満月が鏡のように水面に映し出され、まるで地上にも月があるように見える。
反射した光で辺りが照らされて、なんとも幻想的な光景だ。


こんな景色を、ヒューバート様と見られたら幸せだったでしょうね…。


もう会うことの無いヒューバート様。
こんな幻想的な光景が存在することを教えていただき、ありがとうございました。
最後のひと月を除き、決して愛されることはありませんでしたが、貴方と共に居られたことは奇跡のようでした。


「幸せな時間をありがとうございました…」


湖に向かって呟くように言えば、少しだけ心が軽くなった気がした。
さようなら…。


「それは、俺が惚れ薬でおかしくなっていた時のことを言っているのか」
「っ!」


ここ最近毎日の様に聞いていた聞き覚えのあり過ぎる声に、一瞬思考が停止する。


いえ、そんなことがあるはずがないわ。
こんなところに、あの人がいるわけがないわ…。


「ヒューバート、さま…?」


ゆっくりと振り返れば、最後に見た時よりも少しやつれた様子のヒューバート様が立っていた。


どうしてここにヒューバート様がいらっしゃるの…?


ヒューバート様もここへ月を見にいらしたのかしら。
それならば、私は早くヒューバート様の視界から消えなくてはいけないわ。
月を見に来たのに私が居てさぞかし不愉快だったでしょうから、挨拶だけして早く部屋に戻りましょう。


「こんばんは、ギルベルタ様。良い夜をお過ごし下さい。それでは失礼いたします」


さっきは咄嗟に名前を呼んでしまったけれど、もう夫婦ではなくなったのでファミリーネームで挨拶をする。
最低限の礼儀を守って挨拶もしたのだから、早く彼の前から立ち去らないと。


「待て!」
「っ、」


横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれて動きを止められる。


「あの、なにを…っ、きゃ!」


するのですか、と言う言葉は、掴まれた腕が引かれた事で飲み込まざるを得なかった。


「も、申し訳ありません!」


腕を引かれたことによってヒューバート様の胸に倒れ込む様な形になってしまったので、すぐにヒューバート様から距離を取ろうとする。
だけど、それもヒューバート様が腰に腕を回すことで阻止されてしまう。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

処理中です...