東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第五章 繋ぐ

第37話

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 外に出るのは容易だった。
 本部内は依然隊員たちが奔走していて、冬鷹たちに気を止める者はいなかったのだ。
 街の方々からは戦乱の音が遠くに聞こえてくる。「北西だったよな?」と紅く染まる景色を鋭く睨みつけた。

「ちょっと待って冬鷹、アンタまさか走っていく気?」

 杏樹の眉間に浅く皺が寄る。だが、冬鷹とっては愚問だった。

「川が凍って船が使えねえんだからそれしかないだろ?〈パラーレ〉があればなんとか――、」
「なるわけないでしょ!〈パラーレ〉はそういう異能具じゃない!」

〈パラーレ〉は短距離・短時間の高速移動を目的とした異能具である。そのためか、中距離以上の移動、及び五分以上の使用は想定されていない。
 決して不可能ではない。
 だが仕様上、想定以上の使用は格段にエネルギー効率を損ねてしまう。

 冬鷹もそれは解っている。だが他に択はない。
 ――そんな気持ちを察したのか、英吉は言った。

「さすがに無茶だ。〈生命子〉切れを起こしかねない。追い付けたとしても、できるだけ回避しようにも多少は戦闘になると覚悟するべきだ…………それでも行くのか?」
「当り前だ」

 冬鷹は力強く頷く。そのまっすぐな瞳を受け止めると、英吉は静かに頷いた。

「……わかった。でも、急いでるからって、正面から行くのはダメだ。雪海ちゃんが狙われたんだ。冬鷹も狙われている可能性はまだ捨てきれない。それに、妨害で戦闘に遭ったら余計〈生命子〉を消費してしまう」
「……そうだな。ルートは英吉に任せる。頼む」
「ああ。それじゃ――、」

「はいはい、ストップ、ストップ! 英吉、アンタまでバカやんないで」

 杏樹は溜め息を漏らしながら、今にも走り出そうとしていた二人の襟首を掴んだ。

「ちょッ、離せッ! 今は無茶でも――、」
「冷静になりなさい。じゃないと、助けられるもんも助けられなくなるわ――って一日に二度も言わせないで、まったく。アンタたち、私がなんでここまでついて来たと思ってんの?」

 杏樹は二人を離すと、「ちょっと来なさい」と軍の外壁に沿って歩き出した。
 訳が解らない――冬鷹は隣を見る。しかし、英吉にも意図が読めぬようだ。
 ただそれでも、幼馴染を信じる冬鷹に不安は全くなかった。

 案の定、一分ほど経つと、「おあッ!」「なるほど! そういう事か!」と、英吉と二人して感嘆の声を上げる事になった。

 杏樹が連れて来たのは駐輪場。
 そこには重陽町のイメージカラーである黒を基調とした、大型バイクが並んでいた。

「これなら、〈生命子〉をある程度温存しつつ追い付けるわ。重陽じゃ運河が充実してるせいでつい忘れがちなるけど、治安組織がパトロールにバイクを使うなんてかなり基本よ」

 杏樹はしゃがみ込みバイクの具合を確かめ始めた。その瞳には

「ベースはレイダム製のBJ-410。エンジンは魔素子式の700Mのはずだけど……1200Mに上げられてるわね、さすが軍用。それに〈瞬間加速〉の異能具まで載せて、外装もかなりゴツく――うん、強度・耐久関係のカスタムが色々されてるわ。状態的にも、使われてなさそうな割りに万全だわね」
「俺、カギ取ってくるわッ。英吉、どこにあるか分かるか?」

 急く冬鷹に、英吉は顎に手を当て冷静に応える。

「舟と同じならたぶん管理室だけど、でも管理担当がいるはずだ。どうする?」
「どうするも何も、テキトーに理由付けて貰うか、こっそり取ってくるしかないだろ」
「どちらもリスクの割に成功率はかなり低そうだけど……それしかな――、」

 魔素子エンジン特有の静かな振動が、二人の会話は遮った。

「「え?」」と冬鷹・英吉は頭に疑問符を浮かべるが、犯人など一人しかいない。

「杏樹、お前どうやって」
「技術屋のアレやコレやでちょちょっとね」

 素知らぬ顔で事も無げに言ってのけるが、核心は言葉にしなかった。
 ただ、要は鍵を使わずにエンジンを点けたという事だ。

「杏樹、それじゃあ杏樹まであとで軍に――最悪捕まるかもしんないんだぞ」

 今まではまだギリギリなんとか誤魔化せる範囲だった。
 しかし専門的な技術とあれば、杏樹の関与は隠しきれなくなる。

 ハア~、と杏樹は一際大きく長い溜息を吐いた。

「……〈金剛〉、使いなさいよ」

 素っ気なく言うと、杏樹は駐輪場の隅に転がっていたスパナを拾い上げる。
 そして、おもむろに冬鷹に殴り掛かってきた。

「はッ!? え、ちょ――ッ!」

 当たる直前、冬鷹は〈金剛〉を発動させる。
 カーン、と高く鈍い音をたてスパナは弾かれた。

「う~~ッッ! 痺れ、が、」
 スパナを落とした右手を抑える杏樹は悶え、顔を歪める。

「お、おい、大丈夫か? い、いや、ってか、いきなり何すんだッ!?」
「ムカついたからよ」
「は?」
「だから、ムカついた、って言ってんのよ!」

 杏樹の顔が苦悶の表情から、憎々しげなものに変わった。

「こっちはね、冬鷹に協力するって決めた時から腹は決まってんの! だいたいね、無免で運転しようとしてんのに、一々そんなの気にする!? しかもその案を出しのは私よッ!」
「あ……」

 腹は決まっている――杏樹の言う通りだ。

 止めるならばもっと早く止めるべきだった。もっとも、それでも杏樹は、それに英吉も付いて来てくれたはずだ。
 ただ、冬鷹の言葉は、その気持ち・覚悟を軽んじていたものだった。

「その…………本当にすまん……ありがとう」

 謝罪、そして感謝。その二つに尽きる。
 それ以上の言葉は、何が相手を傷付けるかわからず、恐くて口にできなかった。

 しかし、沈黙は数秒ともたなかった。
 杏樹は溜め息を吐いた後、フッと笑みを零したのだ。

「冬鷹って奴はそんな奴だったわね。私こそゴメン。熱くなりすぎた」
「い、いやっ! 俺が悪かった! マジで、」
「あー、あー。もうイイから。さっさと雪海助けに行きなさい。私はできるのはここまでだから。あとは冬鷹が雪海を連れて帰るのを待ってるわ」

 ほら。と急かされ、英吉がハンドルを握り、冬鷹がその後ろにまたがる。

「杏樹、その……今度なんかおごる」
「この前のドリーミンアイス、まだなんですけど?」
「じゃあ、それとで二つ――いや、三つでも四つでも、いくらでも、」
「はいはい、わかったわかった。じゃあその時は雪海もいれた皆で行きましょ」

 楽しみにして待ってるから。と、杏樹は冬鷹の背を叩く。
 彼女の手は想いを乗せるかのように、しばしのあいだ離れなかった。
 だが英吉が「冬鷹、準備はいいか?」と尋ねると、柔らかな圧力はそっと消える。

「あ、ああ。それじゃあ、行ってくる」

 杏樹は何も言わず、ただ仄かな笑みで頷いた。
 その暖かく何処か悲しげな顔は、夕焼けに染まる物寂しい重陽町の景色に、まもなく塗り替えられた。
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