王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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9話:魔法構造学概論

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「なぜ、人にだけ魔法という力が出現するのか? まずはこの問いかけから始めるべきでしょう」

 講師の女性としてはやや低い声が響いた。
 一般教養の「魔法構造概論」講義。

 彼女は、ツユクサ先生と同じような濃紺のローブを羽織っている。
 ただ、肩にかかった部分のラインの色と本数が違っていた。
 金色のラインが2本。
 それは、魔法物理学の准教授であることを意味していた。
 ちなみに、ツユクサ先生の赤ライン1本は「講師」という身分を意味していた。
 言ってみれば「ヒラ社員」みたいなものだ。

 結構真面目にノートをとっている。別にこの准教授が美人だったからではない。
 綺麗な人だが、俺の好みからは外れる。目つきのキツイ、頭の切れそうな女の人だ。
 背も俺より高いんじゃないかという感じだ。

 というわけで、俺は講師が美人だからと言って真面目にノートを取っているわけではない。
 要するに「魔法構造理論」に興味があったのだ。
 そもそも、第一志望が「魔法物理学部」だった。

 魔法――

 不思議な現象だ。
 転生する前の世界にも「概念」はあった。
 しかしそれは、伝承に始まり、物語やゲームの中での「架空」の物だったわけだ。
 そいつが、この世界ではしっかりと存在している。

 これは不思議だ。
 前世だってさ「なんで宇宙は存在するの?」とか「人は死んだらどうなるの?」とか「宇宙の果てはどうなってるの?」とか「自分を自分と思う自我ってなんだろうとか?」とかさ、色々疑問をもったわけだよ。

 ただ、前世の世界では一応それなりの説明があったわけだ。
 で、世界はある「物理法則」で成り立っているというのが前提であるというのがある程度の年齢になれば分かる。
 要するに、前世の世界では「魔法」は「物理法則」と相反するものになるわけだよ。

 じゃあ、この世界で「物理法則」が滅茶苦茶になっているかというと、そうでもない。
 木からリンゴは落ちてくる。
 曇りばかりの日が続くが太陽はあり、1日があり、四季もある。
 人の頭脳によって生み出された様々道具がある。
 馬車があって、車輪があるってことは「摩擦」があるってことだ。
 
 大地もあって風も吹く。見たことはないんだが、海だってある。
 木々が生え、動物がいる。
 むしろ、その辺りは地球となんら変わらない。
 身近な家畜は、そのままだ。

 自然は、異常といっていいくらいに「地球」と相似形だ。
 ただ、人間だけが異なっている。
 人間だけが「魔法」を使える。

「生物には意志を司る『精神核』というものが存在します。イヌなど一部の動物にもあるという説がありますが、確実に証明されたわけではありません」

 黒板に図解がかかれていく。
 美人なのだが、板書の文字はあまりきれいではない。

「人と獣の差? それはなんでしょうか」

「幽子の存在」

 学生の誰かが発言した。

「幽子―― そうですね」

 グルグルと丸く囲われた「精神核」の周囲に「幽子」と書かれた。

「この幽子が、魔力の根源であると考えられるわけです」

「魂の座である『精神核』はここにあり――」

 そう言って、美人講師は自分の頭を指さした。
 きちんと櫛の入った長い黒髪をツイストテイルで後ろに纏めて留めている。

「幽子は全身に偏在すると言われます」

 説明は続く。
 人の意識の核となるものが「脳」にあるという理解は、この異世界でも同じだ。
 ただ、魔力の根源。そいつを生み出す幽子というものは、体中に偏在するとされている。

 それは、この世界でも実証的な実験で確認されていることだ。
 頭を強く打って意識が失った状態になる。
 そんな状態で、起動する魔法というものを構築することができるのだ。
 つまり、意識を失ったら、「意識を回復させる魔法」ってやつだ。

 それをあらかじめ、魔領域(メモリ)に常駐させておき、起動条件を設定する。
 すると、きちんと起動する。
 これは、意識の外でも魔法が起動することを証明していることになる。

 当然、意識により、魔法の発動を制御することは可能だし、それが普通の魔法の運用だ。
 ただ、魔法はその人間の意識。
 この世界でいうところの「精神核」に依存しないというのが定説になっている。

「幽子の濃度が、魔領域(メモリ)の大きさを決定し、幽子の性質が、使える魔法の属性に関連すると考えられます」

「やはりそれは、遺伝的なものなのでしょうか?」

 学生の1人が挙手をして質問した。

「その可能性が高いと思われます。親、兄弟が、同程度の魔領域(メモリ)を持ち、同系統の魔法属性を持つということは―― 確か、統計的な資料があったはずです」

 一瞬、美人講師は瞳の焦点をどこか遠くに定めたようにした。

「ああ、王歴1237年の論文アーカイブがあります。コードSDF-4747471ですね。興味のある方は、図書館で調べるのがいいでしょう」

 これも、魔法だ。
 蓄えられた情報を圧縮し、展開、検索できるようにしたものだ。
 ただし、入試試験でこの魔法を常駐させることは禁止されている。
 まあ、脳内のメモ帳見たいな魔法だが、結構便利なのかもしれない。
 俺の魔容量では多分起動できないが。

「遺伝ね……」

 声にならない声を口の中で転がす。
 俺の場合どうなんだ。
 両親はまあ、魔法に関しては、平均的な能力の持ち主だろうと思う。
 
 で、この両親から生まれた兄姉が超チート。
 しかも系統は全然違う。
 ハルシャギク兄ちゃんは、身体能力が人外の無双の剣士。剣を持たせて接近戦なら人類最強だ。
 次兄のリンドウ兄ちゃんは、けた外れの魔容量(メモリ)と、使えない属性なしの超絶魔法使い。
 姉のホウセンカ姉さんは、身体能力と魔力が高レベルで揃った治癒魔法の使い手。

 俺だけ、電気をビリビリ出す。変な魔法能力を常駐しっぱなしの状態。
 これで、強力な電気なら、レールガンでも撃ちだせるのだが、いいとこ低周波治療器レベル。
 思い切り出してこれ。

 そういえば、ツユクサ先生は魔力が全く無いと言っていた。
 俺も似たようなものだ。電気魔法が常駐しているせいで、大した魔法は使えない。魔容量(メモリ)に余裕が無い。

 講義はそういった人の魔力に関しての構造を踏まえた上で、魔法言語の構造理論に入っていった。
 
 この世界では、魔法は魔法言語により、人によって作られるのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

「魔力が無くても、生きていけるし、こうやって『魔法大学』の講師になれるから。それを気にするより、やることがあるから」

 ツユクサ先生は明るい声が禁呪学科の研究室に響いた。

 紺色のローブに肩までかかる布部分に赤いライン。
 魔法史学部、禁呪学科の講師であることを示している。
 紅茶をいれて、席に座った。

 狭い部屋に、びっしりと色々な本やら、粘土板まである。
 みな、粘土板などは古い記録なんだと思う。
 だが、ここにあるのは、本当の禁呪ではない。

 本当のとびきりの禁呪は大学内の塔の地下にあった。
 年代を経た古い書物が山のようにある。

 しかも、それらは日本語で書かれているんだ。
 まるで、科学技術を伝えるかのような蔵書の数々だ。

「まあ、俺も似たようなものですからね」

「貴族でそれだと大変?」

「いや、別にそうでもないですね」

「そうよね」

 魔法構造に関して、話していたら、話の流れがこうなった。
 まあ、話していて本筋から話がずれるのはよくあることだ。
 それを修正する魔法は、開発されていないしな。

「確かに、魔法の根源的なところに疑問を持つのはわかるわ」

 ツユクサ先生が言った。ブルーの瞳がジッとこちらを見ている。
 いつもは、ふわりとした亜麻色の髪だが、今日はあまり手入れが良くない。
 なんか寝癖っぽく跳ねているような感じだった。寝坊でもしたのだろうか。
 どうも、この先生は危なっかしく見えて仕方ない。

 本当にいくつなんだろうか?
 見ただけで、女性の年齢が分かる魔法も開発はされていない。
 需要はありそうな気がするが、反発も大きいだろう。

「幽子と魔法言語で刻まれた『魔法実行体』は幽子が作り上げる「魔領域(メモリ)」に展開され、幽子が発する魔力をもって、起動する――」

「よく分かってるじゃない」

 いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「結局、魔法ってなに? って疑問に、幽子が作用する現象ですと言っているだけですけどね」

「まあ、その先の理論は、本当に百花繚乱…… まあ、正解はどこかにあるでしょ。それに――」

 って感じで、話が続いたわけだけどね。
 
 いや、確かにこの世界で「魔法が使える」ってことでいえば、まあどうなんだろう。
 子どもまで勘定にいれたら、半分以下かな。

 確かに使えれば、人生の選択肢は広がるが、使えないからダメというわけでもない。
 有名な魔法研究者には魔法が全然使えないって人もいるわけだしね。

「結局、禁呪『カガク』は、この世界に無い、もしくはより進んだ技術で作りえる様々な道具の解説したものでいいわけよね」

 端的に核心を突いてきた。
 幼く見える外見と、危なっかしい言動に騙されそうになる。
 この目の前の美少女が、王立魔法大学の講師である事実を気付かされる。
 
 彼女が手にしているノートには、今まで調べたカガクにより実現できる様々な「道具(アイテム)」についてまとめられていた。

「学長からと別予算が出たけど。禁呪学科の存在をアピールするのは……」

 細く芸術品かなにかのような指を顎に当て思案気にする。
 次の言葉を俺は予想する。多分あれだよ。

「やっぱり、飛行機ね」

 ニッと笑みを浮かべ、断言する。

「それは、技術的にも色々課題があるかと。それに――」

「インパクトは一番よ。空中高速移動。どのような魔法も実現していないわ」

 彼女は、そのインパクトが禁呪学部存続に働くと確信しか持ってない。
 常に前向きだ。
 しかし、そいつは、教会の影響力がでかいこの世界では、どうにも危険な橋にしか思えなかった。
 
「ライ、アナタはなにがいいと思うの?」

 沈黙が反対の意味にとられたようだ。まあ、その通りですけどね。
 彼女が言葉が少し攻撃的な響きを持っていた。
 それは、そうと紅茶冷めますよと……

「自分はですね……」
 
 言いかけて俺の言葉は止まる。
 なにを作ればいいのか?
 つーか、金をもらったというけど。
 えーと、1000グオルドだっけ?
 あれ?

 俺はそのとき、あまりにも自分が無知であることをあらためて自覚した。
 貴族のボンボンで育った俺は、この世界の貨幣価値すら、この歳になっても分からんのだ。
 そして、なにを作るにも金が要る。
 いったい、なににいくらかかりそうなのか、その概算すら頭に浮かんでこなかった。

「あぁ…… 飛行機はなんとなく、こう、造るのが大変な気がするんですよね」

 ただ俺はそういうしかなかった。
 我ながら情けない。
 長いまつ毛の下のブルーのジト目が俺を見つめていた。
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