彼の至宝

まめ

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 ラウは簡素な馬車を納屋の前に止め、その荷台に作物が入った籠を次々と乗せていった。全て乗せ終わったのを確認するとラウも馬車に乗り、それほど遠くない場所にある町へと向かった。
 道沿いにゆっくりと走らすと半刻もしないうちに町へ着く。町の入り口を抜け、市場に入ると手慣れた様子で空いている場所を見つけたラウは、そこに馬車を止めた。それから地面に家から持って来た杭を打ち付け、手綱を掛けると麦わらで作った茣蓙ござを敷き、その上に作物が入った籠をいくつか乗せれば出店の出来上がりだ。

「さあさあ、いらっしゃい。いらっしゃい。焼けばホクホクの芋に、そのままでも、煮ても炒めても絶品の新鮮な葉野菜。それに今日は甘露のようなタタの実まであるよ。ジャムにしてもいいし、ケーキに入れて焼けば甘酸っぱくなって美味しいよ。さあ、いらっしゃい」

 ラウは堂々と声を張り上げ、市場の客に向けて呼びかけをした。すると妾腹とはいえ王子様のエーリクでは、絶対にすることがなかった客寄せに彼の中のエーリクが困惑しているのか、そわそわとしているのを感じた。
 なんだよ。いくらなんでも客寄せをしないと物が売れにくくなっちゃうじゃないか。まあ君の生前を考えると人に注目されるのは嫌いなんだろうけどさ。ちょっとくらいいいじゃないか。そうラウが心の中で文句を言うと、彼の中のエーリクは仕方がないといったように諦めておとなしくなった。
 それにラウはなんだか変な感じだなと苦笑し、きっと兄弟がいたらこんな感じなのかもしれないと想像した。けれどもすぐに王子様と農民じゃあ兄弟になれっこないという事に気付き、自分の愚かな考えに眉を寄せた。

「おや。今日は来たんだね。みんな紫水晶のラウが来ているよ」

 噂好きの小母さんがラウに気付くと大きな声でその存在を周囲に知らせた。
 エーリクとラウ。容姿も性格も何一つ似ていない彼らの唯一の共通点は瞳の色だ。ラウはエーリクと同じように、光の加減によって自在に変色する宝石のような紫の瞳を持っている。町の皆は珍しいラウの瞳が大層お気に入りで、彼の瞳を一目見ようと出店に群がる。ラウはそれを利用して作物を売るのだ。紫の瞳を見たければ何でもいいから買って行けと。おかげで出店はいつでも大繁盛だ。多少形や色が悪くとも人々は何でもいいので買ってくれるのだから。今世でも紫の瞳は人々を魅了していた。ただエーリクと違いラウの容姿は十人並みであったので、特に誰かに迫られるわけでも誘拐されそうになるわけでもなかった。人々はただただ純粋に宝石を眺めるのと同様にラウの瞳を観賞しているだけだった。

「ねえラウ。あなたこんな田舎で農夫なんかしていないで、王都に出て役者にでもなったら」

 作物は順調に売れていき、目の前にいる少女が買ったタタの実が最後の商品だった。彼女はよくラウの出店に来てくれる常連客なのだが、何かとラウを王都に出ていかせたがる少し困った客でもあった。
 今日は役者か。この前は著名な画家のモデルになれ。だったかとラウは彼女とのやり取りを思い出し苦笑した。

「いやいや。俺の容姿を考えてごらんよ。平々凡々のどこにでもある顔だ。役者になんてなったら、国中の笑いものになってしまうよ」

 他人からの賛辞なんて煩わしいだけだという事は、エーリクの記憶で嫌というほど知っている。わざわざ自分から辟易するような境遇に身を置こうだなんて、ラウはどうしても思えなかった。それに確かに瞳の色は誰よりも珍しいものを持っているけれど、それ以外の作りが掃いて捨てるほどあるものなのだから、彼女の言う通りにしてしまっては、自己判断が出来ていない自意識過剰な馬鹿だと笑われるのが目に見えている。

「そうかしら。鼻筋は通っているし、角度によっては格好よく見えるかもしれないじゃない。それに何よりその瞳は、どんな優れた容姿よりも価値があると思うのだけれど」

 見えるかもしれないという事は見えないのと同義だ。ラウは少女の言葉を聞き再び苦笑を浮かべた。十人並みの容姿だという事は自身でも理解しているが、いざ他人から面と向かって言われるとあまり気分はよくないものだ。彼女はお世辞を覚えた方がいいだろう。このままでは多くの敵を作ってしまうのではないかとラウはいらない心配をしてしまった。
 それよりも何よりも、ラウが怒る前に余計なお世話だとでもというようにして、エーリクが彼女に対し怒り狂っているのを感じるとなんだかもう馬鹿らしくなってしまった。
 十人並みの何が悪い。十人並みというのは、何よりも恵まれているという事なのだぞと、もし聞く人がいれば妬みや嫌悪を抱かれるかもしれない彼の言葉というか感情を読み取ったラウは、そうだな君は生前苦労したものなと素直に同情した。

「まあ、どんな作物でも売れるっていう。農家にしたら涎ものの価値はあるかな」

 ラウは今日最後の商品を少女に渡すと帰り支度を始めた。まだ太陽は南からわずかに西へと傾いているだけだ。これなら今から帰れば、農作業を手伝うことだって出来るから早く仕事が終わると、彼は温かくなった懐を確認し、やや急いで帰路に就いたのだった。
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