東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第四章 正体

第33話

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 階段を二つ降りた地下二階。廊下を進み、普段隊員が曲がらない道に入る。

 大きく真黒な扉。見慣れたその扉には、郡司の者にしか開けられぬよう、異能によって多重のセキュリティーが施されている。

 扉の奥は、郡司家の仮居住スペース。本宅は別にあるが、郡司胤蔵、佐也加、冬鷹、雪海はほとんどこの場所で寝泊りをしていた。

 風呂トイレ、小さなキッチンスペース、各人の部屋、と進んだ最奥。そこにはまた黒く大きな扉がある。

「ここが、雪海ちゃんの部屋なの?」

 扉を潜り訝しむ怜奈に、雪海は意を決した顔で頷く。

「……怜奈ちゃん、あのね、……実は隠してたことが――聞いてほしいことがあるんだ」
「え? う、うん、どうしたの?」
「あのね……じつは私――、」

 何から話し始めれば、どう説明すればいいのか判らない様子の雪海は、何度も言葉を詰まらせた。だが、自分と兄の過去、施された人体改造、『郡司』になった経緯、部屋の必要性などを一つ一つ語っていった。

「――だからね……怜奈ちゃんの前にいるこの私は、本当の私じゃないんだ」

 そう言うと雪海の身体が一瞬で溶け、水になり床を流れてゆく。
 次の瞬間には、プールから姿を現した雪海がプールサイドに上った。

「これが本当の私――って言っても違いが判らないよね?」

 雪海は無理に笑ってみせた。

 冬鷹でさえ見分けが付かない。他者から見ればどちらも同じかもしれない。
 だが、雪海が『本当の私』だと言うならば、それが冬鷹にとっては絶対的な基準だった。

 同じ気持ちになってくれたのか、怜奈も首を振った。

「確かに……どこが違うのか判らないけど…………でも、怜奈ちゃんなんだよね?」
「うん。その……隠していてごめ――ッ!?」

 怜奈は雪海に抱き付いた。

「やっと会えた」

 雪海は一瞬驚きに目を見開いていたが、すぐにそっと抱擁を返す。

「ごめんね、隠してて」
「ううん、謝る事ないよ。それにね、私も隠していた事があるの。聞いてくれる?」

 隠していた事――その言葉に、皆が静まるのが判った。
 やはり〝実験〟と関係が――。という思いが冬鷹の胸に湧く。
 雪海は「何?」と優しく尋ねた。

「うん、えっとね、何から話そうかな」

 雪海は言葉にせず、ただじっと待っていた。

「うーんとね、……あ、でも、うん。まずこれは言っておかないとね」

 ごめんね。
 それと、ありがとう。

 明るく、朗らかで――しかし、不思議と冷たさも感じる言葉だった。

「……え? なんのこ――」

 雪海の言葉が唐突に止まる。
 ――いや、違う。雪海自身が止まっていた。

「なっ!? 雪海! ――ッ!?」
 冬鷹は雪海に駆け寄ろうとした。しかし、足が動かなかった。

 氷――ッ!?

 足が床に氷漬けにされている。まさか――と顔を上げた。

「良いコのフリって大変。ずっと続けてたら全身凝りそうだわ」

 怜奈はお下げのリボンを解き、手首に巻き付ける。その顔は笑っていた。

 だが、それまでの健気な少女の笑顔ではない。興奮と歓喜を抑え込んだような満面の笑みを浮かべ、解き放たれた長い黒髪を軽やかにほぐす。

「大人しくしてね。動けないとは思うけど、まあ下手な真似はしないで」

 明るく告げる怜奈の手が、紹介するかのように雪海の背にあてがわれる。

「雪海をどうするつもりだッ!?」
さらうの。決まってるでしょ?」
「ふざけんな!〈ゲイ――、」「甘い」

 突然、足に突き刺すような激しい痛みが走り、冬鷹は倒れ込んだ。隣では英吉も足を抑える様にしゃがみ込む。

「〈黒川〉〈ERizeイライズ-47〉〈パラーレ〉〈ゲイル〉〈力天甲〉〈金剛〉――帝都北方自警軍の配給装備はどれも強力なのにシンプル且つ頑丈で、正直かなり厄介だったんだけど、〈ゲイル〉だけはその中でも比較的壊しやすいのよね」
「な、なんで――、」
「そんな事知ってんのかって? そんなの、調べたからに決まってるでしょ。と言っても私じゃないと、その辺の凡人に見つけられるような『穴』ではないけどね」

 怜奈は部屋を見回しながら淡々と語る。

「ついでに郡司冬鷹、アンタの〈アドバンスト流柳〉についてもある程度調べは付いてる。その性質上、他の異能がなきゃ意味がない。アンタは〈異能具〉以外の異能を使わないから、装備を使えなくすればいい――へえ、なるほどね。そうとう〈水氣〉に関する魔術が進んでるのね。勉強になるわ」

「怜奈ちゃん、アンタいったい何者なの?」
 恐る恐る尋ねる杏樹に、怜奈は尚も調子を変えず答える。

「『ただの苦労してる女子中学生』よ。少しばかり天才なところがあるけどね。自分で言うのもなんだけど――あー、まあ、でも基本的な方向性は想像通りね。用意していたので十分だわ」
「さっきからぶつぶつと、いったい何を、」
「あー、うるさい。もう済んだから。それにそろそろ時間だし、あ、別れを言えば? この状態でも雪海には聞こえてるはずだから」

 そう言いながら怜奈は氷で大きなパラソルを造り出す。その下に雪海と収まった。
 それと同時に、地面にしもの線がいくつも走り始めた。それはプールの水面を思い思いに動き、文字、模様、円――と、いくつもの魔法円を仕上げてゆく。

 プールが慌しく揺れ出した。
 ――次の瞬間、プールの大きさを太さとした、巨大な一本の氷柱つららが、天井を貫いた。

 空間ごと震わす衝撃。天井が崩れ、瞬く間にできる瓦礫の山。

「やっぱ『氷』は〈水氣〉と相性いいわね。予想以上のおかしな出力になったわ――と、そうそう、別れは済んだ? って私が邪魔しちゃったか。でもごめん、タイムオーバー」

 鳴り響く警報のなか、怜奈は余裕を感じさせる落ち着いた笑みを向けてきた。

「やめろッ! 雪海を、」
「やめない。雪海は連れてく。それじゃ」

 淡々と告げながら、怜奈は自ら呼び出したアイスゴーレムの肩に座る。アイスゴーレムは凍りついて動かない雪海をもう一方の肩に乗せると、氷柱の根元を殴りつけた。

 樹木の皮を剥がす様に氷柱の一部が壊れると、中は空洞になっていた。その中に二人と一体は消えてゆく。

「待てッ! 雪海ッ!」
「待つわけがない。無力な兄は黙ってなさい」
「雪海いいいいいいッ!」

 冬鷹は叫ぶ。何度も何度も叫び続けた。

 しかし、数十秒後にはその声が萎れていく。

 雪海が攫われた。

 もう妹に声が届いていないと、心が理解してしまった。
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