彼の至宝

まめ

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 一五になった日の朝。それまで平凡に暮らしていたラウの日常は急激に変わった。
 それまでは国の外れある辺境の村エンクラインの少年ラウだった。父はこの村の農夫であるエトで、母はその妻のアニカだ。ラウは確かにこの村で生まれ、そして十五まで育った。けれども今は彼の意識にラウ以外の人物がいた。それはこの国グロートグウォーデンの王子であったエーリクだ。
 エーリクの母は侍女だった。国王のブラームが気紛れで手を付けたその一回で出来た望まれぬ子だ。エーリクを生んだ侍女は出産の際に命を落とし、生まれたエーリクは一応は王子であるのだからと王宮で育てられることとなった。そうしてエーリクは十五まで育ったのだが、ひとつ問題点があった。彼は美しすぎたのだ。この世の女性が束になっても勝てない程の美貌。まるで彫刻のように整った目鼻立ちを持ち、金糸のように艶やがあり煌びやかな髪。それになによりも珍しい瞳を持っていた。その瞳は光の加減により、美しいアメジストやタンザナイトのように輝き。そして時には青玉になった。不思議な美しさと魅力を持つ瞳は、様々な人間を虜にした。性別など関係なく王城の下働きから上は王までを魅了し、その宝石は十五年輝き続けた後、十六になる手前で輝きを失った。
 エーリクが唯一心を開いていた。彼を何よりも愛する従弟のディーデリックに嫉妬をした一人の少女が、その嫉妬の余りにディーデリックを刺し殺そうとし、その彼を守ることでエーリクは命を落としてしまったのだ。

「エーリク。エーリク、私の宝玉。ああ、私を置いて死ぬな」

 泣くなディーデリック。どうせこのまま生きていたとて、私は幸せにはなれはしない。ならばこの命、ここで終わりを迎えようと何の悔いもない。兄弟のように育った大事なお前の命を守れたのだから、むしろ喜ばしくさえ思っているんだ。
 類稀なる美貌に恵まれたエーリクの人生は、十五年と短いとはいえ、決して幸せなものでは無かった。人々に欲望を向けられたエーリクは、それに翻弄されてばかりだった。隙を見せようものなら、我先にと彼を手籠めにしようとする。実の父ですらだ。
 そんな疲弊しきった彼の心が唯一休まるのは、ディーデリックと共に過ごす時間だけだった。彼だけはエーリクに欲望を向けることはなかった。決して答えることは出来なかったけれど、エーリクに愛をくれたのはディーデリックだけだった。

「ああ、エーリク。お前がいなくては、私の世界は色を失ってしまう。お前は私にこの灰色の世界で生きろというのか」

 そんな事はない。今は灰色に思えたとしても、じきにお前の世界は色を取り戻す。私以外の宝玉が必ず見つかるはずだ。
 意識が朦朧とするなか、エーリクは微笑んだ。何も心配はいらないと彼に伝えたかったのだ。彼はディーデリックが上げた悲痛な声を聞いたのを最期に息を引き取った。

「――ラウ。ラウ。さっさと起きなさい。今日は町の市場に行って作物を売って来てちょうだい。お前が売りに行くとよく売れるからね」

 ラウの母アニカは上掛け布団を引っぺがし、ラウを叩き起こした。日が地平線から姿を現して半刻も経っているのだから、彼女がそうするのも無理はないだろう。農家の朝は早いものだ。日が昇る前に起床し、昇りきる前には畑に出て農作業に勤しむのが習わしだ。もう十五のラウは立派な労働力なのだから、さっさと働いてもらわねば困る。

「ごめん。夢を見ていたから、つい」

 ラウは霞がかかったようにはっきりとしない意識のままベッドから起き上がった。十五になってからというもの。彼は毎日のようにエーリクの記憶を夢で見ていた。それは彼の最期の瞬間であったり、幼少の頃であったりと様々だ。主にディーデリックとの思い出が多いのだけれど、たまに悪夢のような記憶を見ることもある。ディーデリックとの夢であれば幸福で満たされ、その余韻にいつまでも浸っていたいとさえ思う。けれども悪夢を見た時には、余りの嫌悪と恐怖に目が覚め、以降は寝れなくなってしまい寝不足で頭がぼうっとしてしまうのだ。

「また夢かい。あんたこの間からなんだかおかしいよ。十五になった途端に、そんなに夢を見るようになるだなんて。このままじゃ夢遊病にでもなっちまわないか、あたしゃ心配だよ。一度お医者様に見てもらったらどうだい」

「ごめん。医者は大丈夫だから。――それで今日は何を売ればいいの」

 医者だなんて絶対に願い下げだとラウは思った。
 十五になった途端に、おそらく自分の前世だと思われる人の記憶を夢で毎日見るようになりました。それを意識するあまり、最近ではその記憶に引き摺られてしまって、今では自分の中にもう一人のエーリクという人間がいるように感じるのです。以前は夢の中だけの存在だったというのに、最近では起きているときも彼の存在を感じるのが怖いのですが、先生いったい私はどうしたらいいのでしょう。だなんて医者に聞けば、あっという間に精神が錯乱した気狂いとの診断が下りるに決まっている。

「全く本当なんだろうね。後で倒れてもあたしゃしらないよ」

 アニカは心配からラウを叱りつけた。彼女からすれば一人息子が調子が良くないのに、医者に行きたくないだなんて幼児のような我儘を言っているのだから、小言の一つや二つも言いたくなるというものだ。
 ラウはこれ以上の小言は堪ったものではないと足早に表に出て、扉のすぐ側にある水瓶を利用し顔を洗った。それから外壁に作り付けた棚に置いてある柔らかい枝の先を細かく裂いた歯ブラシで歯を丁寧に磨いた後、再度自分の部屋に戻り着替えをして身支度を整えたラウは、台所に向かうと食卓に置かれた簡単な朝食を摘んだ。

「今日は何を売ってくればいいんだっけ」

 食卓の片付けをしているアニカをぼんやりとみながら、そういえばとラウは街で売ってこいと言われた作物が何か教えてもらっていないことを思い出した。

「ああ、今日は芋と葉野菜にタタの実だよ」

 それを聞くとラウは、まあどうせ何でも勝手に売れるんだけど、今回は一段と早く売れそうだと言った後にパンを豪快に口に放り込んだ。なにせ芋はこのあたりの庶民の主食の一つであるし、葉野菜は生でも調理してもまずくはならない優れものだ。こりゃ簡単でいいやと、ラウは朝食を食べ終えると早々に街へ売りに行くために準備を始めたのだった。
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