東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第四章 正体

第31話

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 帝都北方自警軍の本部施設内は騒然とした。
 ガヤガヤとした人の声。走り回る隊員たち。広いエントランスにできる大きな人だかり。

 上級隊員の男が佐也加に駆け寄り耳打ちをする。その間にも冬鷹は心を構えていた。

〈式神〉が運んだ雪海の必死な声は、嫌な想像を頭の中に駆け巡らせていた。体質上、雪海に大事があるとは考えづらい。ならば、杏樹や怜奈に何かあったのかもしれない、と。

 佐也加は冬鷹と英吉を引きつれ、人混みを掻き分ける。団員たちが道を開けるなか、背の高いせいだろう、英吉の方が「なっ、まさかそんな……」と先に気が付いたようだ。

 まもなく冬鷹も、街頭演説のような、それでいて命令口調の男の声で事態を察した。

「繰り返し伝える。我々は貴様らに以下の要求をする。一、郡司冬鷹、郡司雪海、伊東怜奈、三名の身柄。二、我々の身の安全。三、逃走の安全。以上が飲まれぬ場合、街各地にある〈アイスゴーレム〉をいつでも暴走させる準備ができている」

 俺と雪海、それに怜奈ちゃんの身柄――?

 自分たち兄妹が狙われる理由には心当たりがないとは言えない。〝実験〟という言葉が否が応でも頭をかすめる。だが、それと怜奈との関係性が、冬鷹は想像できなかった。

 人だかりの中腹で足を止め、中心を覗く。
 犯人は四人。皆一様に濃いグレーのフード付きローブを被り、顔の上半分を隠していた。真ん中に立つ男は何らかの拡声系異能を使い滔々とうとうと語り続ける。言葉は違うが内容は一貫して変わらない。要求と脅迫。

 そして、中央の男のすぐ後ろにいる一回り大きな男に視線を移し、冬鷹は驚いた。

 大男の右手にはアーミーナイフ。そして左手には、後ろ手に縛られた格好の怜奈がいた。
 ナイフの刃先が喉元の皮膚を僅かに押している。怜奈の表情が苦悶と恐怖に歪んでいた。

 トントンと肩を小さく叩かれる。杏樹だ。隣には雪海もいた。
「ごめん」と小さな声で謝る杏樹は重い表情を浮かべている。

「謝るな。杏樹のせいじゃないんだろ?」
 佐也加に断わりを入れ、冬鷹たち四人は人だかりの外へ出た。

 杏樹と雪海の話ではこうだ。
 非難のため、黒川工房の舟で軍に向かった雪海、杏樹、怜奈は、無事に水路から軍内部へと辿り着いたようだ。すでに施設内部では、隊員たちが慌しく動き、次々と来る避難民への対応に追われている状況だったらしい。三人も他の避難民と同様に、緊急用シェルター内にいたのだが、少しして怜奈がトイレへとその場を離れた。だがなかなか戻らず、探しに行こうかという時に、現在の位置でフードの集団が声明を発表し始めたとの事だった。

「なんで、雪海の部屋に行かなかったんだ?」

 責めているわけではない。ただ安全を考えるならそちらの方が良かったはず。

 冬鷹は棘を失くした声色を務めたつもりだった。
 しかし、雪海の顔は今にも涙が溢れてしまうかのように歪んでしまった。

「だって、〝私の事〟は秘密だし……緊急事態だけど……私の部屋見たら絶対おかしいもん」

 確かに、自室の半面以上がプールになっている女子中学生は普通ではない。間違いなく何らかの疑問を抱き、それ故に質問されたとしても不思議ではない。

 雪海が怜奈にどこまで話しているのかは解らない。だが、自分の身体の秘密は間違いなく話していない以上、養子であるはずの雪海が軍の本部施設内に自室を持っている事や、その特異な内装も相まって、普通の嘘では誤魔化す事ができないだろう。

 真実を話すか、下手な誤魔化しや黙秘を続けるか、決断を迫られてしまう事になる。

「すまない」
 冬鷹が謝ると、雪海は「ううん。いいよ」と首を振った。

「それより冬鷹、今は早く雪海ちゃんを連れて、雪海ちゃんの部屋に隠れるべきだ」
「英吉の言う通りよ。冬鷹も雪海を説得して。このコさっきからこの場を離れようとしないの」
「いやだよ! 怜奈ちゃんが捕まってるのに!」

 雪海が小声で叫ぶ向かいで、英吉は「一つ気になっていたんだけど、」と顎に手を当てた。

「犯人たちは冬鷹と雪海ちゃんと怜奈ちゃんを狙っている。そして怜奈ちゃんは現在人質。なのに、犯人は未だ怜奈ちゃんの身柄も要求している――これってもしかして、犯人は怜奈ちゃんの顔を知らないのか?」

 そうみたい。と答える杏樹も、気になっていたようだ。

「でもそもそも、なんで冬鷹と雪海と怜奈ちゃんなの? 冬鷹と雪海だけなら、まあ、解るけど……もしかして、怜奈ちゃんも? …………って、ごめん、今考える事じゃないって解ってるんだけどさ」

 四人の視線がそれぞれ交わる。互いの意味有り気な視線が冬鷹に一つの着想を与える。

〝実験〟――怜奈も被験体だったのかもしれないという可能性だ。

「……ごめんッ、やっぱ余計だった。とにかく離れるわよ」
「いや! ねえ、お兄ちゃん!」

 雪海の瞳が強く訴えかけてくる。その眼差しを正面から受け止めた冬鷹は、強く頷いた。

「……よし。助けよう」

 実験の被害者……もしそうなら、これ以上傷つけたくない――。

 暗い過去を共有する妹の気持ちが、冬鷹にも痛いくらいよく解る。
 ――が、冬鷹の決断は少しばかり遅かった。

 芯の通った、それでいてどこか暖かみを含んだ声がエントランス中に響き渡る。

「私は冬鷹と雪海の姉です」

「えっ?」姉さん――ッ!?
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