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序章
第3話
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少女は腰を低くすると、ルイスに向けて優しく話しかける。
「安心してくれ。私は君の敵じゃない」
「……うくっ……ひく……ごめんなさい、ごめんな、さい……ちちうえぇ……」
「やっぱりダメか。けど、親に捨てられたのだから仕方ないのかな」
実は、先程の魔法によって、少女はルイスの身に何が起こったのかを理解していた。
このまま《脱出》の魔法を使って、彼を迷宮の外へと出すことも可能なのだが、少女には一つ引っかかっていることがあった。
(もしかして……。これが、あいつの言ってたことなのか……?)
この時。
少女の脳裏には、ある男の言葉がフラッシュバックしていた。
『もし、俺が迎えに行けなかったら、生まれ変わってでもお前を迎えに行く』
どこか運命のような感覚を少女は抱く。
(この子なら……。ひょっとすると、あれが扱えるようになるかもしれない)
とにかく今は、目の前の少年と意思疎通を果たす必要があった。
◆
「……本当は、反則みたいであまりこの魔法は使いたくないんだけど」
そうこぼしながら、少女は手元に魔法陣を発生させる。
「今こそ、かの者との架け橋となれ――《信頼》」
少女が詠唱すると、ルイスの体は再び光に包まれた。
次の瞬間。
これまで一方的に泣くだけだったルイスの身に変化が起こる。
「……っ、あれ? 僕、どうして……」
「どうかな? 少しは落ちついた?」
「え? あ、はい……」
「君とお話がしたくてね。お姉さんと、ちょっとだけ話してもらってもいいかい?」
「もちろんです。さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
少女に対して、ルイスはとても素直にぺこりとお辞儀をする。
「ちょっと驚かせてしまったけどね」
畏怖の対象であった少女と、ルイスは気兼ねなく会話できるようになっていた。
これも魔法による効果だ。
少女は、相手から一時的に信用を得られるという《信頼》の魔法を使って、ルイスの心を開かせたのである。
「ところで、お姉さんはこの迷宮の死神なんですか?」
「いきなりなんだね、君は。こんな美人のお姉さんが死神に見えるのか?」
「(こくんこくん)」
「誰が死神だ」
ポコッ!
「痛いです……」
「まぁ、冗談が言えるくらいにまで落ちついたのはよかったけどね」
そこで少女はおほんと咳払いをすると、とんがり帽子のつばにそっと触れる。
「紹介が遅くなったね。私の名前はエメラルド・ウィンザー。400年以上の時を生きているよ」
「え……400年……?」
突然、意味の分からないことを言われてルイスは固まってしまう。
普通、人族の寿命は50年ほどだ。
400年なんて、とてもじゃないが生きられるはずがない、とルイスは思った。
「やっぱ死神なんじゃ……」
ポコッ!
「いてっ!?」
「こらこら、少年。うら若き乙女に向かって、何度も死神なんて言っちゃダメだぞ? 本当に私が死神に見えるのかね?」
「(ふるふる)」
ルイスは懸命に首を横に振った。
こんな美人のお姉さんが死神に見えるわけがない。
実は、さっきからルイスの心臓はドキドキしていた。
あまりの美しさゆえに、彼女となかなか目を合わせることができずにいたのだ。
「けど……君が死神と思う気持ちも分かるよ。400年以上の時を生きているなんて言われたら、普通は驚くだろうからね」
「いえ……」
「私はね、ある男に《不老不死》っていう魔法をかけられたんだよ。だから、ずっと歳は取らないんだ。永遠に17歳のままなのさ」
「《不老不死》の魔法……? あーーっ!!」
そこで、ルイスはすっかり忘れていたことを思い出した。
「さっきの魔法って一体何なんですか!?」
「さっきの?」
「魔獣を倒した時に使った魔法ですっ! それと、僕の首を掴んだりしてっ……」
「ああ、やっぱりそういう反応になるか。あれなんだろう? 現代では、魔法は13種類しか発見されていないっていう」
黒いローブを羽織った少女――エメラルドの言葉に、ルイスはこくんと頷いた。
「私は、今の君たちの言葉で言えば、未発見の魔法が使えるのさ」
「!?」
予想していたことではあったが、実際に彼女にそう言われて、ルイスは大きく驚く。
なぜなら、そのような魔法を扱える者は今の世には存在しないというのが常識だったからだ。
現在、発見されている魔法の数は全部で13種類。
だが、人族と魔族との間に起こった戦争――人魔大戦より前は、もっとたくさんの魔法が溢れていたと言われている。
現代では、およそ98%もの魔法が未だに発見されていない。
人魔大戦によって世界が一変してしまったのが、今から約400年前。
未発見魔法を扱えるということは、400年以上の時を生きているというエメラルドの言葉も、どうやら嘘ではないようだ。
「……だけど、それで死神なんて呼ばれるのはやっぱり心外だぞ? どうせだったら、魔女と呼ばれた方が嬉しいね」
「400年の時を生きる魔女……? なんか、かっこいいです……」
「ほぅ、ようやくお姉さんの凄さが分かってきたみたいだね」
そこで一度唇に手を当てると、エメラルドは改めてルイスに訊ねた。
「それで、君の名前は?」
「……名前……ですか?」
「私も名乗ったんだ。できれば、君の名前も知りたいところだね」
「僕は……」
ルイスは言葉を区切ると、ぐっと拳を握り締めながら答えた。
「……ルイス・ハワード……って言います」
誇りあるその名前も、今ではとても悲しい響きを含んでいるように思えた。
自分は、もうハワード家の人間ではない。
どんなに願ってもあの家へ帰ることは叶わないのだと、分かってしまったのである。
「……ふむ。ルイスか。とてもいい名前だね」
「……そう、でしょうか……?」
「私には、とても輝いた響きを持つ名前に思えるよ」
エメラルドはそう口にすると、ルイスの髪をわしゃわしゃと撫でる。
なぜだろうか。
そんな何気ない瞬間が、ルイスにとっては、とても懐かしいものに思えてしまい……。
「……ぅぅっ」
つい涙がこぼれてしまう。
「あ、あれぇ? こういうの好きじゃなかった?」
「ち、違うんです……。僕は……ハワードを名乗る資格がないから……」
「……」
「父上の期待に応えられなくて、それで……この迷宮に、捨てられたんです……」
「……ごめん。そうだったね」
「……っ、うくっ……ひっく……僕は……ダメな、子供なんです……」
エメラルドは、再び泣き始めてしまったルイスに目を向ける。
過去が分かっていたはずなのに不用意な質問だったと、彼女は反省した。
実の父親に追放されて迷宮に廃棄されることが、どれほどショックなことか。
その痛ましい感情が、エメラルドの中に一気に流れ込んでくる。
その瞬間。
エメラルドは、ルイスを思いっきり抱きしめていた。
「……君はダメな子供なんかじゃないよ」
「!」
「少なくとも、私にはそうは思えないかな。君の瞳は本当に澄んでいるから。君のお父さんは何か見誤ったんだと思うよ」
「……っ」
「これまで辛かったね。私の胸でよければ、気の済むまで泣くといい」
「ぅぅっ……うわあぁぁぁあ~~っ!!」
その言葉の何かが、ルイスの深い部分に突き刺さった。
それは、これまでルイスがずっと追い求めてきたものでもあった。
なぜか、エメラルドに抱かれていると安心できる。
幼くして母親を失ったルイスは、これまで感じたことのなかった愛情を、彼女から感じ取ることができていた。
生まれたての赤子のように。
ルイスは、エメラルドの大きな胸の中で、思いのままに泣き続けるのだった。
◆
エメラルドに抱きしめられながら大声で泣いてしまうと、ようやくルイスの中に落ち着きが戻ってくる。
「……っ、す……すみません、でした……」
「もういいのかい?」
「……はい……ありがとう、ございました……」
少しだけ恥ずかしくなって、ルイスはエメラルドからぱっと離れる。
「……」
そんなルイスの姿に目を向けながら、エメラルドはすぅーと息を吐き出した。
そして、何かを決意したように訊ねる。
「生まれ変わりたいか?」
「?」
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
「生まれ……変わる……?」
「約束しよう。私が君を生まれ変わらせてあげるって。だから……君にはその覚悟があるかい?」
エメラルドがまっすぐに見つめてくる。
その瞳には、暖かな光が灯っていた。
この人なら信じられるかもしれない、とルイスは思う。
(……いや、ちがう。僕にはもう帰れる場所はない……。この人を信じるしかないんだ)
ルイスはエメラルドの目を見て、しっかりと頷いた。
「はい……。僕は、お姉さんみたいな魔導師になりたいです……」
「そうか」
そこでエメラルドは言葉を区切ると、ルイスの決意を確かめるようにこう続ける。
「実はさっき、君の過去を少し調べさせてもらったんだ。君は、【魔力固定の儀】で魔法適性ゼロを言い渡されたんだろう? だから、残念だけど魔法を使うことはできないんだ」
「……そう、ですか……」
「でも、私のもとで修行を積み、私が教える魔法理論をじっくりと学べば、いずれ魔法を扱うことができるようになるかもしれない。普通の発動方法とは、少し異なることになるかもしれないけどね」
「そんなことが……できるんですか? 僕の魔力値は0なんですけど……」
「うん。たしかに、減ってしまった魔力値を取り戻すことは不可能だ。けど、生まれた時に授かった魔力値は、その者が元々兼ね備えている魔力の総量でもあるんだよ。君は、生まれながらにして魔力値9999を授かったんだよね? だから、君にはきっと素質があるはず」
エメラルドは、ルイスの頭に手を置きながら、力強く口にする。
「本当に覚悟があるなら、過去の自分とは今ここでお別れするんだ」
「えっ?」
「君は、もうルイス・ハワードじゃない。今日から別の人間に生まれ変わるんだよ」
すると。
黒いローブにそっと触れながら、エメラルドは静かにこう告げた。
「――ゼノ・ウィンザー。これから君はそう名乗るんだ」
「ゼノ……? それって、大賢者様と同じ名前……」
それは、人魔大戦で魔王を倒した英雄の名前であった。
「ああ、そうだよ。君はいずれ、大賢者ゼノのような規格外の魔導師になる。この私が保証しよう」
「僕が、大賢者様のように……?」
それは、傍から聞けば、あまりにも無茶苦茶な話であった。
しかし、エメラルドにはふざけた様子は一切ない。
心の底から信じてそう言っているのだ。
「どうだい? 過去の自分とお別れできそうかな?」
「……」
ルイス・ハワード。
その名前は、ルイスにとって、この短い人生の中で最も誇るべきものの一つであった。
それを今この瞬間に捨てるようにと、目の前の魔女が言っている。
生まれ変わりたいのなら、過去の自分を捨てろ、と。
(……ゼノ・ウィンザー。それが僕の新しい名前……)
まるで実感はなかったが、不思議なことに、その名前が自分とは全く関係のないものだとは、ルイスにはどうしても思えなかった。
「今日から僕は……ゼノ・ウィンザー」
実際に声に出してみると、それは自然と体に馴染む。
次の瞬間。
ルイス――いやゼノは、確信を持ってその名前を口にしていた。
「僕の名前は、ゼノ・ウィンザーです!」
「うん。君の決意はしっかりと見届けたぞ。私が責任を持って君を立派な魔導師に育てよう」
エメラルドは笑顔をこぼしながら、手を差し出してくる。
「歓迎するぞ、ゼノくん」
「はい!」
その手をゼノはしっかりと掴む。
それが、やがて師匠となるエメラルドとの出会いであった。
「安心してくれ。私は君の敵じゃない」
「……うくっ……ひく……ごめんなさい、ごめんな、さい……ちちうえぇ……」
「やっぱりダメか。けど、親に捨てられたのだから仕方ないのかな」
実は、先程の魔法によって、少女はルイスの身に何が起こったのかを理解していた。
このまま《脱出》の魔法を使って、彼を迷宮の外へと出すことも可能なのだが、少女には一つ引っかかっていることがあった。
(もしかして……。これが、あいつの言ってたことなのか……?)
この時。
少女の脳裏には、ある男の言葉がフラッシュバックしていた。
『もし、俺が迎えに行けなかったら、生まれ変わってでもお前を迎えに行く』
どこか運命のような感覚を少女は抱く。
(この子なら……。ひょっとすると、あれが扱えるようになるかもしれない)
とにかく今は、目の前の少年と意思疎通を果たす必要があった。
◆
「……本当は、反則みたいであまりこの魔法は使いたくないんだけど」
そうこぼしながら、少女は手元に魔法陣を発生させる。
「今こそ、かの者との架け橋となれ――《信頼》」
少女が詠唱すると、ルイスの体は再び光に包まれた。
次の瞬間。
これまで一方的に泣くだけだったルイスの身に変化が起こる。
「……っ、あれ? 僕、どうして……」
「どうかな? 少しは落ちついた?」
「え? あ、はい……」
「君とお話がしたくてね。お姉さんと、ちょっとだけ話してもらってもいいかい?」
「もちろんです。さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
少女に対して、ルイスはとても素直にぺこりとお辞儀をする。
「ちょっと驚かせてしまったけどね」
畏怖の対象であった少女と、ルイスは気兼ねなく会話できるようになっていた。
これも魔法による効果だ。
少女は、相手から一時的に信用を得られるという《信頼》の魔法を使って、ルイスの心を開かせたのである。
「ところで、お姉さんはこの迷宮の死神なんですか?」
「いきなりなんだね、君は。こんな美人のお姉さんが死神に見えるのか?」
「(こくんこくん)」
「誰が死神だ」
ポコッ!
「痛いです……」
「まぁ、冗談が言えるくらいにまで落ちついたのはよかったけどね」
そこで少女はおほんと咳払いをすると、とんがり帽子のつばにそっと触れる。
「紹介が遅くなったね。私の名前はエメラルド・ウィンザー。400年以上の時を生きているよ」
「え……400年……?」
突然、意味の分からないことを言われてルイスは固まってしまう。
普通、人族の寿命は50年ほどだ。
400年なんて、とてもじゃないが生きられるはずがない、とルイスは思った。
「やっぱ死神なんじゃ……」
ポコッ!
「いてっ!?」
「こらこら、少年。うら若き乙女に向かって、何度も死神なんて言っちゃダメだぞ? 本当に私が死神に見えるのかね?」
「(ふるふる)」
ルイスは懸命に首を横に振った。
こんな美人のお姉さんが死神に見えるわけがない。
実は、さっきからルイスの心臓はドキドキしていた。
あまりの美しさゆえに、彼女となかなか目を合わせることができずにいたのだ。
「けど……君が死神と思う気持ちも分かるよ。400年以上の時を生きているなんて言われたら、普通は驚くだろうからね」
「いえ……」
「私はね、ある男に《不老不死》っていう魔法をかけられたんだよ。だから、ずっと歳は取らないんだ。永遠に17歳のままなのさ」
「《不老不死》の魔法……? あーーっ!!」
そこで、ルイスはすっかり忘れていたことを思い出した。
「さっきの魔法って一体何なんですか!?」
「さっきの?」
「魔獣を倒した時に使った魔法ですっ! それと、僕の首を掴んだりしてっ……」
「ああ、やっぱりそういう反応になるか。あれなんだろう? 現代では、魔法は13種類しか発見されていないっていう」
黒いローブを羽織った少女――エメラルドの言葉に、ルイスはこくんと頷いた。
「私は、今の君たちの言葉で言えば、未発見の魔法が使えるのさ」
「!?」
予想していたことではあったが、実際に彼女にそう言われて、ルイスは大きく驚く。
なぜなら、そのような魔法を扱える者は今の世には存在しないというのが常識だったからだ。
現在、発見されている魔法の数は全部で13種類。
だが、人族と魔族との間に起こった戦争――人魔大戦より前は、もっとたくさんの魔法が溢れていたと言われている。
現代では、およそ98%もの魔法が未だに発見されていない。
人魔大戦によって世界が一変してしまったのが、今から約400年前。
未発見魔法を扱えるということは、400年以上の時を生きているというエメラルドの言葉も、どうやら嘘ではないようだ。
「……だけど、それで死神なんて呼ばれるのはやっぱり心外だぞ? どうせだったら、魔女と呼ばれた方が嬉しいね」
「400年の時を生きる魔女……? なんか、かっこいいです……」
「ほぅ、ようやくお姉さんの凄さが分かってきたみたいだね」
そこで一度唇に手を当てると、エメラルドは改めてルイスに訊ねた。
「それで、君の名前は?」
「……名前……ですか?」
「私も名乗ったんだ。できれば、君の名前も知りたいところだね」
「僕は……」
ルイスは言葉を区切ると、ぐっと拳を握り締めながら答えた。
「……ルイス・ハワード……って言います」
誇りあるその名前も、今ではとても悲しい響きを含んでいるように思えた。
自分は、もうハワード家の人間ではない。
どんなに願ってもあの家へ帰ることは叶わないのだと、分かってしまったのである。
「……ふむ。ルイスか。とてもいい名前だね」
「……そう、でしょうか……?」
「私には、とても輝いた響きを持つ名前に思えるよ」
エメラルドはそう口にすると、ルイスの髪をわしゃわしゃと撫でる。
なぜだろうか。
そんな何気ない瞬間が、ルイスにとっては、とても懐かしいものに思えてしまい……。
「……ぅぅっ」
つい涙がこぼれてしまう。
「あ、あれぇ? こういうの好きじゃなかった?」
「ち、違うんです……。僕は……ハワードを名乗る資格がないから……」
「……」
「父上の期待に応えられなくて、それで……この迷宮に、捨てられたんです……」
「……ごめん。そうだったね」
「……っ、うくっ……ひっく……僕は……ダメな、子供なんです……」
エメラルドは、再び泣き始めてしまったルイスに目を向ける。
過去が分かっていたはずなのに不用意な質問だったと、彼女は反省した。
実の父親に追放されて迷宮に廃棄されることが、どれほどショックなことか。
その痛ましい感情が、エメラルドの中に一気に流れ込んでくる。
その瞬間。
エメラルドは、ルイスを思いっきり抱きしめていた。
「……君はダメな子供なんかじゃないよ」
「!」
「少なくとも、私にはそうは思えないかな。君の瞳は本当に澄んでいるから。君のお父さんは何か見誤ったんだと思うよ」
「……っ」
「これまで辛かったね。私の胸でよければ、気の済むまで泣くといい」
「ぅぅっ……うわあぁぁぁあ~~っ!!」
その言葉の何かが、ルイスの深い部分に突き刺さった。
それは、これまでルイスがずっと追い求めてきたものでもあった。
なぜか、エメラルドに抱かれていると安心できる。
幼くして母親を失ったルイスは、これまで感じたことのなかった愛情を、彼女から感じ取ることができていた。
生まれたての赤子のように。
ルイスは、エメラルドの大きな胸の中で、思いのままに泣き続けるのだった。
◆
エメラルドに抱きしめられながら大声で泣いてしまうと、ようやくルイスの中に落ち着きが戻ってくる。
「……っ、す……すみません、でした……」
「もういいのかい?」
「……はい……ありがとう、ございました……」
少しだけ恥ずかしくなって、ルイスはエメラルドからぱっと離れる。
「……」
そんなルイスの姿に目を向けながら、エメラルドはすぅーと息を吐き出した。
そして、何かを決意したように訊ねる。
「生まれ変わりたいか?」
「?」
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
「生まれ……変わる……?」
「約束しよう。私が君を生まれ変わらせてあげるって。だから……君にはその覚悟があるかい?」
エメラルドがまっすぐに見つめてくる。
その瞳には、暖かな光が灯っていた。
この人なら信じられるかもしれない、とルイスは思う。
(……いや、ちがう。僕にはもう帰れる場所はない……。この人を信じるしかないんだ)
ルイスはエメラルドの目を見て、しっかりと頷いた。
「はい……。僕は、お姉さんみたいな魔導師になりたいです……」
「そうか」
そこでエメラルドは言葉を区切ると、ルイスの決意を確かめるようにこう続ける。
「実はさっき、君の過去を少し調べさせてもらったんだ。君は、【魔力固定の儀】で魔法適性ゼロを言い渡されたんだろう? だから、残念だけど魔法を使うことはできないんだ」
「……そう、ですか……」
「でも、私のもとで修行を積み、私が教える魔法理論をじっくりと学べば、いずれ魔法を扱うことができるようになるかもしれない。普通の発動方法とは、少し異なることになるかもしれないけどね」
「そんなことが……できるんですか? 僕の魔力値は0なんですけど……」
「うん。たしかに、減ってしまった魔力値を取り戻すことは不可能だ。けど、生まれた時に授かった魔力値は、その者が元々兼ね備えている魔力の総量でもあるんだよ。君は、生まれながらにして魔力値9999を授かったんだよね? だから、君にはきっと素質があるはず」
エメラルドは、ルイスの頭に手を置きながら、力強く口にする。
「本当に覚悟があるなら、過去の自分とは今ここでお別れするんだ」
「えっ?」
「君は、もうルイス・ハワードじゃない。今日から別の人間に生まれ変わるんだよ」
すると。
黒いローブにそっと触れながら、エメラルドは静かにこう告げた。
「――ゼノ・ウィンザー。これから君はそう名乗るんだ」
「ゼノ……? それって、大賢者様と同じ名前……」
それは、人魔大戦で魔王を倒した英雄の名前であった。
「ああ、そうだよ。君はいずれ、大賢者ゼノのような規格外の魔導師になる。この私が保証しよう」
「僕が、大賢者様のように……?」
それは、傍から聞けば、あまりにも無茶苦茶な話であった。
しかし、エメラルドにはふざけた様子は一切ない。
心の底から信じてそう言っているのだ。
「どうだい? 過去の自分とお別れできそうかな?」
「……」
ルイス・ハワード。
その名前は、ルイスにとって、この短い人生の中で最も誇るべきものの一つであった。
それを今この瞬間に捨てるようにと、目の前の魔女が言っている。
生まれ変わりたいのなら、過去の自分を捨てろ、と。
(……ゼノ・ウィンザー。それが僕の新しい名前……)
まるで実感はなかったが、不思議なことに、その名前が自分とは全く関係のないものだとは、ルイスにはどうしても思えなかった。
「今日から僕は……ゼノ・ウィンザー」
実際に声に出してみると、それは自然と体に馴染む。
次の瞬間。
ルイス――いやゼノは、確信を持ってその名前を口にしていた。
「僕の名前は、ゼノ・ウィンザーです!」
「うん。君の決意はしっかりと見届けたぞ。私が責任を持って君を立派な魔導師に育てよう」
エメラルドは笑顔をこぼしながら、手を差し出してくる。
「歓迎するぞ、ゼノくん」
「はい!」
その手をゼノはしっかりと掴む。
それが、やがて師匠となるエメラルドとの出会いであった。
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全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
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