東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
40 / 58
第六章 氷を繰る敵対者

第39話

しおりを挟む
 まるで『氷の蛇』とでも言うべき形状のそれは、咥え込むかのように英吉の身体をその身に取り込みつつあった。

「英吉ッッ!」
「ナッチ、よくやりました」

 脇のビル陰から、ローブの男がもう一人現れた。ナッチと呼ばれる男の手にある水晶は氷蛇の尾と繋がっている。

「英吉を離せエエエエッッ!」

 冬鷹は〈黒川〉で、氷蛇の首を落としにかかる。
 だが、その刃が触れる事は叶わなかった。

「んぐ――ッ!?」

 突如、冬鷹の身体に衝撃が襲う。途端に視界が横に流れる。
 何かの壁に当たり、ズルッと地面に転がる――その時になり、ようやく『弾き飛ばされた』と気が付く事ができた。

 先程まで冬鷹がいた氷蛇の首元、そこにはローブ姿で丸型の大男が立っていた。
 特徴的なのは両腕。拳から肩にかけてが、武骨で厚い氷の防具に覆われている。

「ビガット、手加減しなさい。依頼内容は『生きたまま』です」
「わぁかってるよ~、ドルー。でもぉ、抵抗してきたから~。……両足折っとくぅ~?」

 間延びする大男の問いかけに、氷の大腕を操っているであろう男は呆れた声を漏らす。

「くれぐれも壊さない様に」
「りょ~かぁい」

 大男がゆっくりと歩み寄ってくる。
 その時、襟元から軍用通信が流れてきた。

『研究班より! テロリストたちが使用していた水晶型異能具について判った事を報告します! 恐らくなんらかの〝禁呪〟によって性能を増幅させていると思われます! 水晶の貯蔵魔素子量、及び出力は推定[A]ランクです! 制御性、範囲に関しましても、少なくとも[B]はあると思われます! 上級以上の隊員でも、くれぐれも単騎での戦闘は極力避けるべきだと進言します! 繰り返します――、』
「ほお、たった数十分で禁呪に辿り着くなんて、この街の研究員もやりますね。まあ、判ったところでもう遅いですけど」

 禁呪!? [A]ランク!? ――冬鷹の表情は思わず強張ってしまう。

 二十一段階ある異能界の基準において、 [A]とは上から二番目の評価帯だ。どの分野評価においても日常で観る事などほとんど無い。
 故に『[A]ランク』という言葉が持つ威力は、怖じ気を覚えるには十分すぎた。

 だがそれでも逃げるわけにはいかない。
 英吉を――妹を救おうと力を貸してくれた親友を見捨てる事なんてできるわけがない。

 冬鷹は〈黒川〉を構え、リンクをはかった。

 だが、その隙を敵は与えてはくれない。
 大男は、その口調や体型に似あわず機敏に動いた。

 素早く、強烈なタックル。二度目に喰らった事で先の強烈な衝撃の正体を知る。
 しかし、此度の威力は先以上――以前小型のアイスゴーレムからくらった攻撃をも超える。その凄まじい衝撃に、一瞬視界が真っ白になった。

「ビガット、絶対に殺してはいけませんよ。再起不能にするのもNGですからね」
「難しぃな~。う~ん、ドルー、どうしよ~、これ~?」

 大男は冬鷹の左腕を掴み、片手で軽々と持ち上げた。

「もう動かないようなら、ナッチに渡して氷漬けにしなさい」

「ドルー、こっちの奴はどうする?」
 と、ナッチと呼ばれる男も問いかける。

「そっちの彼は捨てなさい。〈アドバンスト流柳〉が手に入れればそれで十分。すぐに先遣に追い付きましょう」
「離せ……クソッ、許さねえ」

 冬鷹は痛みに抗い抵抗を試みる。辛うじて握っていた〈黒川〉を振り、大男の手を解こうとした。
 しかし――。

「も~、動いちゃ、ダメだよ~」
「はな――ぐあッ! あっ、あ……が、」

 冬鷹の身体を、大男が両手を使い雑巾のようにキツく絞り上げる。

〈金剛〉の異能――〈硬化〉は瞬間的な極所の衝撃に強い。それは、効率的な魔素子の運用を考え衝撃部位に〈硬化〉を集中しているためだ。
 戦闘において打撃・銃撃・斬撃が中心と考えると、とても理にかなっている。
 また、範囲攻撃に対しては〈パラーレ〉を使用すれば弱点を十分に補う事ができると考えられていた。

 だが、大きな掌でゆっくりと締め付ける攻撃に対しては、〈硬化〉が散漫とし、〈パラーレ〉の入り込む余地はない。

 じわりじわりと、全身の骨が、大男の強烈な握力によりきしんでゆく。

「ビガット! あーもう、ナッチ! 早く受け取ってあげなさい!」

 抵抗しなければ末路は見えている。
 だが、全身を覆う圧力が抵抗許さない。苦痛が意思を奪ってゆく。

 くそ……まだ…………こんなところで………………。

 視界が黒く霞んでゆく。喋っているはずのフードたちの声ももう拾えない。
 抵抗する意思も、意識と共にまもなく消えてしまう。

 ――しかし、突然、身体にかかっていた圧力がスッと消える。

 直後、冬鷹の身体がビガットと呼ばれる大男の腕ごと地面に落ちた。

「がああああああああああああああ! いいいいたあああいいいいいいいッ!」

 戻ってきた聴覚を叫びが刺激する。間髪入れず、その苦痛を訴える声は強さを増した。
 気付けば、ビガットは地面に転がりもがいていた。両腕だけでなく、両足も胴体から切り離された状態で。

「「ビガットッッ!」」
「聴取する故、今のところは命を取らぬ。だが、重陽の民を、そして我が家族を傷付けた事への後悔は十全にその身に刻んでもらう」
「姉……さん、?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。

久野真一
青春
 羽多野幸久(はたのゆきひさ)は成績そこそこだけど、運動などそれ以外全般が優秀な高校二年生。  そんな彼が最近考えるのは想い人の、湯川雅(ゆかわみやび)。異常な頭の良さで「博士」のあだ名で呼ばれる才媛。  彼はある日、勇気を出して雅に告白したのだが―  「交際してくれるなら、この契約書にサインして欲しいの」とずれた返事がかえってきたのだった。  幸久は呆れつつも契約書を読むのだが、そこに書かれていたのは予想と少し違った、想いの籠もった、  ある意味ラブレターのような代物で―  彼女を想い続けた男の子と頭がいいけどどこかずれた思考を持つ彼女の、ちょっと変な、でもほっとする恋模様をお届けします。  全三話構成です。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...