東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
9 / 58
第一章 冬鷹

第8話

しおりを挟む
「運んでくれたお礼に茶ぐらい出すから、飲んでいきなさいよ」

 そう言われては、冬鷹もやぶさかではない。
 冬鷹たちは工房の入口前で椅子を囲み、出された麦茶とあて・・に出されたせんべいを口に運んでいた。

「ホンっト、どうしたらこんなんなるの?」
 杏樹は冬鷹の〈黒川〉を改めてしげしげと眺めていた。

「佐也加さんのもいっつも戦場帰りかってくらいボロボロで来るけど、ド新人のアンタがこんなにするんなんて。どんな訓練してんのよ」
「別に……ただ、姉さんが毎朝稽古けいこ付けてくれるから、たぶんそのせいで、」

「「ああー」」と杏樹・英吉は納得の声を洩らした。

「にしても、刀をこんなんなるまでほっといたら、そのうち肝心な時にポキッと折れて、下手したらアンタ死ぬわよ」
「肝に銘じます。……というか、そんなヤバい状態なのを直せるのか?」
「まあまず私だけじゃ無理でしょうね。刃こぼれくらいならどうにかなるけど、芯に関してはおじいちゃんに任せるしかないわ。ま、普通なら新調を勧めるんだけど。こんな使い方する奴が一々新調してたら即破産だわね」
「軍さまさま、黒川工房さまさまだな」

 冬鷹は杏樹に向い拝むように手を合わせた。

「はいはい。にしても、真剣な話、少しは使い方気を付けなさいよ? 予備でもう一本持たせてもらって、ちょくちょく見せにきなさい。そうすれば私の出来る範囲だったらタダでメンテしてあげるから」
「ありがてえ。幼馴染さまさま。杏樹さまさまだな」

 え? 何? おちょくってんの? と杏樹の眉間に皺が寄る。

「精一杯感謝してんだよ」
「なら、他じゃやんない方がいいわよ、それ」

 杏樹は呆れた息を漏らした。

「まあ、ともかく感謝はいいから。こっちも修行になるし、それにこのコが可哀想だわ」

 杏樹は冬鷹の刀に手を優しく手を添え、眉尻を下げる。感謝するやいなや、冬鷹の方も呆れた息を洩らしそうになり、咄嗟に息を止めた。

 ――とその時だ。軍服の襟から声が発せられた。

『朝暘町西区四番通りにて、〈人外〉出現の通報。現場近くの隊員は至急急行せよ』

人外――という言葉に冬鷹と英吉は首をかしげ、顔を見合わせた。



 帝都北方自警軍では『人外』という言葉を、妖怪や幻獣、亜人種など、〝N〟系生物と人間を除いた生物的存在の総称として使われている。

 冬鷹は〝実験〟で『人外』――それも禍々しく異形化したモノたちと幾度も対峙してきた。それに半精霊なら冬鷹だけではなく英吉も杏樹も日常的に見てはいる。

 しかし、雪海に関しては例外中の例外だ。現在では、「ほとんどの『人外』が人の目に触れぬ場所に住んでいる」というのが異能界における一般的な認識といえる。

「どうする冬鷹」と英吉は訊いてきた。

 黒川工房は南西区にあり、決して『近く』とは言えなかったが、それ以前に軍では一組二人以上の行動が基本で、新人同士で組む事は認められていない。軍服を着て装備もほぼ万全ではあるものの、オフであるが故に当然、二人とも相棒となる先輩隊員はいない。

 大丈夫なの? と杏樹は不安げに尋ねてきた。

「今回のメンテの依頼すごかったし、武器ある人足りてる?」
「いや、さすがにそのへんの事はちゃんと考えてるだろ」

 だが運んできた武器は舟がパンパンになる程の量だった。さすがに不安になってくる。

 冬鷹は立ち上がった――が、すぐに座った。
「なに!? どうしたの?」と、杏樹は眉間に皺を寄せる。

「いや、心配になってきて思わず立っちまったけど、刀忘れてたから、」

 冬鷹が〈黒川〉を受け取ろうと手を出した。
 すると「はあぁッ!?」と杏樹は目を剥いた。

「ダメに決まってんでしょ! すぐ折れるし、下手すればアンタもタダじゃすまないわ」
「んじゃあ、誰のでもイイから貸してくれ!」
「それもダメに決まってるでしょ!」

 杏樹に呼応するように冬鷹の語勢も上がるが、つられて杏樹はさらに上をいく。

「依頼された物だし、第一、メンテが必要だからウチに来てんの!」
「んじゃあ、店に並んでるのなんでもいいから!」
「佐也加さんじゃないんだから、手にした異能具をすぐに実戦で使えるわけないでしょッ!」
「じゃあ、〈黒川〉の予備とかねえのかよッ!」
「軍用の特注なんだから注文受けた分しか作んないわよッ! 個人経営なめんなッ!」

 まあまあまあまあ、と英吉が入り、ヒートアップする二人を宥めた。

「わかった。じゃあ冬鷹は僕の〈黒川〉を使え。ほとんど使ってなかったから正直メンテにも出す気あまりなかったし。杏樹も、それなら文句ないだろ?」
「え? ん、んー、うん、まあ、それなら」

 熱が冷めかけの杏樹は、英吉の刀を抜き一応状態を確かめると、それを冬鷹に渡した。

「サンキュー助かる。でも、英吉はどうすんだ?」
「僕は避難誘導をすればいいし、必要なら射氣銃がある」

 その言葉に納得し、冬鷹は立ち上がる――と、杏樹も立ち上がった。

「んじゃ行くわよ」
「は? なんでお前まで」
「舟トバせば十分もかからないわ」

 堂々とした物言い。民間人の協力と考えると、実にありがたい申し出だった。
 しかし、杏樹を巻き込むのは気が引けた。
 ただ、時間がない事も考えられた。
 逡巡した末に、冬鷹は緊急性を優先する事にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。

久野真一
青春
 羽多野幸久(はたのゆきひさ)は成績そこそこだけど、運動などそれ以外全般が優秀な高校二年生。  そんな彼が最近考えるのは想い人の、湯川雅(ゆかわみやび)。異常な頭の良さで「博士」のあだ名で呼ばれる才媛。  彼はある日、勇気を出して雅に告白したのだが―  「交際してくれるなら、この契約書にサインして欲しいの」とずれた返事がかえってきたのだった。  幸久は呆れつつも契約書を読むのだが、そこに書かれていたのは予想と少し違った、想いの籠もった、  ある意味ラブレターのような代物で―  彼女を想い続けた男の子と頭がいいけどどこかずれた思考を持つ彼女の、ちょっと変な、でもほっとする恋模様をお届けします。  全三話構成です。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...