4 / 4
3.
しおりを挟む
逃げるしかない。
そう決心して、すぐに頭の中でその段取りと道筋を考えた。逃げ出した後のことは考えない。雑念が入れば、逃げることすら叶わなくなる。一生こんな場所に縛られ、愛した人が他の女と愛し合う苦痛を見せられるよりは、逃げ出して惨めに一人死ぬ方がマシだ。例えその死がどのような苦痛に塗れていようとも。
そう、断言できる。
普通のか弱い令嬢であれば、本来は逃げ出すことすら叶わないだろう。しかし幸い、私には魔道具がある。これはエスペランツァ侯爵令嬢としての知識だけではなく、私自身が研究と努力で築き上げた技術だった。
私はそっとドレスのポケットの中に手を忍ばせ、そこにしまっていた二つの魔道具を確かめた。
大事なものだからこそ、渡すまで失くさないようにと持っていたことが幸いした。
一つは『姿を一時的に見えなくする』指輪型の魔道具。
カイデンと共に久しぶりに街へ遊びに行こうと思って作ったものだった。警備が共にいる、王族の立場では息がつまる。だから二人でお忍びで出かけられたら……と話していた。けれどもう必要はない。彼と街へ一緒に行く機会などもうないし、何よりもいらない。
皮肉にもこれが今、私自身の逃亡に役立つ。
もう一つは、『身体能力を向上させる』懐中時計型の魔道具。
これはカイデンの誕生日に贈るつもりだった。王族である彼は、常に危険と隣り合わせだ。だからこそ、彼を守るために、彼に身につけてほしいと願って作ったものだった。いざという窮地に立たされた時に助けになれるように。
――だけど、もう彼のために使うつもりはない。渡してたまるかとまで思ってしまう。だから、私自身のためにこれは使わせてもらおう。
舞踏会は大規模で、多くの貴族が集まっている。これ以上ないほどに人口密度が高いかつ、兵士もその多さに誰が誰なのかわからなくなっている中で警備をしている。そんな状態の中、人の目を掻い潜り、王宮から抜け出すことはきっと可能なはずだ。
私は深く息を吸い込み、中庭の片隅からそっと抜け出した。背後では今も華やかな談笑が続いている。誰も私が消えようとしていることなど気づいていない。それがなんだか虚しくて、笑えそうなくらいに面白かった。あんなに苦労を重ねて来たのに、誰にもなんとも思われていない。誰も私の努力なんて見えていないんだから、今も見ないでいて。
進む。足音を立てないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと進み続けた。
舞踏会会場から完全に離れ、王宮から市街地へと出る廊下をただただ歩く。静けさで、自身の心臓の鼓動を余計に感じた。どうやら私は物凄く緊張している様だ。
震える指先で魔道具を握りしめた。逃げると決めたものの、心臓が痛いほどに高鳴る。全身を駆け巡るのは恐怖と不安。今にも兵士に見つかってしまうかもしれない。ここで見つかってしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。
捕まって折檻を受けるのだろうか、それとももう一生外に出られない?カイデンと女がイチャイチャするのを見せつけられ続ける?
冗談じゃない。思考の隅にそれがあるだけで気が狂いそうだ。
そんなことを考えていると、人間の気配を感じた。
「いいよなー、貴族様は。あんな豪華絢爛なところであははおほほと笑って、踊り散らかして」
「……真面目に警備を続けろ。喋るな」
「お前もそう思うだろ?あー、俺も貴族になりてーなー」
声が聞こえた瞬間、ビクリと身体を強張らせてしまったが、どうやら私にはまだ気付いていないらしい。
だから警戒しながら、兵士達を避けながらコソコソと進んでいく。しかし彼らを回避するコースを取ろうとしたのが良くなかったのかもしれない。ドレスの裾が引っ掛かって、花瓶を倒してしまった。
「誰だ!?」
すぐにこちらへ走ってくる気配を感じる。
しかし魔道具を使わずに移動するには限界だ。ここで『姿を一時的に見えなくする』魔道具を発動させた。最初から姿を隠せば、こんなコソコソしなくて済んだのだが、ここまで発動させなかったのは理由がある。
この魔法は他人の精神を操る事で、こちらの姿を認識できないようにする。だから、発動させると他人に発動している間だけ倒れそうなくらいに魔力を搾り取られ続けるのだ。
逃げるまでのこの間だけがこの魔道具の唯一の欠点とも言えた。
少しグラっと来ながらも、私は更にもう一つの魔道具を取り出した。瞬時に体が軽くなるのを感じる。身体能力向上の効果だ。これでドレスを着ながらも、一気に外まで駆け抜けた。カイデンでも使えるようにと、二つを使えば切り抜けられるように設計してあって正解だった。
もう、振り返るつもりはない。
王宮を出れば、私の人生はまったく違うものになる。
今のように何不自由ない衣食住は捨てることになるし、とんでもない不幸を味わうかもしれない。でも、それでもいい。私は、誰かにそれを決められたのではなく、自分の意思でこの未来を選ぶのだから。
そう決心して、すぐに頭の中でその段取りと道筋を考えた。逃げ出した後のことは考えない。雑念が入れば、逃げることすら叶わなくなる。一生こんな場所に縛られ、愛した人が他の女と愛し合う苦痛を見せられるよりは、逃げ出して惨めに一人死ぬ方がマシだ。例えその死がどのような苦痛に塗れていようとも。
そう、断言できる。
普通のか弱い令嬢であれば、本来は逃げ出すことすら叶わないだろう。しかし幸い、私には魔道具がある。これはエスペランツァ侯爵令嬢としての知識だけではなく、私自身が研究と努力で築き上げた技術だった。
私はそっとドレスのポケットの中に手を忍ばせ、そこにしまっていた二つの魔道具を確かめた。
大事なものだからこそ、渡すまで失くさないようにと持っていたことが幸いした。
一つは『姿を一時的に見えなくする』指輪型の魔道具。
カイデンと共に久しぶりに街へ遊びに行こうと思って作ったものだった。警備が共にいる、王族の立場では息がつまる。だから二人でお忍びで出かけられたら……と話していた。けれどもう必要はない。彼と街へ一緒に行く機会などもうないし、何よりもいらない。
皮肉にもこれが今、私自身の逃亡に役立つ。
もう一つは、『身体能力を向上させる』懐中時計型の魔道具。
これはカイデンの誕生日に贈るつもりだった。王族である彼は、常に危険と隣り合わせだ。だからこそ、彼を守るために、彼に身につけてほしいと願って作ったものだった。いざという窮地に立たされた時に助けになれるように。
――だけど、もう彼のために使うつもりはない。渡してたまるかとまで思ってしまう。だから、私自身のためにこれは使わせてもらおう。
舞踏会は大規模で、多くの貴族が集まっている。これ以上ないほどに人口密度が高いかつ、兵士もその多さに誰が誰なのかわからなくなっている中で警備をしている。そんな状態の中、人の目を掻い潜り、王宮から抜け出すことはきっと可能なはずだ。
私は深く息を吸い込み、中庭の片隅からそっと抜け出した。背後では今も華やかな談笑が続いている。誰も私が消えようとしていることなど気づいていない。それがなんだか虚しくて、笑えそうなくらいに面白かった。あんなに苦労を重ねて来たのに、誰にもなんとも思われていない。誰も私の努力なんて見えていないんだから、今も見ないでいて。
進む。足音を立てないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと進み続けた。
舞踏会会場から完全に離れ、王宮から市街地へと出る廊下をただただ歩く。静けさで、自身の心臓の鼓動を余計に感じた。どうやら私は物凄く緊張している様だ。
震える指先で魔道具を握りしめた。逃げると決めたものの、心臓が痛いほどに高鳴る。全身を駆け巡るのは恐怖と不安。今にも兵士に見つかってしまうかもしれない。ここで見つかってしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。
捕まって折檻を受けるのだろうか、それとももう一生外に出られない?カイデンと女がイチャイチャするのを見せつけられ続ける?
冗談じゃない。思考の隅にそれがあるだけで気が狂いそうだ。
そんなことを考えていると、人間の気配を感じた。
「いいよなー、貴族様は。あんな豪華絢爛なところであははおほほと笑って、踊り散らかして」
「……真面目に警備を続けろ。喋るな」
「お前もそう思うだろ?あー、俺も貴族になりてーなー」
声が聞こえた瞬間、ビクリと身体を強張らせてしまったが、どうやら私にはまだ気付いていないらしい。
だから警戒しながら、兵士達を避けながらコソコソと進んでいく。しかし彼らを回避するコースを取ろうとしたのが良くなかったのかもしれない。ドレスの裾が引っ掛かって、花瓶を倒してしまった。
「誰だ!?」
すぐにこちらへ走ってくる気配を感じる。
しかし魔道具を使わずに移動するには限界だ。ここで『姿を一時的に見えなくする』魔道具を発動させた。最初から姿を隠せば、こんなコソコソしなくて済んだのだが、ここまで発動させなかったのは理由がある。
この魔法は他人の精神を操る事で、こちらの姿を認識できないようにする。だから、発動させると他人に発動している間だけ倒れそうなくらいに魔力を搾り取られ続けるのだ。
逃げるまでのこの間だけがこの魔道具の唯一の欠点とも言えた。
少しグラっと来ながらも、私は更にもう一つの魔道具を取り出した。瞬時に体が軽くなるのを感じる。身体能力向上の効果だ。これでドレスを着ながらも、一気に外まで駆け抜けた。カイデンでも使えるようにと、二つを使えば切り抜けられるように設計してあって正解だった。
もう、振り返るつもりはない。
王宮を出れば、私の人生はまったく違うものになる。
今のように何不自由ない衣食住は捨てることになるし、とんでもない不幸を味わうかもしれない。でも、それでもいい。私は、誰かにそれを決められたのではなく、自分の意思でこの未来を選ぶのだから。
285
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!
日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」
学園のアイドル、マルスからの突然の告白。
憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。
「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」
親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。
「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」
「お姉様の味方なんて誰もいないのよ」とよく言われますが、どうやらそうでもなさそうです
越智屋ノマ
恋愛
王太子ダンテに盛大な誕生日の席で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢イヴ。
彼の隣には、妹ラーラの姿――。
幼い頃から家族に疎まれながらも、王太子妃となるべく努力してきたイヴにとって、それは想定外の屈辱だった。
だがその瞬間、国王クラディウスが立ち上がる。
「ならば仕方あるまい。婚約破棄を認めよう。そして――」
その一声が、ダンテのすべてをひっくり返す。
※ふんわり設定。ハッピーエンドです。
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
聖女で美人の姉と妹に婚約者の王子と幼馴染をとられて婚約破棄「辛い」私だけが恋愛できず仲間外れの毎日
佐藤 美奈
恋愛
「好きな人ができたから別れたいんだ」
「相手はフローラお姉様ですよね?」
「その通りだ」
「わかりました。今までありがとう」
公爵令嬢アメリア・ヴァレンシュタインは婚約者のクロフォード・シュヴァインシュタイガー王子に呼び出されて婚約破棄を言い渡された。アメリアは全く感情が乱されることなく婚約破棄を受け入れた。
アメリアは婚約破棄されることを分かっていた。なので動揺することはなかったが心に悔しさだけが残る。
三姉妹の次女として生まれ内気でおとなしい性格のアメリアは、気が強く図々しい性格の聖女である姉のフローラと妹のエリザベスに婚約者と幼馴染をとられてしまう。
信頼していた婚約者と幼馴染は性格に問題のある姉と妹と肉体関係を持って、アメリアに冷たい態度をとるようになる。アメリアだけが恋愛できず仲間外れにされる辛い毎日を過ごすことになった――
閲覧注意
「婚約の約束を取り消しませんか」と言われ、涙が零れてしまったら
古堂すいう
恋愛
今日は待ちに待った婚約発表の日。
アベリア王国の公爵令嬢─ルルは、心を躍らせ王城のパーティーへと向かった。
けれど、パーティーで見たのは想い人である第二王子─ユシスと、その横に立つ妖艶で美人な隣国の王女。
王女がユシスにべったりとして離れないその様子を見て、ルルは切ない想いに胸を焦がして──。
魔女見習いの義妹が、私の婚約者に魅了の魔法をかけてしまいました。
星空 金平糖
恋愛
「……お姉様、ごめんなさい。間違えて……ジル様に魅了の魔法をかけてしまいました」
涙を流す魔女見習いの義妹─ミラ。
だけど私は知っている。ミラは私の婚約者のことが好きだから、わざと魅了の魔法をかけたのだと。
それからというものジルはミラに夢中になり、私には見向きもしない。
「愛しているよ、ミラ。君だけだ。君だけを永遠に愛すると誓うよ」
「ジル様、本当に?魅了の魔法を掛けられたからそんなことを言っているのではない?」
「違うよ、ミラ。例え魅了の魔法が解けたとしても君を愛することを誓うよ」
毎日、毎日飽きもせずに愛を囁き、むつみ合う2人。それでも私は耐えていた。魅了の魔法は2年すればいずれ解ける。その日まで、絶対に愛する人を諦めたくない。
必死に耐え続けて、2年。
魅了の魔法がついに解けた。やっと苦痛から解放される。そう安堵したのも束の間、涙を流すミラを抱きしめたジルに「すまない。本当にミラのことが好きになってしまったんだ」と告げられる。
「ごめんなさい、お姉様。本当にごめんなさい」
涙を流すミラ。しかしその瞳には隠しきれない愉悦が滲んでいた──……。
「今日から妹も一緒に住む」幼馴染と結婚したら彼の妹もついてきた。妹を溺愛して二人の生活はすれ違い離婚へ。
佐藤 美奈
恋愛
「今日から妹のローラも一緒に住むからな」
ミカエルから突然言われてクロエは寝耳に水の話だった。伯爵家令嬢一人娘のクロエは、幼馴染のミカエル男爵家の次男と結婚した。
クロエは二人でいつまでも愛し合って幸福に暮らせると思っていた。だがミカエルの妹ローラの登場で生活が変わっていく。クロエとローラは学園に通っていた時から仲が悪く何かと衝突していた。
住んでいる邸宅はクロエの亡き両親が残してくれたクロエの家で財産。クロエがこの家の主人なのに、入り婿で立場の弱かったミカエルが本性をあらわして、我儘言って好き放題に振舞い始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる