どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。

皇 翼

文字の大きさ
3 / 26

2.

舞踏会の喧騒は、まだ遠い大広間に満ちていた。
煌びやかなシャンデリアが天井に輝き、金銀の装飾が壁を飾る。遠目に見るその美しい光景が今の私にはひどく遠く、どこか別の世界のもののように思えた。まるで手の届かない星を見ているようだ。あの輝きは、空に輝くものよりもより明るく、ギラギラしてはいるが。
その異世界感がより孤独を際立たせて、気分が落ち込んでしまう。

そんなくだらないことを考えながら、私はさっきあの庭で見た光景を頭の中で繰り返し、そしてただ立ち尽くしていた。

――どうすればいいのだろう。

私は侯爵令嬢であり、そして王太子の婚約者だ。
これまではそれを当然のこととして受け入れてきた。
いつか王妃になる。そのために相応しい振る舞いを学び、教養を身につけ、誰よりも慎ましく、そして品位を守って生きてきた。苦しみながら、それを体現してきたのだ。だって共に同じ地獄に置かれながらも、一緒に頑張ってくれる、支えてくれると言ってくれた人が共にいたから。
けれど。
カイデンの裏切りを目の当たりにした今、私はもう何を支えにすればいいのかわからなくなっていた。

彼がいたから、頑張れた。
彼がいたから、この立場を受け入れることができた。

それなのに、どうして。

婚約は貴族の力関係によって決まったものだ。
けれど、私は彼を愛していた。彼も私のことをきっと愛してくれている。そう信じていた。
でもそんな気持ちなど、彼にはなかった。私のこともどうでもよかったのかもしれない。私はただ、王族と侯爵家の均衡を保つための存在でしかなかったのだ。馬鹿な女だと思って、実は影では笑っていたのかもしれないとさえ今は思ってしまう。

このままここで何事もなかったかのように婚約者でい続けるなんて、到底できるはずがない。
王妃になるなんて、無理だ。王妃として役割を果たし続け、唯一無二の伴侶が別の女と密会しているのを黙認するのは、誰にも支えてもらうことが出来ずに一人で貴族や、民草を時には助け、時には敵対されるのは、あまりにも辛い。一人では耐えられない。

裏切られた心の痛みが、体の奥まで蝕んでいく。

ならば、どうすればいいのだろう。
婚約を解消する? 最初に浮かんだが、それは無理だ。王族であるカイデンが相手では、どれほど私の家が力を持っていようと、彼の行動は庇われて終わる。だって王族は私たちよりも力があるから。この国の実質トップだ。私の方が軽んじられ、口を閉ざすよう強要されるだろう。王太子の婚約者という立場は、私を守る盾にもなりえたが、同時に逃れられぬ鎖でもあった。
私は籠の鳥だった。


それじゃあ実家に戻る?だが、それもできないという結論にすぐに至った。
私が戻れば、父は必ず事態の収拾を図るだろう。しかし、父がどれほど尽力したとしても、この婚約は政治的なものだ。私の意志だけでなく、家の未来さえも絡んでいる。それに両親が共に味方してくれるビジョンも見えなかった。私はこの国のために王妃という贄として差し出されているのだ。既にあの家には見限られているのだろう。嫌なことばかり考えてしまう。私はカイデンがいてくれなければ、結局一人だった。

私は、どこにも行き場がない。
このまま何もできず、ただ王太子の婚約者であり続けるしかないのだろうか?

……いいえ。ここにいることは――できない。


私はふと、手元に視線を落とした。

長年、私は王太子の婚約者として振る舞ってきた。慎ましく、大人しく、そして何より目立たぬように。それが求められる姿だったから。
しかしながら、そのおかげで最近になってようやく、私に対する監視の目が緩み始めていた。

それなら。私は、この場から逃げる。一世一代の大博打に出てやる。

侯爵家の娘として生まれ、王太子の婚約者として生きてきた。支援も後ろ盾もない。でも、今夜は多くの貴族が集う大規模な舞踏会。ほとんどの兵達がその警備に追われている。皮肉なことに、この場は私にとって最高の逃走の機会だった。

私は静かに息を吸い込み、そして決意する。

ここから出る。今のこの立場と場所を捨てる。誰にも気づかれないうちに――私は、消えるのだ。全ての責任から逃げて、全ての立場を手放す。
ただ私はに生まれてしまっただけだ。
それに私は今まで十分やり切った。彼が気に入った女性が新たに表れたのであれば、その愛を私から奪った分、注がれる分、その人間が全てを綺麗に収めればいい。それくらいはして欲しい。
奪ったのなら、その責任をきちんと取って。欲しいであろう私の立場ごと全て譲ってあげるから。

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

婚約者は妹のような幼馴染みを何より大切にしているので、お飾り妻予定な令嬢は幸せになることを諦めた……はずでした。

待鳥園子
恋愛
伯爵令嬢アイリーンの婚約者であるセシルの隣には『妹のような幼馴染み』愛らしい容姿のデイジーが居て、身分差で結婚出来ない二人が結ばれるためのお飾り妻にされてしまうことが耐えられなかった。 そして、二人がふざけて婚姻届を書いている光景を見て、アイリーンは自分の我慢が限界に達そうとしているのを感じていた……のだけど!?

【改稿版】光を忘れたあなたに、永遠の後悔を

桜野なつみ
恋愛
幼き日より、王と王妃は固く結ばれていた。 政略ではなく、互いに慈しみ育んだ、真実の愛。 二人の間に生まれた双子は王国の希望であり、光だった。 だが国に流行病が蔓延したある日、ひとりの“聖女”が現れる。 聖女が癒やしの奇跡を見せたとされ、国中がその姿に熱狂する。 その熱狂の中、王は次第に聖女に惹かれていく。 やがて王は心を奪われ、王妃を遠ざけてゆく…… ーーーーーーーー 初作品です。 自分の読みたい要素をギュッと詰め込みました。

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。

地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!

日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」    学園のアイドル、マルスからの突然の告白。  憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。 「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」  親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。 「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」