東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第二章 氷の巨人

第9話

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 重陽町ちょうようまち西区は質素で住みやすい地区で知られている。良くも悪くも特徴的な店があるわけでもないし、特別気を引かれる催しがあるわけでもない。

 そんな静かな街にある小さな商店街。近くを流れる運河と、中央の噴水を囲むように連なる店並は、円形の広場のようにも見える。普段は落ち着いた雰囲気の場所。

 そこが今は騒然としていた。

 ひび割れた地面、正面が潰された小さな雑居ビル、現在も破壊され続ける店。
 原因である人外はすぐに見つかった。それほどに特徴的だった。

 雄に三メートルは越えるかという人型の氷。大柄な男性を思わせる骨太なフォルムと人の頭ほどある武骨で巨大な拳。思考の読めない珠の様な真っ赤な瞳と硬く結ばれた口。

「氷の……巨人?」

 そうとしか言えない。冬鷹たちはそれが何と言う人外なのか分からなかった。

 よく見れば、逃げ遅れたであろう人たちがまだ店々の中に影をのぞかせている。
 冬鷹たち以外の隊員はまだ来ていないようだ。
「二ノ村英吉、郡司冬鷹、現着しました」と英吉は報告を入れ、現場状況を軍へ伝えた。

「杏樹は戻れ。俺は巨人を引き付けるから、英吉はその間に街の人を避難させてくれ」

 頷き合うと三人はすぐに動く。
 冬鷹は、半壊する店に大きな拳を力強く降り続けている氷の巨人へと向かった。

 恐怖がないわけではない。
 むしろ、破壊の経過と成果を目の当たりにし、本能は確実に「逃げろ」と命じていた。

 だが、慣れている。

 幼い頃の〝実験〟のなかで、本能的な恐怖に逆らう術を、冬鷹は身に付けていた。
 何より、逃げていては何も成せない。
 それに戦闘する必要はない。あくまで引き付けるだけでいい。時間を稼ぎ、対処は他の隊員が駆けつけてからだ。

 冬鷹は背に回り込むと、〈黒川〉を抜き、身構える。そして、呼び付ける。

「おい、化け物! こっちだ!」

 氷の巨人が振り向いた。冬鷹は避ける事を重視し、重心を僅かに後ろへとずらす。

 しかし、氷の巨人な何もしてこなかった。
 ゆっくりと首の向きを戻すと、拳を振り回し店の破壊を再開した。

「きゃっ!」

 短い悲鳴。
 破壊される店の奥から吹き飛ばされたかのような形で、女の子が飛び出してきた。
 お下げ髪で白いワンピース姿の中学生くらいの少女だ。

 氷の巨人の拳が大きく振り上がる。視線は明らかにその少女を差していた。

「くそッ! 〈ゲイル〉ッ!」
 冬鷹の身体は動く。

 高速移動異能具〈ゲイル〉により一気に距離を詰める――だが、ギリギリだった。
 冬鷹はその場から奪い去るように少女を抱え、勢いのまま転がる。
 次の瞬間、少女がいたはずの場所に拳が強く叩きつけられた。

「ケガは?」
「い、いえ。大丈夫です」

 少女の声には恐怖の他に困惑の色も混ざっている。
 だがこんな状況にも関わらず、口調はしっかりとしたものだった。

「あ、あの、あなたは?」
「帝都北方自警軍です」
「軍の……他の方は?」
「大丈夫。もうすぐ来るはずだから。とにかく君は避難を、」

 ――と見回す。だが、店の奥を含めた三方は瓦礫のせいで進む事はできない。残す一方では氷の巨人が拳を引き上げ、こちらを振り向いたところだ。

 逃げられない、か――。

 氷の巨人の動きは決して速くはない。その広く開いた股の下も、〈ゲイル〉を使えば通る事は可能だろう。
 しかし、〈ゲイル〉の有効範囲はあくまで一個人までだ。
〈ゲイル〉を使いこの状況から少女と脱出するには、少女を抱える必要がある。

 少女一人を抱えるのは膂力りょりょく増強異能具〈力天甲〉があるから問題はない。
 だが、荷重が増した事で〈ゲイル〉の出力が足りなくなる事は十分に考えられる。

 人体改造によって手に入れた冬鷹の『他の異能とリンクする』異能――〈アドバンスト流柳〉で出力を上げる事は可能だ。だが、あくまで増幅量は心拍数に比例する。
 人外と対峙すれば、恐怖や緊張からそれだけで心拍数が上がる――はずだ、本来ならば。

〝実験〟――。
 地獄にも似た環境で、いくつもの禍々しい人外と対峙してきた。その恐ろしい経験が冬鷹に人外に対しての『慣れ』を生んでしまっていた。

 もっとも、心拍数は激しく身体を動かせば上がる。だが、この場に駆け付け、少女を巻き込む形で氷の拳を躱した程度の運動量では、鼓動はまだ比較的落ち着いたものだ。出力上昇もたかが知れている。
 民間人の命に関わる状況だ。簡単にできるかできないかの賭けに出る訳にはいかない。

 くそッ、ヤるしかねえのか――。

 逃げ場なし。保護対象アリ。……状況はすこぶる良くない。

「なるべく下がってて。なんとかして逃がすから」

 少女に向け言葉をかけると、冬鷹は刀を構え直し、踏み出した。
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