王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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8話:魔法と異世界の社会学

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「言ってしまえば、金属製の筒から火薬の爆発力を使って金属の弾を発射するわけです」

 うん、うんと頷きながら聞くツユクサ先生。
 肩までの長さがある亜麻色の髪が揺れる。
 しかし、女の子っていい匂いするよな。なんでだろう。
 つーか、この世界は「石鹸」はあったなぁ……

「だいたい分かったわ。鍛冶職人に頼めば、試作品くらいは…… あ、外注に出すと見積が必要だわ……」

「お金ないんですよね?」

「そうね。清々しいくらいないわ」

 禁呪学科は予算がない。いや、どれくらい無いのかは知らない。
 ちなみに、貴族ではあるが、俺自身は自由に出来る金はない。
 金が無いのはどうしようもない。
 無い袖は振れない。

「一丁だけでも作って、デモンストレーションして……」

 結果を出さねば、禁呪学科は潰れる。
 鉄砲というのは、「カガク」のデモンストレーション用にはいいかもしれない。

 心のどこかで『その鉄砲で誰かが死ぬんだね』と歪んだ教育の残滓がつぶやく。
『しらねーよ。そんなら包丁メーカも、刃物作るメーカーも、バールのような物を作るメーカも悪いのか?』と冷静な部分が反論する。

 というか、葛藤している場合じゃないのだ。
 結果を出さねば、潰れる。無くなる。
 禁呪学科はなくなるのだ。
 で、俺は……
 
 あれ?
 なんか、俺はツユクサ先生と離れてしまうことが嫌なことに気付いた。 

「現状の軍事運用の中で、どのような役割を持たせることが可能かしら?」

 そんな俺の心の動きとは全く関係なく、冷静な言葉。
 現実に戻る。

「ん~ どうでしょうかね……」

 俺はちと考えた。確かにその点は考えて無かった。
 単純に、日本の「種子島(火縄銃)」事例を漠然と思い浮かべていた。
 この世界は当然、当時の日本とは全然違うのだ。
 
 そうなれば「鉄砲」の意味も変わってくるよな。
 どうなんだろう?

 軍事学の初歩は、貴族にとって嗜みだ。基本的なことは叩きこまれている。
 この世界の戦術的な軍事行動は、5~10人くらいの少人数部隊が基本単位となる。
 そして、その指揮を執る者の独自判断で動くことが前提になっている。
 独断専行万歳という感じだ。

 この点、元の世界の軍事行動とは大きく異なっていた。
 特に、外面の似ている「中世ヨーロッパ」の軍事状況とは全然違う。
 当然、「種子島(火縄銃)」が入ってきたときの日本とも違う。

 戦闘において、大きな集団による陣形というのが存在しない。
 過去においてもない。おそらくは。

 なぜなら、魔法が存在するからだ。
 これは軍事行動に凄まじい違いを生みだしている。

 遠距離から広範囲に攻撃可能な武器が、古代から存在するような状況。
 他の武器が中世程度なのに、魔法だけが「近代兵器」並みの性能があるってことになる。

 広範囲に攻撃可能な魔法は、すでに榴弾を放つ大砲や機関銃が存在するのと同じ意味をもっている。
 密集陣形など鴨葱(かもねぎ)の標的だ。簡単に言って自殺行為。一網打尽だよ。

 破滅的な攻撃力を持つ魔法使いの絶対数は多くない。
 でも、そいつは戦況を大きく変えかねない。

 だから、兵は少数のパーティと呼ばれる部隊編成が単位となり行動する。
 平時は、階層的な指揮権はあるし、機能する。
 ただ、いったん戦闘になってしまえば、どうにもならない。
 事前に「あの砦を攻略しろ」とか「中央を突破しろ」とか「適宜戦闘をしながら戦術的後退で誘引せよ」とか……
 大まかな命令は出せる。
 しかし、場面場面じゃ無理。

 で、魔法使いだ。この世界の破滅兵器ともいえる存在。
 まあ、俺の兄であるリンドウはその最高峰の1人なんだが。

 多くの魔法使いは、魔法を起動させるための「呪文詠唱」が必要だ。
 詠唱は短く、魔容量(メモリ)は少なくってのが、魔法開発者のテーマ。
 
 魔法使いも完全無欠ではない。
 魔法使いは攻撃時には呪文を詠唱する。その間は無力だ。
 魔力には限界がある。魔力が尽きれば、ただの人だ。
 中には、リンドウ兄ちゃんみたいな、無尽蔵に近い魔力を持った人もいるが。

 そして数が少ない。
 パーティに分散配置するほどの人数はいない。

 で、このユラシルド大陸の西端の王国には「魔法チャリオット(戦車)」という存在が出現した。
 防御が施され、魔法により生体強化された軍馬。
 それが防御板に守られた台車を引っ張る。
 台車には数人の魔法使いが乗っており、死角をカバーしながら魔法をぶっ放す。
 
 地球の古代戦車(チャリオット)似ているが、威力は別次元だ。

 複数の魔法使いが乗ることで、呪文詠唱間の時間ロスを消す。
 魔力切れの心配もなくなる。
 機動力では一般兵が対応できるものじゃない。

 このユラシルド大陸西側での野戦では無敵・無双のとんでもない存在だ。
 遠距離攻撃可能な弓兵の攻撃も防御板で防ぐ。

 しかも、攻撃レンジは魔法の方があるんだ。
 この世界の一般的な弓の到達距離は50メートルくらい。
 有効距離はもっと短い。
 魔法は使い手次第だが、平均的な距離はもっと長いのだ。

 一般的な槍兵は近づくことも困難。
 こんな凶悪な存在が戦場にあったら、分散配置意外に生存率の高い方法はないということになる。

 この魔法チャリオットに対抗するのは、同じく魔法チャリオットでなければ難しい。
 後は、単独運用する魔法使いにより待ち伏せ攻撃(アンブッシュ)。
 車輪を破壊できるか馬を殺せば、止めることが可能だ。

 落とし穴とか考えたが、ダメらしい。
 土魔法を操る魔法使いがいるので対抗は地面への細工は無意味。
 障害物も魔法で排除される。

 塹壕を掘って待ち伏せしていると、土魔法の使い手に生き埋めにされる。
 地球で有効だった塹壕がこっちでは全くの無意味。
 全部、自分の墓穴になってしまう。

 とにかくだ。
「魔法」という存在は戦闘のあり方を、地球の歴史とは全く別物にしてるんだよなぁ。
 平地が多いこのユラシルド大陸の西端では、魔法チャリオットは野戦における最強の兵器だ。
 こいつは、もう公理といっていいだろうな。

 でだ、ここに、銃があったらどうだ?
 
 火縄銃の場合は、アンブッシュによる攻撃が魔法使いに限らず可能になる。
 防御板といっても皮の貼られた木の板だ。
 
 さらに、ボルトアクションレベルの銃が作れれば、野戦の様相は変わる。
 騎乗銃兵を組織すれば、機動力でも対抗可能だろう。

 俺は、自分の考えを整理する。どこかに論理の穴が無い確認。
 多分大丈夫。
 で、ツユクサ先生に説明。

「――という感じで、戦場の様相は変わる可能性がありますね」

「戦場における魔法使いの価値が相対的に低下するってことね。面白い話ね」

「銃を造りますか?」

 俺は結構乗り気だった。少なくとも飛行機よりも難易度は低い。
 当たり前だ。12世紀に原型のできたものと20世紀に初めて登場した物を比べてるんだ。

「止めた方がいいわ。潰されるわね」

 ツユクサ先生は腕を組んだまま言った。
 断言。きっぱりとだった。

「え、潰される? 教会に?」

「身内よ。魔法使い。自分たちの地位を危うくする物を、『王立魔法大学』が開発するなんて許すわけはないわ」

「ああ…… こっそりやるとか、開発に協力する味方を増やすとか……」

「対教会であれば、王室がバックで対抗可能な部分もあるわ。でも、魔法使いを敵に回すような話は、厳しいわ。説得が出来ない。
 アナタの考えは正しいと思うわ。それだけに、それと同じ考えに至る魔法使いも少なくはないと思う。そうなれば、無理ね」

 ふっとため息を吐くようにして、彼女は言った。
 ただ単に、「技術革新」が無条件で受け入れられるわけではないという現実。
 それは俺でも分かった。
 まーそんなもんだよね……
 魔法のある世界で「鉄砲」は既得権益者の魔法使いの地位を脅かすと。
 厳しいですね。

「戦争に関する物は難しいわね。説得している時間もなければ、余裕もコネもないし。アナタのお兄さんたちは協力してくれそう?」

「兄ですか……」

 ハルシャギク兄ちゃんは、どーでも良いというかな。
 そもそも、自分だったら、マシンガンを持っても兄と戦うのは勘弁して欲しい。

 リンドウ兄ちゃんはどうだろう。兄ちゃんくらい強ければ、鉄砲関係なしな気がするが、やはり多くの部下を持っている軍人だ。
 基本優しい。多分、部下にも優しい人間だとは思うのだ。部下をリストラするような役割はキツイだろうなぁ。
 やっぱまずいか……

「難しいですね」

 絞り出すような声になっていた。

「そうでしょ」

 俺は異世界でも「現実の厳しさ」って奴を知った。
 異世界って言っても、実際にそこで生きている人間がいて社会がある。
 それは、俺の都合のいいように動くようなゲームじゃない。リアルだ。
 剣と魔法のリアルな世界だ。

 いきなり、オーパーツのようなカガクが入ってくれば、絶対に割を食う人間が出てくるわけだ。
 なるべくなら、割を食う人間は、身内にはいない方がいいということだ。

 そして、俺とツユクサ先生は、魔導書「カガク」を漁り続けた。
 燭台のろうそくが尽きるまで。

        ◇◇◇◇◇◇

「予算の増額は難しいでしょう」

「そうですか」

 スイレン学長は、ツユクサから渡された書類の束をゆっくりと机の上に置いた。
 報告書だ。
 そこには、魔導書「カガク」に書かれた数々の魔道具についての記載があった。

 飛行機――
 工作機械――
 農薬――
 肥料――
 火薬―― 
 銃――
 薬剤――
 医学用器具――
 ……
 さらに数十ページにわたり報告書は続く。

 禁断の魔導書「カガク」に記載されている禁呪を読める存在の出現。
 ライラック・ドレットノート。
 今年唯一、禁呪学科に入学して来た学生だ。

「古代に禁呪とされた魔法言語の解析――」

 スイレン学長はゆっくりと口を開いた。
 血の色をした唇。
 闇のような色した長い黒髪。
 人形のような外見。

 ツユクサが子どものころからその外見は全く変わっていなかった。

「それが、禁呪学科の表の顔です」 

「はい」

「王室による禁呪の独占」

 王立魔法大学にある数々の書物は全て王国の財産。
 つまり、王室の財産だ。魔導書「カガク」も例外ではない。

「教会は王室による禁呪の独占を警戒しています」

「それは分かっています」

「教会の息のかかった人間が監視しています。ここにきて下手な動きはできません」

「もしダメなら、私のお金から――」

「それは、構いませんが、アナタも仕送りをして苦しいのでしょう。その中から出せるお金では、焼け石に水でしょう」

 王立魔法大学で教官である彼女の収入は少なくはない。しかし、一つの研究を賄えるかどうかは別次元の話だ。

「……」

「彼が貴族でよかったです」

 黙っているツユクサにスイレン学長が言葉をかけた。

「学生である彼に無心しろいうのですか?」

 顔色が変わった。

「いいえ、違います。教会も簡単に手を出せないという意味です」

 学長の言わんとしていたことを彼女は理解した。
 しかし、教会の協力者が直接的な行動に出る可能性の指摘だった。
 彼女の身の安全は王立魔法大学の教官であることで担保される。
 しかし、学生はどうだ?

「危険なことをやっている自覚を持った方がいいです」

「分かりました」
 
 「カガク」読める彼の存在に浮かれていた。
 気が付くと、白く細い指が赤くなるほど手を握っていた。

「時間は上げられません。しかし――」

 そう言って学長は机から、巾着袋を取り出した。
 なんの変哲もない袋だ。

「それは?」

「少しは、面白いことになりそうです。ですので、特別ボーナスです。さあ」
 
 固まっているツユクサに学長は声をかけた。
 ツユクサは袋を受け取った。
 ただごとではないズシリとした重みが手にかかる。

「学長――」

「お遣いなさい」

 血の色をした唇がキュッと笑みの形となっていた。
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