東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第六章 氷を繰る敵対者

第38話

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 バイクを走らせる。根本の話では、北西地区の三番街から一番街に向け戦火が移っているとの事で、まずはそこを目指した。

 目に映る街並みは普段見慣れているものと明らかに違っている。
 崩れた建物、氷の残骸、ひび割れた道、凍る運河、などの街の異常。そして、隊員や住民たちが救助活動をしている姿。
 冬鷹の胸に一縷の陰が差す。だが察したのか、英吉の言葉が僅かな迷いを晴らす。

「僕らにとっては雪海ちゃんが優先だ。そうだろ?」
「……ああ。もちろんだ。頼む」

 自分勝手と言われても構わない。除隊やその他の罰も覚悟の上だ。

 バイクがまもなく中央区を抜けようかという頃、その場所は目に見えて被害が大きかった。

 地面を突き破るようにして幾本も生えている人間大の氷柱。
 その二回り程大きな氷柱が建物に突き刺さっていたりもする。
 武骨なアイスゴーレムのものとは思えない、精巧な造形の氷片も所々に散らばっていた。

 ただ、それだけでは説明のつかない傷も、生々しく建物や道に刻まれている。

「テロリストのなかには戦闘に長けた奴らもいるって言ってたな」
「ああ。恐らくそいつらと隊員との戦闘の跡だろうね」

 破壊の度合いや範囲などの規模からは、異能者同士による『戦場』を嫌でも感じさせられた。
 互いに致命傷――ともすれば「死」を与える事を厭わない者同士の全力の痕跡。

 喉がごくりと鳴る。

 死を伴いかねない戦いへの現実感に、全身が自然と強張る。
 それは英吉も同じなのか、彼はぎこちなさそうにハンドルを何度も握り直していた。

 ビル街に入った。広く設けられた道を挟み、両側に並ぶ雑居ビルは住居にも使われている。普段は近隣住民や仕事関係の人間で賑わっているが、今は人気ひとけを感じない。
 遠くでは微かに激しい戦闘の音が響く。英吉が更にアクセルを開く――その時だった。

 冬鷹たちが進む道の先。地面から突然、巨大な氷の腕が生えてきた。

「はッ!?」「な!?」

 巨大な掌が、地面の蚊を潰すかの如く振り下ろされる。
 英吉は咄嗟にハンドルを切り躱す。だがバランスを保てず、二人はバイクから放り出された。

「大丈夫か、英吉?」
「あ、ああ、なんとか。冬鷹は?」
「問題な――、」

「君が冬鷹君かい?」

 ガラスを舐めるような不快な響きをした声に、冬鷹はハッと振り向く。

「おお、その様子だと、やっぱりそうなんだね」
 氷の巨腕の傍らだ。ローブの男がこちらを向き、口の端を鋭く吊り上げている。

「もしかしたら妹を追ってやってくるかなと、淡い期待をし張っていましたが。よかったです。あの小娘、普段偉そうにしているくせに、失敗したと言った時にはどうしてやろうかと思いましたが。第二目標である〈アドバンスト流柳〉を私たちが連れ帰ったとあれば、報酬交渉のイイ材料になります。では、」

 冬鷹と英吉はすぐに立ち上がるも、身構える間も無く、腕だけのアイスゴーレムの巨大な掌が虫を潰すがのごとく振り下ろされる。
 咄嗟に回避に移る冬鷹。最小限の移動のみで、すぐに〈黒川〉にリンクし、構えた。

 巨大な掌が大地を叩きつけた。轟音を響かせ地面が揺れる。足に伝う衝撃と巻き上がる砂埃や飛礫つぶて
 だが狼狽えてなどいられない。

 狙うはアイスゴーレムの小指。目の前にある、自分の足よりも太いそれに向け、冬鷹は〈黒川〉を振り下ろした。

 刃がスッと氷の肉に入り込む。
 半ばを過ぎた頃にやってきた僅かな抵抗感も、〈力天甲〉による少しの力押しで乗り越え、巨大な小指を切り落とす事ができた。

 しかし――氷腕が再び天に向け立ち上がると、小指には瞬く間に新たな氷肉が生まれた。

 くそッ、そうか――。

 アイスゴーレムは異能具によって作り出されたもの。
 つまりは、いくら壊そうが、術者が可能な限り新たな身体が再構築されるという事だ。

「冬鷹、隙を見て先に行け。俺が何とか食い止めるから」
「ふざんけんな! 置いて行けるわけねえだろッ!」
「大丈夫だ。冬鷹が無事に行ったら、僕も全力で逃げ――ッ! 危ないッ!」

 冬鷹は突き飛ばされる。位置が入れ替わった英吉。

 ――次の瞬間、彼のいた場所を〝太く長い氷〟が通過していった。
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