46 / 58
第六章 氷を繰る敵対者
第45話
しおりを挟む
状況は悪い。
勝機は見えない。
足の負傷と〈ゲイル〉を失ったのは大きな痛手だ。
だがそんな状況に関わらず、ふと覚えたいくつかの違和感に、冬鷹は捕われかけていた。
それは怜奈の言動だ。
敵の目的は『郡司冬鷹と郡司雪海の身柄』だったはず。それは橋に来る前の三人組による強襲や、逃げようとしていたにも関わらず、冬鷹を見付け次第襲い掛かってきた『研究所の人間』たちの動きでも明らかだ。
だが、怜奈はどうだろうか。
彼女は冬鷹を明らかに『敵』とみなしている、『攫う標的』ではなくだ。その証拠に怜奈ははっきりと冬鷹を〝壊し〟にかかっている。あるいは退けようとも。
そう考えると、橋の一部崩落を招いたあの巨氷は怜奈の仕業によるものだろう。
薄々はそうではないかと感じてはいたが、もしそうならば仲間の研究員を見捨てた事になる。故に確信には至っていなかった。
だがそもそも目的が違うのであれば何処か納得できなくはない。研究員たちとは『仲間』ではなかった可能性もわずかに出てくる。
そしてもう一つの違和感。
それは『何故「逃亡」に全力を注がないのか』という事だ。
戦闘は恐らく全力だろう。だが彼女の目的は、少なくとも『雪海の身柄』。ならば『奪取』『逃亡』にこそ全力を注ぐべきだ。
距離を取り、巨氷で橋の中腹を壊されれば、追い付く事はできない。
あるいは、アイスゴーレムを積極的に戦闘に出せば冬鷹を圧倒できるはずだ。
〈ゲイル〉が破壊した今、アイスゴーレムに乗ってただ逃げるだけでも、十分に逃げられるはずだ。
なのになぜ?
中学生とは思えない破格の強さを誇っているから、過信しているのか?
いや、そんなふうには見えない。むしろ、慢心せず徹底するようなタイプに思える。
でも、だった ……………………ッ!
冬鷹は一つの答えに辿り着く。
「……ああ、そうか。そうだよな。凄すぎてうっかり忘れてた」
立ち上がると冬鷹は〈黒川〉を構えた。
「何ブツブツと。というか、しつこいわ」
冷たく言い放つ怜奈は、腕を前にかざし、弾となる氷柱を造り出す。
ただ、僅かにだがその光景は先程とは違う。
ほんの些細な違いだ。
しかし、それが冬鷹の導いた答えを確信へと変えた。
氷柱が放たれ、スカジも撃つ。
冬鷹は〈パラーレ〉を張り、〈金剛〉とリンクした。
『攻撃』でも『接近』でもなく、『防御』に重きをおいた運用。
だがそれでいい。
冬鷹は一歩も近付けない。攻撃も届いていない。だが代わりに無傷だ。
怜奈は呆れた声を漏らす。
「何かに気付いたと思ったら、守りの大切さ? それでなんになるの? 一生続ける気?」
「ああ。別にそれでもいいさ」
「は? ホント、アンタバカね。私がそんなのに付き合うと思う?」
「ああ、無理だろうな。まだまだ成長期の怜奈ちゃんには」
その言葉に、余裕を見せていた怜奈の顔に陰りが見えた。
「内心、焦ってるんだろ? だって俺はこうしてじっと耐えてればいい。それだけで、君は〈生命子〉を徐々に失っていく〟んだから」
「は? 何言って――、」
「アイスゴーレムの長期運用。橋を壊す程の大きな氷の塊。狙いをつけ矢を撃つ程の細かい事ができる傀儡術、氷の陣、氷柱の弾丸、の同時使用。『制御』や『出力』――怜奈ちゃんの才能に目が行って、見落としてた。どんなに凄くても君はまだ中学生だ。〈潜在生命子量〉はたかが知れてる。その証拠にさっきより氷柱の数が減ってるよね?」
〈魔素子〉の元にもなっている〈生命子〉は、『人の生命力』と言い変える事ができる。
これは単純な話で、〈潜在生命子量〉は筋肉や体力のように年齢と共に増減してゆく。どんなに鍛えようとも大人顔負けの芸当で消費を続ければ、いくら天才中学生といえども生命子切れが目前に迫るのは自明の理だ。
「アイスゴーレムもきっともう雪海を運びながらの素早い移動はできないんでしょ? じゃなきゃ、逃げるなり、もっと攻撃してくるなりできるはずだ」
「……………うるさい」
はじめは小さな呟き。
だが瞬く間に、堰は決壊し、感情が顕わになる。
「うるさい。うるさい! うるさい、うるさい、うるさいッッ!」
『余裕』でも、『焦り』でもない。絶叫にも似た少女の声には『必死』な『怒り』を感じた。
「だったら、黙ってさっさと寝てなさいよッ!」
氷柱を放たれ、スカジが撃つ。
だが、結果は変わらない。冬鷹は無傷。怜奈は生命子を減らしてゆく。
「なんで、なんでよ! あと少しなのにッ! 邪魔しないでッ!」
効かないと解っているはずだ。それでも攻撃を止めない。
だが、氷柱は徐々に本数を減らし、スカジは徐々に綻び、その形を保てなくなってきている。氷の陣も次第に範囲を狭めていた。
「もうッ! 早く倒されてよッ!」
叫びと共に怜奈は巨大な一本の氷柱を作り出す。
だがこれは明らかに悪手だ。
小さな複数本の方がずっと避けにくかった。
冬鷹は動く。横に避け、やり過ごす様に躱す。
冬鷹の進行を阻むべく、スカジが立ち塞がるように迫ってきた。
だが――。
「届くなら、斬れる」
リンクした〈黒川〉の一閃がスカジの胴を上下二つに分かつ。
「来るな! 来るるなアアアアアッ!」
氷柱が地面から生える。だが陣はもはや怜奈から三歩程度まで範囲を狭めていた。突然地面から生える白く透明な障害も、避ける、あるいは斬るだけで、冬鷹を阻めない。
怜奈の陣に入る。足の痛みなどとうに忘れた。あと一歩で届く。
そこに、守護者のごとくアイスゴーレムが彼女の背後から腕を伸ばしてきた。
それは数週間前に死を感じた巨大な拳。
己の無力を感じた苦き記憶。
しかし、冬鷹はもうそこにはいない。
それはすでに『過去』になっている。
冬鷹は〈黒川〉とリンクし、振るった。
氷の巨腕は一刀のもと、肘の辺りから切り離された。
氷の巨人は悲鳴を上げない。
代わりに、怜奈は嘆きにも似た叫びを漏らす。
ただ少女にもう次の手はない。
出させる暇は与えない。
「ごめん」
〈黒川〉の柄頭が怜奈の腹部に強くめり込む。
伊東怜奈は苦悶の息を漏らし、崩れる様にその場に倒れ込んだ。
勝機は見えない。
足の負傷と〈ゲイル〉を失ったのは大きな痛手だ。
だがそんな状況に関わらず、ふと覚えたいくつかの違和感に、冬鷹は捕われかけていた。
それは怜奈の言動だ。
敵の目的は『郡司冬鷹と郡司雪海の身柄』だったはず。それは橋に来る前の三人組による強襲や、逃げようとしていたにも関わらず、冬鷹を見付け次第襲い掛かってきた『研究所の人間』たちの動きでも明らかだ。
だが、怜奈はどうだろうか。
彼女は冬鷹を明らかに『敵』とみなしている、『攫う標的』ではなくだ。その証拠に怜奈ははっきりと冬鷹を〝壊し〟にかかっている。あるいは退けようとも。
そう考えると、橋の一部崩落を招いたあの巨氷は怜奈の仕業によるものだろう。
薄々はそうではないかと感じてはいたが、もしそうならば仲間の研究員を見捨てた事になる。故に確信には至っていなかった。
だがそもそも目的が違うのであれば何処か納得できなくはない。研究員たちとは『仲間』ではなかった可能性もわずかに出てくる。
そしてもう一つの違和感。
それは『何故「逃亡」に全力を注がないのか』という事だ。
戦闘は恐らく全力だろう。だが彼女の目的は、少なくとも『雪海の身柄』。ならば『奪取』『逃亡』にこそ全力を注ぐべきだ。
距離を取り、巨氷で橋の中腹を壊されれば、追い付く事はできない。
あるいは、アイスゴーレムを積極的に戦闘に出せば冬鷹を圧倒できるはずだ。
〈ゲイル〉が破壊した今、アイスゴーレムに乗ってただ逃げるだけでも、十分に逃げられるはずだ。
なのになぜ?
中学生とは思えない破格の強さを誇っているから、過信しているのか?
いや、そんなふうには見えない。むしろ、慢心せず徹底するようなタイプに思える。
でも、だった ……………………ッ!
冬鷹は一つの答えに辿り着く。
「……ああ、そうか。そうだよな。凄すぎてうっかり忘れてた」
立ち上がると冬鷹は〈黒川〉を構えた。
「何ブツブツと。というか、しつこいわ」
冷たく言い放つ怜奈は、腕を前にかざし、弾となる氷柱を造り出す。
ただ、僅かにだがその光景は先程とは違う。
ほんの些細な違いだ。
しかし、それが冬鷹の導いた答えを確信へと変えた。
氷柱が放たれ、スカジも撃つ。
冬鷹は〈パラーレ〉を張り、〈金剛〉とリンクした。
『攻撃』でも『接近』でもなく、『防御』に重きをおいた運用。
だがそれでいい。
冬鷹は一歩も近付けない。攻撃も届いていない。だが代わりに無傷だ。
怜奈は呆れた声を漏らす。
「何かに気付いたと思ったら、守りの大切さ? それでなんになるの? 一生続ける気?」
「ああ。別にそれでもいいさ」
「は? ホント、アンタバカね。私がそんなのに付き合うと思う?」
「ああ、無理だろうな。まだまだ成長期の怜奈ちゃんには」
その言葉に、余裕を見せていた怜奈の顔に陰りが見えた。
「内心、焦ってるんだろ? だって俺はこうしてじっと耐えてればいい。それだけで、君は〈生命子〉を徐々に失っていく〟んだから」
「は? 何言って――、」
「アイスゴーレムの長期運用。橋を壊す程の大きな氷の塊。狙いをつけ矢を撃つ程の細かい事ができる傀儡術、氷の陣、氷柱の弾丸、の同時使用。『制御』や『出力』――怜奈ちゃんの才能に目が行って、見落としてた。どんなに凄くても君はまだ中学生だ。〈潜在生命子量〉はたかが知れてる。その証拠にさっきより氷柱の数が減ってるよね?」
〈魔素子〉の元にもなっている〈生命子〉は、『人の生命力』と言い変える事ができる。
これは単純な話で、〈潜在生命子量〉は筋肉や体力のように年齢と共に増減してゆく。どんなに鍛えようとも大人顔負けの芸当で消費を続ければ、いくら天才中学生といえども生命子切れが目前に迫るのは自明の理だ。
「アイスゴーレムもきっともう雪海を運びながらの素早い移動はできないんでしょ? じゃなきゃ、逃げるなり、もっと攻撃してくるなりできるはずだ」
「……………うるさい」
はじめは小さな呟き。
だが瞬く間に、堰は決壊し、感情が顕わになる。
「うるさい。うるさい! うるさい、うるさい、うるさいッッ!」
『余裕』でも、『焦り』でもない。絶叫にも似た少女の声には『必死』な『怒り』を感じた。
「だったら、黙ってさっさと寝てなさいよッ!」
氷柱を放たれ、スカジが撃つ。
だが、結果は変わらない。冬鷹は無傷。怜奈は生命子を減らしてゆく。
「なんで、なんでよ! あと少しなのにッ! 邪魔しないでッ!」
効かないと解っているはずだ。それでも攻撃を止めない。
だが、氷柱は徐々に本数を減らし、スカジは徐々に綻び、その形を保てなくなってきている。氷の陣も次第に範囲を狭めていた。
「もうッ! 早く倒されてよッ!」
叫びと共に怜奈は巨大な一本の氷柱を作り出す。
だがこれは明らかに悪手だ。
小さな複数本の方がずっと避けにくかった。
冬鷹は動く。横に避け、やり過ごす様に躱す。
冬鷹の進行を阻むべく、スカジが立ち塞がるように迫ってきた。
だが――。
「届くなら、斬れる」
リンクした〈黒川〉の一閃がスカジの胴を上下二つに分かつ。
「来るな! 来るるなアアアアアッ!」
氷柱が地面から生える。だが陣はもはや怜奈から三歩程度まで範囲を狭めていた。突然地面から生える白く透明な障害も、避ける、あるいは斬るだけで、冬鷹を阻めない。
怜奈の陣に入る。足の痛みなどとうに忘れた。あと一歩で届く。
そこに、守護者のごとくアイスゴーレムが彼女の背後から腕を伸ばしてきた。
それは数週間前に死を感じた巨大な拳。
己の無力を感じた苦き記憶。
しかし、冬鷹はもうそこにはいない。
それはすでに『過去』になっている。
冬鷹は〈黒川〉とリンクし、振るった。
氷の巨腕は一刀のもと、肘の辺りから切り離された。
氷の巨人は悲鳴を上げない。
代わりに、怜奈は嘆きにも似た叫びを漏らす。
ただ少女にもう次の手はない。
出させる暇は与えない。
「ごめん」
〈黒川〉の柄頭が怜奈の腹部に強くめり込む。
伊東怜奈は苦悶の息を漏らし、崩れる様にその場に倒れ込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる