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1章
第5話
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翌朝。
ゼノは、宿屋に隣接する食堂で朝食を食べながら、女将と世間話をしていた。
「聞いたよ。あんた、ブレンダさんの傷を治したんだってね」
「その話、誰から聞いたんですか?」
「もう村中で噂になってるよ。王都の教会から出張にやって来た聖女様よりもすごいってね」
「いえ、俺のはたまたまなんです」
ゼノは女将と会話しながら、急いでパンを口に運ぶ。
(……そんな話になってるのか。この村に長く留まるのは、なんだか聖女様に申し訳ないぞ……)
早く食べ終えて村を出る準備をしようとするゼノだったが、カウンター越しの女将は興味津々だ。
「あんた、魔導師なんだろ? どうやって傷を治したんだい?」
「いや、それは……」
ゼノが言い淀んでいると、厨房から主人が姿を現す。
「俺は、南方教会のやり方には反対だぜ。あいつら、俺たち領民から金を巻き上げることしか考えてねーんだからな。あんなかわいい女の子をよこして、やり方が汚いんだよ」
「ちょっと。客人の前でそんな話するんじゃないよ」
「いいじゃねぇか。少し変わった術式が使えるからって、南方教会の連中は聖職者気取りだからな。本物の聖職者ってのは、始祖アルタイルの教えを説く北方教会のことを言うんだよ。この魔導師様は、金も取らなかったみたいじゃねーか」
「聖女様はそんな卑しくないよ。献金もマリア様のために集めているんだからね。だいたい、アンタは……」
いつの間にか、2人はゼノを差し置いて夫婦喧嘩を始めてしまう。
(いろいろな考え方があるんだな)
たしかに、夫婦が別々の宗教を信仰しているというのは特別珍しいことではない。
「ごちそうさまでした」
ゼノは朝食の代金を置くと、そのまま食堂を後にした。
◆
「さて。お腹も満たされたことだし、すぐに準備してしまおう」
次の行先はすでに決めていた。
先程の女将との会話で、この近くに大きな町があるという話を聞いていたのだ。
彼女から渡された簡易的な地図を取り出す。
「今、俺がいる場所がファイフ領のフォーゲラングって村で」
指で辿っていくと、確かに近くに大きな町が確認できた。
「領を跨ぐのか。えっと、ゴンザーガ領の領都マスクス……」
その名前を見た瞬間。
(!)
ゼノの頭に鈍い痺れが走る。
なぜか、その町の名前を知っているような気がしたのだ。
(……なんだろう。行ったことのない場所のはずなんだけど……)
ゼノは生まれてからこの方、ハワード領を出たことがほとんどなかった。
それどころか、ドミナリアから出たこともほとんどない。
父ウガンから禁止されていたのだ。
あるとすれば、何かの式典や祭事に出席するために、一緒に連れられて行ったくらいである。
「まぁ……いいか。この町には、冒険者ギルドがあるって話だし」
エメラルドから通貨を渡されたとはいえ、数日も宿泊すれば消えてしまうようなお金だった。
ひとまずは、金銭を稼ぐ必要がある。
おそらく、自分で日銭を稼がせるために、エメラルドは必要最低限のお金しか渡さなかったのだろう、とゼノは思う。
金銭を稼ぐには、冒険者になるのが一番手っ取り早い。
(成人を迎えたから、俺も冒険者になれるんだよな)
そうゼノが考えた、その時――。
「っ!」
再び、こめかみに鈍い痛みが走った。
(……なんなんだ、一体……)
今度は〝冒険者〟という言葉に引っかかりを覚えたのだ。
そして、すぐにゼノはその原因に思い当たる。
(そうだ……。俺は小さい頃、冒険者になりたかったんだ)
どうして魔導師としての素質があった自分が、術使いによって占められる冒険者になりたかったのか。
その理由を思い出そうとするゼノだったが。
(……っ)
まるで、頭に靄がかかったみたいに、それ以上は思い出すことができなかった。
一度気持ちを切り替えるために、ゼノは頭を大きく振る。
幼いの頃というのは、大した理由がなくても何かに憧れるものだ。
きっと、そんな感じで冒険者になりたいと思っていたのだろう、とゼノは自身の中で結論付ける。
「とにかく……。マスクスの町へ行ったら、まずは冒険者ギルドで登録しよう」
冒険者ギルドへ赴く理由は、日銭を稼ぐという目的のほかにも、もう一つ大きな目的があった。
「王国の筆頭冒険者になれば、魔大陸へ渡ることもできるしね」
――筆頭冒険者。
それは、その国の冒険者の中で、一番優秀な者に与えられる称号だ。
実は、魔大陸へ渡る手段というのは限られている。
メルカディアン大陸と魔大陸の間には、大賢者ゼノが張り巡らせた結界が存在し、両大陸を行き来するには、結界を一時的に解く必要があった。
それができるのは、三強国の君主だけだ。
大賢者ゼノは、アスター王国、ルドベキア王国、ランタナ大公国の君主に、結界を一時的に解くことができる魔導晶という球体の賢具を渡していた。
現在、魔導晶を使うタイミングというのは、各国の筆頭冒険者が調査隊を結成して、魔大陸へ足を踏み入れる時だけだ。
魔大陸は元々、ウルザズ大陸という人族が暮らす土地であったが、今は魔族によって完全に支配されてしまっている。
そのため、未だに謎な部分が多い。
これまで数年おきに、各国の筆頭冒険者が調査隊を結成して、魔大陸へ足を踏み入れてきたが、獄獣をはじめとする危険な魔獣が数多く棲息しており、その調査は難航している。
いずれ、大賢者ゼノが張り巡らした結界の効力は切れると言われており、それまでに魔族の本丸を見つけ出して叩くことが、人族が生き残るための絶対条件なのだ。
そんな責任重大な役目を任される筆頭冒険者は、国から1名適任者を選出する決まりとなっている。
選出されるには、まずSランク冒険者となって、各領の冒険者ギルドが依頼するクエストをいくつか達成し、その貢献ぶりを見て最終的に君主が合否を判断する。
なお、現在のアスター王国では、筆頭冒険者は空席となっていた。
前任者が不適任ということで、ギュスターヴが解任したのだ。
ゼノはその話も女将から聞いて、情報を仕入れていた。
(依頼を受けたクエストをきちんとこなしていけば、いずれSランク冒険者になれるはずだ)
果てしない道のりではあったが、現状、魔大陸へ渡る手段はそれ以外に存在しなかった。
目的をはっきりと確認したところで、ゼノは魔導袋に手を伸ばす。
「出発する前に、今日も忘れずに〔魔導ガチャ〕で魔石を召喚しておこうか」
1日に1回しか魔石を召喚できないのだから、忘れると貴重な1回分を無駄にすることになる。
666種類の魔石を集めると決めたのなら、1日たりとも無駄にはできなかった。
「って……あれ?」
魔導袋の中を覗くと、魔石は1つも入っていなかった。
「……あぁ、そっか。☆1の魔石は1日しか寿命が無いんだっけ」
寿命を迎えた魔石はそのまま消滅してしまうというエメラルドの言葉通り、☆1の魔石は全て魔導袋の中から消えていた。
つまり、☆1の魔石は、日を跨いでストックしておくことができないのだ。
「使うなら、その日のうちに使うしかないってことか」
そんな当たり前の事実を再確認すると、ゼノは青クリスタルを取り出して、昨日と同じ要領で足元に魔法陣を発生させる。
「〔魔導ガチャ〕――発動」
そして、かけ声と共にクリスタルを投げ込むと……。
シュピーン!
青色のサークルがゼノの周囲に発生し、10個の魔石が浮かび上がった。
----------
〇ガチャ結果
①☆1《階段》
②New! ☆1《鳥類学》
③New! ☆1《ミュート》
④New! ☆1《忘却防止》
⑤New! ☆1《解毒》
⑥New! ☆1《レイン》
⑦New! ☆1《疾走》
⑧New! ☆1《クッション》
⑨New! ☆1《温泉》
⑩New! ☆2《怒号の火球》
----------
「おっ、☆2の魔石が出たぞ! これって……もしかして、攻撃魔法なのかな?」
ゼノは一度、魔石をすべて魔導袋の中に入れると、自分のステータスを開く。
[所持魔石]に表示された《怒号の火球》の項目をタップすると、その内容が明らかとなった。
----------
☆2《怒号の火球》
内容:対象相手に火魔法によるダメージ小/1回
----------
「やっぱり攻撃魔法だ! すごいっ……! 本当に出るんだ!」
これまでエメラルドが使用する攻撃魔法を何度か見てきたゼノであったが、この《怒号の火球》という魔法は初めて目にする魔法だった。
これこそまさに、未発見魔法の1つである。
☆2の魔石を手に入れたことを喜ぶゼノであったが、同時に気になることも存在した。
「……けど、この《階段》って魔石は昨日は手に入れたな。まだガチャは2回目なのに」
☆1の魔石は300種類あるという話だったが、すでに魔石をダブらせてしまった。
(このままのペースだと、思ったよりも時間がかかりそうだな……)
少しだけ不安となりつつも、ゼノは出発の準備を終えて宿屋を後にするのだった。
ゼノは、宿屋に隣接する食堂で朝食を食べながら、女将と世間話をしていた。
「聞いたよ。あんた、ブレンダさんの傷を治したんだってね」
「その話、誰から聞いたんですか?」
「もう村中で噂になってるよ。王都の教会から出張にやって来た聖女様よりもすごいってね」
「いえ、俺のはたまたまなんです」
ゼノは女将と会話しながら、急いでパンを口に運ぶ。
(……そんな話になってるのか。この村に長く留まるのは、なんだか聖女様に申し訳ないぞ……)
早く食べ終えて村を出る準備をしようとするゼノだったが、カウンター越しの女将は興味津々だ。
「あんた、魔導師なんだろ? どうやって傷を治したんだい?」
「いや、それは……」
ゼノが言い淀んでいると、厨房から主人が姿を現す。
「俺は、南方教会のやり方には反対だぜ。あいつら、俺たち領民から金を巻き上げることしか考えてねーんだからな。あんなかわいい女の子をよこして、やり方が汚いんだよ」
「ちょっと。客人の前でそんな話するんじゃないよ」
「いいじゃねぇか。少し変わった術式が使えるからって、南方教会の連中は聖職者気取りだからな。本物の聖職者ってのは、始祖アルタイルの教えを説く北方教会のことを言うんだよ。この魔導師様は、金も取らなかったみたいじゃねーか」
「聖女様はそんな卑しくないよ。献金もマリア様のために集めているんだからね。だいたい、アンタは……」
いつの間にか、2人はゼノを差し置いて夫婦喧嘩を始めてしまう。
(いろいろな考え方があるんだな)
たしかに、夫婦が別々の宗教を信仰しているというのは特別珍しいことではない。
「ごちそうさまでした」
ゼノは朝食の代金を置くと、そのまま食堂を後にした。
◆
「さて。お腹も満たされたことだし、すぐに準備してしまおう」
次の行先はすでに決めていた。
先程の女将との会話で、この近くに大きな町があるという話を聞いていたのだ。
彼女から渡された簡易的な地図を取り出す。
「今、俺がいる場所がファイフ領のフォーゲラングって村で」
指で辿っていくと、確かに近くに大きな町が確認できた。
「領を跨ぐのか。えっと、ゴンザーガ領の領都マスクス……」
その名前を見た瞬間。
(!)
ゼノの頭に鈍い痺れが走る。
なぜか、その町の名前を知っているような気がしたのだ。
(……なんだろう。行ったことのない場所のはずなんだけど……)
ゼノは生まれてからこの方、ハワード領を出たことがほとんどなかった。
それどころか、ドミナリアから出たこともほとんどない。
父ウガンから禁止されていたのだ。
あるとすれば、何かの式典や祭事に出席するために、一緒に連れられて行ったくらいである。
「まぁ……いいか。この町には、冒険者ギルドがあるって話だし」
エメラルドから通貨を渡されたとはいえ、数日も宿泊すれば消えてしまうようなお金だった。
ひとまずは、金銭を稼ぐ必要がある。
おそらく、自分で日銭を稼がせるために、エメラルドは必要最低限のお金しか渡さなかったのだろう、とゼノは思う。
金銭を稼ぐには、冒険者になるのが一番手っ取り早い。
(成人を迎えたから、俺も冒険者になれるんだよな)
そうゼノが考えた、その時――。
「っ!」
再び、こめかみに鈍い痛みが走った。
(……なんなんだ、一体……)
今度は〝冒険者〟という言葉に引っかかりを覚えたのだ。
そして、すぐにゼノはその原因に思い当たる。
(そうだ……。俺は小さい頃、冒険者になりたかったんだ)
どうして魔導師としての素質があった自分が、術使いによって占められる冒険者になりたかったのか。
その理由を思い出そうとするゼノだったが。
(……っ)
まるで、頭に靄がかかったみたいに、それ以上は思い出すことができなかった。
一度気持ちを切り替えるために、ゼノは頭を大きく振る。
幼いの頃というのは、大した理由がなくても何かに憧れるものだ。
きっと、そんな感じで冒険者になりたいと思っていたのだろう、とゼノは自身の中で結論付ける。
「とにかく……。マスクスの町へ行ったら、まずは冒険者ギルドで登録しよう」
冒険者ギルドへ赴く理由は、日銭を稼ぐという目的のほかにも、もう一つ大きな目的があった。
「王国の筆頭冒険者になれば、魔大陸へ渡ることもできるしね」
――筆頭冒険者。
それは、その国の冒険者の中で、一番優秀な者に与えられる称号だ。
実は、魔大陸へ渡る手段というのは限られている。
メルカディアン大陸と魔大陸の間には、大賢者ゼノが張り巡らせた結界が存在し、両大陸を行き来するには、結界を一時的に解く必要があった。
それができるのは、三強国の君主だけだ。
大賢者ゼノは、アスター王国、ルドベキア王国、ランタナ大公国の君主に、結界を一時的に解くことができる魔導晶という球体の賢具を渡していた。
現在、魔導晶を使うタイミングというのは、各国の筆頭冒険者が調査隊を結成して、魔大陸へ足を踏み入れる時だけだ。
魔大陸は元々、ウルザズ大陸という人族が暮らす土地であったが、今は魔族によって完全に支配されてしまっている。
そのため、未だに謎な部分が多い。
これまで数年おきに、各国の筆頭冒険者が調査隊を結成して、魔大陸へ足を踏み入れてきたが、獄獣をはじめとする危険な魔獣が数多く棲息しており、その調査は難航している。
いずれ、大賢者ゼノが張り巡らした結界の効力は切れると言われており、それまでに魔族の本丸を見つけ出して叩くことが、人族が生き残るための絶対条件なのだ。
そんな責任重大な役目を任される筆頭冒険者は、国から1名適任者を選出する決まりとなっている。
選出されるには、まずSランク冒険者となって、各領の冒険者ギルドが依頼するクエストをいくつか達成し、その貢献ぶりを見て最終的に君主が合否を判断する。
なお、現在のアスター王国では、筆頭冒険者は空席となっていた。
前任者が不適任ということで、ギュスターヴが解任したのだ。
ゼノはその話も女将から聞いて、情報を仕入れていた。
(依頼を受けたクエストをきちんとこなしていけば、いずれSランク冒険者になれるはずだ)
果てしない道のりではあったが、現状、魔大陸へ渡る手段はそれ以外に存在しなかった。
目的をはっきりと確認したところで、ゼノは魔導袋に手を伸ばす。
「出発する前に、今日も忘れずに〔魔導ガチャ〕で魔石を召喚しておこうか」
1日に1回しか魔石を召喚できないのだから、忘れると貴重な1回分を無駄にすることになる。
666種類の魔石を集めると決めたのなら、1日たりとも無駄にはできなかった。
「って……あれ?」
魔導袋の中を覗くと、魔石は1つも入っていなかった。
「……あぁ、そっか。☆1の魔石は1日しか寿命が無いんだっけ」
寿命を迎えた魔石はそのまま消滅してしまうというエメラルドの言葉通り、☆1の魔石は全て魔導袋の中から消えていた。
つまり、☆1の魔石は、日を跨いでストックしておくことができないのだ。
「使うなら、その日のうちに使うしかないってことか」
そんな当たり前の事実を再確認すると、ゼノは青クリスタルを取り出して、昨日と同じ要領で足元に魔法陣を発生させる。
「〔魔導ガチャ〕――発動」
そして、かけ声と共にクリスタルを投げ込むと……。
シュピーン!
青色のサークルがゼノの周囲に発生し、10個の魔石が浮かび上がった。
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〇ガチャ結果
①☆1《階段》
②New! ☆1《鳥類学》
③New! ☆1《ミュート》
④New! ☆1《忘却防止》
⑤New! ☆1《解毒》
⑥New! ☆1《レイン》
⑦New! ☆1《疾走》
⑧New! ☆1《クッション》
⑨New! ☆1《温泉》
⑩New! ☆2《怒号の火球》
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「おっ、☆2の魔石が出たぞ! これって……もしかして、攻撃魔法なのかな?」
ゼノは一度、魔石をすべて魔導袋の中に入れると、自分のステータスを開く。
[所持魔石]に表示された《怒号の火球》の項目をタップすると、その内容が明らかとなった。
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☆2《怒号の火球》
内容:対象相手に火魔法によるダメージ小/1回
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「やっぱり攻撃魔法だ! すごいっ……! 本当に出るんだ!」
これまでエメラルドが使用する攻撃魔法を何度か見てきたゼノであったが、この《怒号の火球》という魔法は初めて目にする魔法だった。
これこそまさに、未発見魔法の1つである。
☆2の魔石を手に入れたことを喜ぶゼノであったが、同時に気になることも存在した。
「……けど、この《階段》って魔石は昨日は手に入れたな。まだガチャは2回目なのに」
☆1の魔石は300種類あるという話だったが、すでに魔石をダブらせてしまった。
(このままのペースだと、思ったよりも時間がかかりそうだな……)
少しだけ不安となりつつも、ゼノは出発の準備を終えて宿屋を後にするのだった。
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