王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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10話:異世界転生は甘くない

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「1000グオルドで、飛行機……」
 
 言葉にしてみて、さっぱり分からん。
 金の価値も分からなければ、いくらで飛行機が出来るかも知らない。
 確か戦闘機が100億とかいう知識はあったが。クソの薬にも立たない。

 技術的な可能不可能以前に、研究開発費としてそれが妥当なのか見当がつかない。
 実際のところ、この世界の通貨単位に「グオルド」以外に「シルバル」「カパル」というのがあったのを知ったのが最近。 
 見たことあるお金は「金貨」だけだ。

 つまるところ、俺は異世界転生を甘くみていたということか。
 トラックに跳ねられて転生した先は貴族のボンボン。
 目覚めて赤ん坊で、ここが異世界と気付くわけだよ。
 そこまではOKだ。
 
 しかしだ。 
 自分にはなにもチートな力が無いと分かる。
 死んだ後に神にも女神にも会ってないし、生まれついての特殊な力もない。
 ああ、電気出す出すことはできたけど。

 まず、赤ん坊から幼児期はずっと家の中だ。
 情報自体が元いた世界のように氾濫しているわけじゃない。
 テレビもラジオもネットも新聞も本すらない。

 メイドと使用人の言葉。
 父母と兄姉の言葉だけが、頼りだったわけだ。

 そこで薄々分かったのは「中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界」に転生したということ。
 予想していた通りというか、それ以外は想像つかなかった。

 しかし、それが分かったとしても何もできない。
 赤ちゃんだから。
 頭は大学受験生(浪人決定済)だが、体は新生児。
 なにかできるか?
 声を出せば鳴き声になって、目もよく見えないし。
 寝返りできるまでに3か月だぞ。
 
 赤ちゃんの無力さを舐めるなということだ。

 そして、ある程度言葉が分かってくるようになる。
 おそらく「中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界」であるといういことが確信に変わるわけだ。

 で、兄姉のチートぶりを目の当たりにする。
 
 庭の巨石を素手で粉々に切断した少年が兄だった。
 ハルシャギク兄ちゃんだよ。多分8歳くらいか?
 切断だよ。砕いたんじゃないからな。

 その石を溶かして元に戻した少年も兄だ。
 リンドウ兄ちゃんだよ。6歳だったか。
 もう、このときは天才と呼ばれてた。今は「魔人」と呼ばれてます。

 で、姉は普通なのかと思ったら、5歳のときにクマに勝った。
 しかも、怪我人やら病人が家を訪ねてくるんだよ。
 腕が無くなった人でも生やすんだよ。スタップ細胞ありますだよ。

 で、俺も何かあると思うわけだ。
 しかし、無い。
 なかった。
 なんもできん。
 ただ、両手から電気が出た。
 低周波治療器くらいの。

 そうこうするうちに、貴族としての教育が始まるわけだ。
 今度は、これを身につけるのが精一杯。
 この世界で貴族として覚えなきゃいけないことだけでも結構あるわけだ。

 この世界がどうなっているかは、家族との会話や家庭教師から得た知識だけ。
 クロスチェックできないので、まあそんなもんだとな得するしかない。
 で、子ども段階でなにをどうして、どうするか?
 頭は受験生だけど、前世でも勉強だけしていた世間知らずという意味じゃ相似形だ。

 無双とかチーレムとか、俺最強とか、転生したときに持っていた熱意?
 なんだろう、やる気?
 そういった物が、貴族のボンボンの日常に塗りつぶされていくわけですよ。
 
 だって、そう都合よく非日常の事件なんておきないからね。
 いくら異世界でも。

 今でも分からん。
 最強とか無双とか、チーレムとか、どこをどう行けば、そのルートになるかさっぱり分からん。
 現代の知識を生かしてチート?
 ここには、グーグル先生が無いので無理です。

 で、異世界には異世界の日常があり、俺はその貴族としての日常のルーチンを消化するだけで精いっぱいになる。
 人間は環境になれる。

 確かにこの世界には魔法は存在する。
 ただ、それはこの世界の「リアリティ」の中に組み込まれたもので、俺の転生した人生を劇的にするものではなかった。
 俺に強力な魔法は使えそうになかった。
 魔容量(メモリ)の中に電気ビリビリが常駐し、空容量が少ないからだ。

 それでも、チートを誇る兄や姉に対し近くに行きたいという思いはあった。
 それが王立魔法大学に行って「魔法理論の研究者」になるか「魔法開発者」なるかだった。
 でもって、結果がこれですけどね。

 でも、シラクサ先生に出会えたのは……
 でもって日本語で書かれた「カガク」との出会い。

「ライ、1000グオルドもあるのに…… 貴族様は違うのね」

 俺の甘い思考をスパーンと断ち切るツユクサ先生の言葉。

「いや…… 禁呪「カガク」読み解くと、それだけじゃすまないような……」

 俺の心のよりどころは、自衛隊の調達する戦闘機が100億円というあやふやな前世の記憶だけ。
 なにこれ?

「10グオルドが、私の年収相当だけど…… 1000グオルドだと100年分ね」
 
 ジッと彼女は俺を見つめた。
 そして、冷めた紅茶を飲んで、トンと机の上の置いた。
 その動作が結構、乱暴。
 なんか気に入らないらしい。当然だろう。

「すいません! ツユクサ先生」
 
 俺は頭を下げた。
 椅子に座ってなければ、土下座している勢い。なんつーか、申し訳ない。

 ああ、スイマセン。甘かったです。
 ボンボンです。貴族の甘ったれボンボンでしたぁぁ!
 
 しかし、経済観念ないのは仕方ないのですと分かって欲しいのです。

 市街に出かけるにも御付の者がいて、自由な行動なんかできない。
 まあ、自由に行動しろと言っても出来なかっただろうけど。

 商店とか出店が並ぶ市場(スーク)へ行ったことだってありますよ。
 でも、買い物したことないんだよ俺。
 学食もドレットノート家の人間つーことで、自分で払う必要ないから。
 お金使う機会がない。奪われてた。
 だから、貨幣価値がよく分からんのです。
 すいません先生。アホウの貴族ボンボンです。

 俺の脳内に奔流のような謝罪と自己弁護が混ざった思考が溢れていく。

 言葉には出さない。まあ、言い訳にしか聞こえないだろうし。

 なんか申し訳ないなと言う思いも強かったし。
 せっかく転生して、禁呪とされる日本語読めても、それ以外役立たずな俺。
 あれ、でもよく考えたら、それも当たり前のような……

 いやいやいやいやいや!
 転生したというチャンスを生かせず、流れるままに生きてきた俺。
 もしかしたら、ツユクサ先生との出会いと、禁呪が日本語であるという事実。
 これは、俺の異世界生活の果てしなく続く貴族のボンボンという閉塞した日常の軛(くびき)を――

「飛行機は、骨組と外板を何にするかで、費用は変わるわ。入手しやすく安い素材で作れる可能性はある。ただ、動力ね…… ジェットエンジンとプロペラのエンジンってどっちが安いのかしら?」

 俺の言葉を軽く流し、飛行機の構造について話し出す。
 しかし、やべぇ。
 結構、飛行機の概念というか、構造の本質に迫っているんですけど。この先生。
 ジェットとプロペラの話は別として、機体だけなら、確かに作ることは可能か?
 ライト兄弟とかリリエンタールが作ったくらいの物なら出来そうだけど。

 エンジン…… これは…… 無理だろ。
 いや、無理と断定するほど、この世界の技術水準を知り尽くしているわけではない。
 蒸気機関すらないわけだし。いや、まて俺が知らないだけか?
 情報の拡散速度が、元の世界と同じじゃない。
 これだけは確実に言える。

「ツユクサ先生」

「なんですか?」

「燃料いれて動く機械ってあるんですか? 自分は見たことないんですけど」

「うーん」

 すっと斜め方向に顔を傾けた。思案気にする。

「ないわね。聞いたことないわ」

「石油とか石炭とか――」

「なにかしらそれ?」

 怪訝な顔をして俺を見つめた。

「あの燃料の元になるものです。飛行機の。地面を掘ると出てくる資源ですけど」

「そんな物も聞いたことが無いわ」

「石油は、黒くて燃える水みたいな…… 石炭は黒い石でこれも燃えるんですけど。古文書とか記録はないですか?」

「私の知っている範囲では――」

 彼女は言葉を区切って、もう一度冷めた紅茶を口にした。

「そのような物は聞いたことが無いわ。『カガク』の中にあったのかしら?」

「ああ、確か…… そうです。そこで読んだんです」

「ふーん」

 納得しているんだか、納得していないんだかよく分からない。
 手に持ったカップを静かに置いた。

 この世界には「石油」とか「石炭」と言った化石燃料が無いのか?
 確か、元いた世界では古代から「石油」も「石炭」知られていたし、それほど深く掘らないでも出てくる場所があったはず。

 そういった物がこの世界にないのか。
 それとも、まだ見つかってないのか。
 ツユクサ先生が知らないだけなのか。

 ここでも、なにが正しいのか分からない。
 世界の全容が簡単に分かるほど、情報が行き渡っているわけじゃない。

 ツユクサ先生は、すっと身を乗り出した。
 濃紺のローブの下の水色の服。
 その中の細っそりとした胸が机の縁に押し付けられた。
 チラ見する俺。

「『カガク』の文字は「表音文字」と「表意文字」で構成されているのよね」
 
 話が変わった。

「えー、そう見えます。なぜかわかりませんが、自分にはそんな感じで意味がわかります」

 俺は日本語で書かれた「カガク」が読める理由をそう言っている。
 その点、ツユクサ先生も「ひらがな」、「カタカナ」をなぜ読めるか分かってないので、納得している。

 俺はツユクサ先生に禁断の魔導書「カガク」に書いてあることを説明してきた。
 飛行機、工作機械、銃、農薬――
 中にはこの世界にもある道具や素材の説明もあったガラスとか。
 そういった物には、あまり興味は示さなかった。
 
 で、不思議なことは彼女は俺に「『カガク』を書いている『言語』を教えてほしい」と言わないことだ。
 まあ、言われても困るんだけど。

 体系的に日本語を教えるということが出来ない。普通できる?
 書いてあることの意味を教えることはできる。
 しかしだよ「ひらがな」と「カタカナ」しか知らない人間に言語としての日本語を教えられる?
 テキストはない。
 あるのは「カガク」という近代文明の産みだした様々な物を解説したマニュアルのようなものだけ。
 少なくとも俺には出来そうにない。

 ただ、彼女はそれには興味ない。
 その点は安心というか、まあ「ホッ」としている。
 彼女にとって、今はそれよりも優先すべきことがあるからかもしれないけど。
 で、後で「言語」ついて訊かれる可能性はあるかもしれない。

 今は、部分的に読み方や意味を教えることくらいだ。
 例えば「飛行機」は「飛」「行」「機」という意味をあらわす文字が連結された言葉であることを説明した。
「飛行」は空を飛ぶという意味で、「機」は機械を意味すると。更に分解すれば「飛」は「飛ぶ」だし「行」は行くということだ。
 
 そして、彼女は概念を理解さえすれば、それについて書かれた本を判別できる。

「本が色を放つ」というのだ。
 飛行機であればその概念を理解した瞬間、彼女の目には本を開かなくとも、それについて書かれた類書が分かるのだ。
 本の色が同じに見えるという。

 日本語が読める俺。
 そして、その内容について書いてある本を判別できるツユクサ先生。
 特別予算1000グオルドも出た。

 それでもだ。
 まだ、禁呪学科が何かをなすための道のりの先は長い気がした。

 主に、俺がポンカスなせいだけど。
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