東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
37 / 58
第五章 繋ぐ

第36話

しおりを挟む
 作戦は英吉が最初に出した案の通り、トイレを借りるフリをして奇襲をかける。

 第一目標は『やり過ごし』。それが無理なら『気絶狙い』。

 先輩隊員二人を相手にするのはただでさえ難しい。冬鷹・英吉ともに〈ゲイル〉を破壊された現状では相当困難だろう。
 だが、英吉ほどの優秀で息の合ったサポートがあれば何とかなるかもしれない。
 ――おごりがある事は自覚している。だがやるしかないのだから、そう思い込む他無い。

 冬鷹たちは短い打ち合わせで覚悟を決め、先輩たちに近付く。

「あのー、先輩。扉壊れてて、その……開いちゃいました」
 だいぶ遠くから声をかけて、敵意が無い事をアピールした。

「あの、それで杏樹がトイレ行きたいそうなんで、その……良いですか?」

 先輩たちは軽く目を合わせてから頷く。「俺たちもついでにしておこう」と英吉の打ち合わせ通りの台詞で、三人は入口近くの扉まで難なく近付けた。

 合図は、杏樹がトイレの扉を閉めたら。
 冬鷹がリンクした〈黒川〉で扉を斬り、一気に駆け抜ける。英吉は根本・去川の妨害に対するカウンター。

 緊張が鼓動を高める。〈アドバンスト流柳〉としては好都合だが、身体がイメージ通り動かせるか心配だ。

「それじゃお先に」と杏樹がトイレの扉を開け、身体を潜らせる。
 視線で気取られないよう、冬鷹は軽く項垂れる。少し落ち込んでいる感を装い、視線を自然と下げて先輩たちの足や手の緊張具合に意識を向けた。

 トイレの扉がまもなく閉じる。
 冬鷹の右手は〈黒川〉の柄に飛びつく準備に入る。

 まだか――。

 扉が閉まるまでが長く感じる。
 身体が強張ってしまっているのが判る。
 冬鷹は瞬間的に力を抜き、入れ直す。

 扉がゆっくりと閉じてゆく。
 時が膨張してしてしまったか、〝その時〟がまだ来ない。

 それでも、じっと待ち続け――とうとう閉まった。

 ――その瞬間、冬鷹は〈黒川〉を握りリンクを繋いだ。

 だが――その時にはすで、根本と去川は射氣銃を抜き、構えていた。

 しかし、銃を構えた根本・去川の腕が、互いに向け交差している。

「あれ?」「は?」と、先輩二人の声が重なる。
「ん?」「え?」と、数瞬遅れて冬鷹と英吉の頭にも疑問が広がった。

「おいおい根本、寝ぼけてんのか? 銃を向ける相手がちげえぞ」
「眠たいのは確かだけどぉ、僕は夢との区別は人一倍はっきりしてるよぉ。サルこそ、なんで僕に銃向けてんのぉ? まだ手柄云々を怒ってるのぉ?」
「んなわけあるか。俺はただ……」
「ただぁ?」
「……根本、お前もか?」
「うーん……たぶんねぇ」

 去川はフッと笑う。それを合図に二人は銃をおろした。
 根本が「冬鷹君」と呼び、射氣銃を差し出してきた。

「君は僕の隙を突いて射氣銃を奪ったぁ。そして脅して〈ゲイル〉も奪って逃走した」
「…………え?」

 訳が分からず、冬鷹はどう反応すれば良いのか判らなかった。

「あぁッ!? 根本、後輩に背負わせんのか? 卑怯だな」
「別に卑怯じゃないよぉ。これからもバディとして続けていくには二人して泥をかぶるのは良くない。僕が潔白なら、僕が冬鷹君を許せばまたバディとして続けていけるかもしれない。そうすれば、また何かと支援できる」
「う~ん、そうかもだけどよお…………いや、やっぱ、どっか卑怯だな~」

 そう言いながら去川は〈ゲイル〉の仕込まれた靴をバディである後輩に差し出す。だが英吉ですらこの状況には戸惑いを見せていた。

「先輩方は、その……協力していただけるのですか?」
「当たり前だろ。規則を破ってでも妹を助ける後輩と、規則を破ってでもそんなダチを助ける後輩、んな後輩たちを助けねえ理由はねえだろ?」

 僕は軍に任せた方が良いと思うけどねぇ。と、根本は眠たげに漏らす。

「ただそれでも、大切な人を助けたいと想う気持ちは止められない、っていうのも、なんとなく解るよぉ。だから、はぁい」

 根本も〈ゲイル〉を脱ぎ、射氣銃〈ERize-47〉と共に冬鷹に手渡す。

「すごく出世したらさ、いつか昼寝の時間作ってよぉ」
「え? えっと、その…………ありがとうございます!」

 戸惑いつつも、冬鷹は精一杯の感謝を込め、差し出された異能具を受け取った。今は助けになるものならば何でも欲しい。

「うん、どういたしましてぇ。あー、それでねぇ。僕らが知ってるのはぁ――、」
 と根本は平時の口調で以下の情報を伝えてくれた。

 街にはアイスゴーレムが未だ十体以上はいること。
 アイスゴーレム以外にもテロリストのうち何名かは戦闘に長けている者がいること。
 街の運河を所々凍らせる事で集団機動力が下げられていること。
 先三つの理由故に、奪還に全力を注げるわけではなく、手こずっているだろうこと。

 帝都北方自警軍は非常に優秀だ。組織力、軍事力は日本異能界でもトップレベルと言える。
 ただ、敵もそれはわかっているはずだ。
 状況から、周到に用意がなされていたと考えられる。当然、簡単に奪還できるとは思えない。考えたくはないが、最悪、逃がしてしまう事も想像できなくない。

 それに仮に、敵を捕らえる事ができてももう一つのハードルがある。
 雪海はその身体の性質上、傷付く事はほとんどない。だが、特異な身体ゆえに、長時間に渡る本体の外出ができない。

 最大で二時間程度。

 それを越えれば、軍の特別施設により受けていた異能的効果が切れ、補助を失った雪海は身体を維持する事ができなくなってしまう――というのが軍の上級研究員の見解だ。

 雪海が攫われてからすでに十分以上経過している。
 少なく見積もって、残りはあと一時間と少し程度。

 他にも根本・去川から追跡班が向かっている方角など色々な情報を得ると、もう一度礼を述べ、冬鷹・英吉・杏樹はすぐにその場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...