東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第三章 妹

第21話

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 放課後、今日は怜奈への聞き取りの日だった。場所は彼女の希望で中央区。
 目に付いた喫茶店で、コーヒー二つとミルクを頼むと前回同様、簡単な質問を始めた。

 思い出した事はないか? 周りでおかしな事は起こってないか?
 氷の巨人の正体を探る為に、氷に関する人外が多いだろう寒い地方の関連性も尋ねた。

 しかし答えは全て「いいえ」。成果は、『伊東怜奈は限りなくシロに近い』という、予想通りの確信を得る程度だった。

「新しい学校はどう? 友達はできた?」
 質問を終えバインダーをしまいながら尋ねると、怜奈はほんのりと笑顔を浮かべた。

「ええ。まだまだ慣れないですけど、クラスメイトも先生も良い人ばかりで、上手くやっていけそうです」

 明るい答えに冬鷹が内心ホッとしていると、今度は根本が間延びした声で尋ねた。

「そういえばさぁ、ぜんぜん関係ないんだけど、伊東さんって甘い物とかは興味無いのぉ?」
「え? いえ、そんな事ないですよ」
「そぉ? でも今日もこの前もコーヒーだし」
「ああ。えっと、これは兄の影響です」

 そう応える怜奈はお下げのリボンをニギニギし始める。

「考え事する時、よく飲んでいて、私も真似していたらいつの間にか好きになってました。でも甘い物も大好きですよ。根本さんも、甘い物お好きなんですか?」
「僕は『どちらかというと好き』かなぁ。ミルクも、コーヒーが苦くて飲めないから頼んでるだけだし。でも冬鷹君はよく甘い物のお店行くよねぇ?」

「本当ですか?」と興味の視線が冬鷹に注がれた。

「妹が好きで、よく一緒に行ってるうちに詳しくなったって感じかな」
「あの、じゃあ、もしかしてオススメのお店とかあったりします?」
「俺自身は『嫌いではない』って程度だから……。でも妹のお気に入りの店ならいくつか」
「どこですか!? もし良かったらでいいんで教えてください!」
「連れってってあげればぁ?」

 ――という事で、三人は喫茶店を後にした。



 候補はいくつかある。『みつみ屋』『ロマージュ』『千遍堂』『松原クレープ』などなど。だが、全て行くには距離が離れている。どういうのが良いのか訊いても「郡司さんはどういうのがお好きなんですか?」と訊き返されてしまって、絞れない。

 少し迷った末に、冬鷹は一番近くて、行慣れた店を紹介する事にした。

「妹が一番好きなのがここなんだ」

 ドリーミンアイス――女子中高生に人気のアイスショップで、白とピンクを基調とした外装は、男子禁制のような雰囲気だ。だがよくよく見れば兄だったり、弟だったり、彼氏だったり、父親だったりと、女子に連れられる男性陣もちらほらと見受けられる。

「すごい人だかりですね」
 怜奈がいた頃にはなかった店の為か、盛況ぐあいに彼女は驚いていた。

 怜奈の会計は冬鷹が済ませた。「喫茶店も出してもらってますし、ホント大丈夫ですから」と言うが、聞き取り調査の費用として経費が下りるだろうから全く問題なかった。

 しかし――。

「ありがとうございます。それじゃあ、ごちそうに……あ、でも確か〝N〟の法律だと『取り調べ中のカツ丼』とかって本当は違法なんじゃなかったでしたっけ? 重陽町では大丈夫なんですか?」

 初耳だった。慌てて、根本に確認の視線を送る。

「んー? まぁ、バレなきゃイイでしょぉ。悪い事してるわけじゃないんだし」

 と、重陽町ではセーフなのかアウトなのか、やはり・・・明確な答えをくれなかった。

 異能界は、街ごとの独立自治が基本だ。
 故に、インフラシステム、公的機関の組織体系など、各街で個性が出る事も珍しくない。
 法律に関して言えば、どの街も〝N〟の法律を基盤に作られているため大きな差はない。
 だが却って、そういった意識が強いせいか、細かな違いを把握している者は、住人でさえも非常に少ない。

 結局、根本の考えを支持し、三人は近くのベンチに座って食べる事にした。

「住む街が変わるのってぇ、そういう細かいこと気にしなきゃいけなくて大変そうだねぇ」
「そうかもしれませんね。でも私の場合、幸い、〝N〟からの転校生が多い街への引っ越しだったので、そのおかげか周りの人も寛容で優しかったです」
「あぁ、そっかぁ。最悪、心配なら転校生向けのレクリエーションに出ればいいもんねぇ」

 眠たそうにつぶやきながら根本は濃厚バニラミルクソフトをぺろりと舐める。

 ――かと思うと、突然、「あ、」とポカンと口を開け一点を見つめた。
 冬鷹は何げなく視線を辿る。そして「「あ」」と声が重なった。

 雪海だ。視線が合うと、友達らしき少女と一緒にいた妹の足が止まる。
 彼女の視線が冬鷹の顔から怜奈を経て、二人の手元へと移った。

「…………行こ」

 雪海は友達を連れ、再び歩き出した。
「誰?」「お兄ちゃん」「いいの?」「別に」と、会話が遠ざかってゆく。

「あ、ちょっと、雪海。あ、あの、先輩、ちょっと待っててもらえますか。伊東さんも」

 何事かと疑問を浮かべながらも二人は頷く。冬鷹はアイスを根本に預け、駆け出した。

「雪海! ちょっと待ってくれ。雪――、」「何?」

 心なしか雪海は朝より不機嫌そうだった。
 えっと……私、外すね。と雪海の友達が離れると、冬鷹は雪海に頭を下げた。

「すまん、今朝の事は謝る。俺、態度が少し変だったよな? 実はさ、このまえ雪海に『楽しみにしてるわけじゃない』って言われたのがショックで、どう接していいか分からなくなったんだ。でも、それって普通の『兄離れ』でさ、単に俺が『妹離れ』できてないだけで。だからこれからそういう事に気を付けてなるべく『普通の兄』になるから――、」
「別にイイって」

 視線を逸らし、口をツンっと曲げている。別にイイ、という感じではない。

「本当にすまん! 自分の事ばっかりで、雪海のこと考えてなかった。もし、なんか悪いところがあったら言ってくれ。がんばって直すから」
「別に……そんなんじゃないし」
「でも、俺がなんかしちゃったから怒ってるんだろ?」

 雪海の視線が冬鷹を捕らえた――が、またすぐにそっぽを向いてしまった。

「別に……ただ、私と約束したのに先に他のコ連れて行くんだ、って……ちょっと思っただけだし……」
「え? えっと……すまん。まずかったか?」
「んーッ! ……だから、別にイイって言ってるじゃん!」

 雪海は冬鷹に詰め寄ると手を翳した。
 ドバッ――と、水が雪海の手の平から噴き出す。

「うあッ! なッ、なにすん――、」

 水の勢いはすぐに止んだ。
 だが目元の水を拭う頃には、すでに雪海はぷりぷりと荒い足取りで遠ざかっていた。

 一瞬にして首から上がずぶ濡れになってしまった。
 だがそんな事よりも、去ってゆく妹の気持ちが、冬鷹は気がかりでしかたなかった。
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